その悪魔、泣き虫
はて、近所にこんな目立つ子供が住んでいたのか?
アパートの住人達の中でも顔と名前が一致するのは、昔から家族ぐるみの付き合いのあるお隣の海野一家と大家の蟻塚さん。
他は気が付いたら空き部屋になっている事がしょっちゅうだから、いちいち覚えていない。
奇抜な格好をした子供である。
深夜アニメのコスプレか?アニメオタクの親友が見たらきっと、タイトルとキャラクターの名前を叫ぶだろう。
「これは余談だけど」の後に小一時間、教えて欲しいと言ってもないのに、粗筋と見所を大袈裟に身振り手振りを混じえながらのマシンガントークが続く。
「ここに私の選抜書があるという事は、私を呼んだのはお前で間違いないな。」
しかし、最近の小学生の行動力には感心するなぁ。
元にしているアニメを忠実に再現するのに小道具を手作りして、誰かか実行するのを待っていたのか。
夏休みだし自由研究の一環なのかも知れない。
嫌だなぁ、自分の知らない所でこのあんぽんたんな一週間を発表されるのか。
暫くの間、小学生達に指を指されて笑われそうだな。「あっ、あの人だ。本当にやった人。」って。
「お前、なんて名前だ?」
ちんちくりんの癖して偉そうだな。小学生ならまだ敬語なんて知らないか。仕方ない、ごっこ遊びに付き合ってやるか。
「杉水達郎だ。」
「では杉水とやら。私の目を見ろ。」
はいはい見ますよ見ますよ。寝っ転がって天井を眺めるのも飽きたし、付き合ってやりますよ。
寝転がる杉水に馬乗りになって、顔を覗き込むエメラダを名乗る少女。杉水にはその両目が一瞬青く光って見えた。
さっきから暑苦しい。少女を退かそうとして杉水は気が付いた。
身体が言うことを聞かない。正確には、身体を動かそうにも力が入らない。
最近のカラーコンタクトレンズには脳の機能に作用する光を出せる物があるのだと、杉水は自分の知らない世界に触れて感銘を受けた。
「では、証を刻むとしよう。」
Tシャツを捲り上げられていく。
流れに身を任せていはいるが、他人に服を脱がされるのはどうにも気恥ずかしい。ここまでごっこ遊びにしては、とても気合いが入ってるな。
「命の保証はしてやる。痛みは無い。はず。」
はず?いやいや、その突き出している人差し指の先に光る赤い線香花火みたいな玉って、やっぱり痛いの!?ばちばちと音を鳴らしてるし!
「えっ!痛いなら嫌だ!」
「呼び出しておいて拒絶出来ると思うな!お前を連れ帰って、私はみんなから一人前と認めて貰うんだ!」
その指先が、真っ直ぐに杉水の胸を突く寸出でエメラダの動きが止まった。
杉水には理解出来ない。凄い剣幕で迫ってきたエメラダの態度が一転、突然泣き出したのだ。
「あ"ぁ"ーーん!!」
蝉時雨に負けない見た目相応の泣き声。
両腕を力なくだらけさせ、ひたすら泣く。
「なぜ泣く!?俺が何かしたか!?」
「あ"ぁ"ーーぃ!」
「近所迷惑になるから!先ずは落ち着こ?な?」
エメラダは泣き止まない。杉水の部屋を通り越して、アパート中を揺らす泣き声をあげ続ける。
「達郎君どうしたの?入るよ?」
扉の向こうからする声の主は、るい姉だ。
父親が留守中に何かあったらと、合鍵を信用している海野さんに預けていたのだ。
いやいや待て待て、この状況はマズいって。
真っ昼間に全裸に近い格好の高校生と馬乗りになって泣く女児。
どう見ても女児を連れ込んだ犯罪者である。経緯をありのままに話した所で、信じる人間なんて居ないだろう。
「るい姉ちょっと待って!お願いだから!」
杉水の人生を賭けた叫びは虚しくもエメラダの泣き声に掻き消されてしまう。
転落へ続く扉は今、開かれた。
「あっ。」
「あっ…。」
「悪魔だ…。」
『拝啓 天国のお母様。
今まさに私は、海野瑠衣香(うみのるいか)さんが仰る通り、悪魔となりました。
私の事など碌に知らない人達は、インタビューに「大人しい子だった。」「真面目だった。」と応えるでしょう。
私をここまで育て上げでくれたお父様、昔から遊び相手になってくれた古本屋の飯田氏と男鹿氏には感謝しかありません。
日々を忙しく流れる世間は私の事など、蝉時雨の主役が油蝉からつくつく法師へ変わる頃には、すっかり忘れてしまうでしょう。
世間から弾き出された私は、黒い太陽の下を歩み人知れず影と消えゆきます。』
エメラダは両手を広げ白いワンピースを着た瑠衣香に抱き付く。
ワンピースは瑠衣香の水泳で鍛えられた体のシルエットを露わにした。
「あらあら、どうしたの?」
瑠衣香の声かけに安心してエメラダの泣き声は少し落ち着いた。
まだぐずついているが、つっかえながらも話は出来る。
「私はルーカ。あなたのお名前は?」
エメラダの頭を優しく撫でる手。
手というより、水掻きと言うべきか。
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