救済措置




 先生は私に着替えてくるよう促しましたが、私としては今更な話で、この格好も結構気に入っていたりして。


 何だか芝居がかった言い方だったので少々戸惑ってしまいましたが、そのまんまだった様子。


 状況が状況だけに、場違いな姿でもあまり注目されてないのが残念ですが、それよりもギルド長がとても小気味がいい台詞を言ってくれました。


 何でも『神の思し召し』云々で片付けようとする彼等の教義を、信者でもない人々にも押し付けてくる姿勢は耐えらたものではありません。


 ですが今回の場合、信者の代表とも言える立場の人間が、どう『試練』に立ち向かっていくかは見ものです。


 まぁ、どうせ自分達には都合の悪い『試練』は試練として認めることはないでしょうけど。



「そこで提案なのですが、迷宮の氾濫を防ぎ、教会に掛かった容疑を払拭する方法があります」



 試される前に、先生が助け舟を出しますが、もう少し様子を見てもよかったのでは。



「な、なんだそれは、まさか土地神に祈れとか言うんじゃないだろうな」



 しかしながら、ここまで卑屈になるくらいまでは追い込めたようです。


 あまり追い込んでも面倒なことにもなりそうですし、良しとしましょう。


 それに、先生の申し出も試練と言えば試練なのでしょうから。



「もっと現実的な話ですよ。神ではなく人に頼めばいいのです。例えば、ここはギルドですよ」


「か、金か。なんだかんだで結局、金をせびる気か!」



 信者を金蔓とする『お前らがそれを言うか』といったところですが、もう今更といった感じ。


 さておき、直ぐ様そういう発想に至ったということは、お金で解決することも念頭にあったのでしょう。


 言い草からすると、優先順位はかなり低めの模様。



「お金で安全、そして信用が買えるのなら安くはないですか?」


「うっ、それは…」



 司祭は、先生の『信用』という言葉に強く反応を示したようですが、元の状態までの復旧が見込めるのかは怪しいところ。


 迷宮氾濫容疑の真偽はともかく、土地神様の天罰が下ってしまうような行動を取ったのですから。


 私としては、とっくの昔から教会は忌むべき対象なので関係ありませんが。



「それに、あなた方は治療術師を何人か抱えていますよね」



 治療術師とは、魔法による回復手段を用いる技術者のことです。


 およそ三百年前、このヴァンデ大陸では攻撃型の魔法もあったそうですが、何故か直ぐに廃れてしまったとのこと。


 その一方で回復魔法は存続しましたが、いつのまにか教会の管理下に置かれてしまいました。


 教会は、腕のいい術師を聖人認定することで囲い、神の軌跡を謳うことでも今日まで存続してきたのです。



「彼らの活躍次第では、依頼料も安くなる筈です」



 恐らく布教活動の一環として、司祭に同行してきたのでしょうが、今の彼らは聖人と呼ばれるまでの力はありません。


 それでも、ないよりはマシ程度の効能はあるそうですが、本人たちのやる気のなさがあまり成果を上げられていないようです。恐らく教会が甘やかしてきたのでしょう。


 依頼料が安くなる云々は、単なる先生の思い付きでしょうが、ギルドは決してお金に固執していないという姿勢を強調したかのようにも聞こえます。



「…軍だ。そうだ、軍。それならば、軍を派遣する! 最初からそうすれば良かったんだ!」



 先生のギルド推しも空しく、それが司祭の導き出した、思わず天を仰いでしまう結論でした。


 そんなに金を払うのが嫌か、という感想と同時に、教会関係者の突拍子もない思考にはついていけないと、つくづく実感します。



「軍とは、どこの軍ですか?」


「我が国元に決まっているだろう!」



 これは大分後になってから知ったことですが、司祭は教会の為の国をこの町に興すつもりだったそう。


 それを出身地とはいえ国に頼っては本末転倒なのですが、それくらい彼は焦燥していたのでしょうか。


