エメラダの言い分

食器類を粉々にしかねない泣き声を収める為に、フルーツケーキにプリンにパフェと、店の一通りの甘味を要した。

 エメラダはクリームソーダを飲みながら、経緯を話し始めた。

「エメラダはね、母上にいわれて世界を旅していたの。」

泣いて腫れた顔をあげて語りだす。

「15になってからずっと旅していたの。」

15になってから?小学生にしか見えないが、今は何歳なんだ?

「達郎君。」

るい姉に真顔でぴしゃりと叱られた。

「ずっと月日を数えて、もう2年間。」

てことは今、17歳か。同い年に見えない。

「見た目で判断しちゃ駄目。」

また叱られた。

「エメラダちゃん一人でずっと旅をしていたのね。偉い子ね。」

るい姉が頭を撫でると、エメラダは目をぱちくりさせた。自分が褒められている事を理解していないようだ。

「それで、この世界へはどうやって渡ってきたんだ?」

努めて優しい声で、黒牟田さんが聞く。

「わからない。」

「分からないって、エメラダちゃんは現にこの世界にいるじゃないか。」

「わからないもん……。」

またぐずり始めた。このまま同じ質問を繰り返せば、また泣き叫ぶだろう。そうなったら埒があかない。

 瑠衣香は質問を変えた。

「この本ってエメラダちゃんの物でしょ?」

「ちがう。」

「でも、名前が書いてあるよ?」

表紙のエメラダの文字を指差す。

「書けっていわれたの。」

「誰に?」

「わからない。」

「名前が分からないの?それとも顔を見てないの?」

「だってその人ね、真っ黒な服をきてたの。それでね、顔も真っ黒な布でかくしてたの。」

椅子が倒れる音が響いたと思うと、テーブルのすぐ側に右左上左右右さんが立っていた。

「そいつとは何処で出会った?他に何かしたか?」

低い声で静かに尋ねる。

静かなのではない。溢れ出しそうな感情を一滴も漏らさぬように押し殺しているから。

その声は、首筋にそっと刃物を添えられたようで。

「きえちゃったの……。」

長い沈黙が続いた。マスターの仕事で生まれる音だけが響く。

このまま世界から色が消えてゆくようだ。

「そうか。」

その一言で緊張の糸がプツリと切れた。

蝉時雨がひどく懐かしく感じる。

「不正航路(ふせいこうろ)と思っていたが、あいつが関わってるなら話は根底から覆る。ルーカ、ずっと気になっていたのだがエメラダは擬装(ぎそう)が出来ないのか?」

エメラダの体がビクッと震えた。その事には触れられたくないようだ。

「擬装は世界を渡るための最低限の条件だ。悪魔の姿のままでこの世界を彷徨いていたら、人間達がパニックを起こす。だから姿を人間に真似る必要がある。」

杉水は思い出す。瑠衣香の姿が、徐々に悪魔としての姿に変わっていった事を。

「基本の擬装すら出来ないのに相手の精神へ干渉する瞳魔術(どうまじゅつ)なんて高等な事が出来るのはおかしい。エメラダは利用されただけだ。」

言ってる事が頭に全く入ってこない。

それはるい姉も黒牟田さんも当のエメラダも一緒のようだ。

「エメラダ、気が付いたら杉水が目の前に居たんじゃないか?」

ぱぁっとエメラダの顔が明るくなった。

「うん!!」

エメラダがずっと感じていた言葉に出来ないもどかしさを、右左上さんが解消した。


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