お隣さんも悪魔

杉水が姉と慕う海野瑠衣香こと、るい姉とは産まれた時からの仲である。

3歳差で、小学生の時は何か困り事があればるい姉を頼ったものだ。

 るい姉はいつだって優しくその透過率の高い海の底まで透き通るような声は、優しく温かく包んでくれた。

「あなたのお名前はなんていうの?私も悪魔よ。安心して。」

「エ…うっ…ひっく……エメラダ……。」

「エメラダちゃんね。素敵な名前。お母様がつけてくれたの?」

「うんっ…うわぁあーん!」

母という言葉を聞いて、エメラダはまた激しく泣きだした。

 母親か。産まれた時からいない俺にとっては架空の存在だ。

写真も残ってないし、親父も話そうとしない。

母親の事に触れないのが我が家の暗黙のルールになっている。

もし天国が本当にあるのなら、そこにいるのだろうか。

「エメラダちゃんはどこから来たの?私はシーコンなの。だからほら、水掻きとヒレがあるの。」

こんこんとエメラダに話しかけるるいの言葉に理解が追いつかない。

「私も悪魔よ。」

その言葉が底抜けに頭の中で反響する。

「達郎君が混乱するのも無理ないわ。今まで秘密にしていたけど私、異世界から来たの。」

その言葉を肯定する様にるい姉の白い肌が、晴天の色へと変わっていった。


「状況は大体は把握できたわ。本に従ったら、エメラダちゃんが現れたと。」

こんな荒唐無稽な話をすんなりとるい姉は受け入れた。

「私達のような悪魔がこの世界に来るには、本来なら仲介人の力がいるの。でもエメラダちゃんは違った。」

まだぐずつくエメラダの頭を撫でながら、るい姉による悪魔についての講座が始まった。

「達郎君、悪魔ってきくと恐ろしい存在だと思うでしょ?でも実際は違うの。確かに先祖返りして強大な力を持つ者もいるけど、基本的には弱い存在。力では人間に勝てない。」

思い当たるふしがある。るい姉は昔から病気がちでよく学校を早退していた。

「だから皆で力を合わせて生きているの。人間の世界に来る目的は悪魔同士では力が弱まっていく一方だから。人間と交わる事でなんとか保っていられる。」

いや知らなかっただけで悪魔も苦労しているのだと杉水は妙に腑に落ちた。

るい姉が言っているのだから本当なんだろう。

「一人の悪魔として謝ります。驚かせてごめんなさい。悪魔は人間にその力を使わないと決めているの。」

いやいや、るい姉にそんな改まれても気が引けるというもの。

本当に何とも思っていない事を伝えると、ようやくいつもの笑顔が戻った。

「達郎君、ありがとう。でも困っちゃったな。仲介人を通さずに悪魔が来るなんて本当に初めての事なの。」

しばらく考える素振りをして、るい姉はわざとらしく手を叩いた。

「そうだ。仲介人の黒牟田さんに相談すればいいんだ。」

スマートフォンを取り出し電話をかける。

「もしもし黒牟田さん?突然でごめんなさい。臨時の裏商店街会合をひらいて欲しいの。」







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