 それとも、大志を殴り捨ててまで金払いを拒否するのであれば、逆に称賛して差し上げたかもしれません。


 しかしながら、軍に頼る問題点は別にあるのです。



「貴方は戦争を起こすつもりですか!」


「戦争? それ以上の言いがかりは止めろ! 迷宮に送るだけのことだろう!」


「その後、この町を占領するのですね?」


「な、何を馬鹿な! まだ言いがかりを続けるのか!」



 確かに迷宮の氾濫には有効なのでしょうが、軍という要素には不安しかありません。彼のこの吃りようが、それを語っているように思えます。



「私達がそう思うとすれば、周辺諸国は尚更そう思うでしょうね」


「我が国は主要国とは国交を結んでいる」


「国交というのであれば、この地には互いに不可侵という取り決めがあってこそ、成り立っていることをご存知ないとでも?」


「も、勿論知っているとも!」


「では取り決めを破るということは、どういうことかも理解できますよね」


「そ、そんなことは、後で説明すれば何とかなる!」



 それはもう聞いていて、私でも酷いと思ってしまう、司祭の対応でした。


 先生は多少話を逸らされても、理論を組み立てようとしているのに、司祭はいい加減な返事で引っ掻き回す一方です。


 ふと周りを見渡すと、ギルド長がイライラし始め、他の方々も呆れた御様子。


 教会は時に教義として暴力反対を訴えることがありますが、それは自分達の支離滅裂な発言に対する、体の良い防衛策だと思えてなりません。



「貴方がどうしても国元の軍を頼るというのであれば、私たちは他の諸国へと使者を送ります」


「な、何だと、また言いがかりをつけるのか!」



 ここまで不本意ながら決定打とはならなかった先生の言葉も、ついに効果を表わし始めました。


 司祭はやたら『言いがかり』を主張しますが、そう言えるのは精々最初の『容疑』が掛けられたことくらい。



「いいえ、貴方も先程言ったではないですか、貴方の祖国が軍を送ると。そのままです。それと貴方の独断でというのを付け加えておきましょう。これも嘘ではないですからね」



 多少暴力的、言葉の上では脅迫となりえますが、司祭が軍を招集したと知れ渡れば、余程都合が悪いのか、彼は見事に折れてしまいます。



「くっ、で、ではギルドに依頼する」



 受付は私の仕事ですが、かなり特殊な案件ですので、そのまま先生に任せることにしました。



「承りましょう」



 契約内容は、小鬼討伐の編成隊をこの町から組み、周辺諸国から魔法治療師の派遣を要請し、費用は全て教会が持つとのこと。


 ただし、この町の出身者には有志で参加して貰い、その代わり怪我等の治療費や慰謝料は保証するということで手を打たせる。


 地元民に有志とはどうかと思いましたが、生まれ育った地を守る為には無償でも構わないというか、下手に教会の世話になると厄介なので借りを作っておく、という傾向に至ったようです。


 これは即ち、教会の努力次第で出費を防ぐことが出来る辺り、決して司祭にも悪い話ではないということでしょう。


 各国から派遣されるだろう協力者の存在は、司祭が契約を破って軍を要請した際の保険、つまりその牽制ともなりえるのです。


 商談は順調に進んでいるように思えましたが、契約書に署名を入れる段階になって、司祭はまたごね始めました。


 色々と理由をつけていましたが、どうやら他国の治療術師を要請することで他宗派の教会に借りを作りたくない、若しくは騙し討ちが出来なくなったという不満でしょうか。


 そこで先生は何やら話を始めますが、要領を得ません。



「誤解されているかもしれませんが、土地神様はたかが小娘が蹴りを入れた位で怒るような器の小さな存在ではありません」



 それは、あの修道女を庇っているようにも聞こえました。


 十中八九、事の発端を起こした彼女は、間違いなくこの司祭からの厳しい叱咤は免れないでしょうから。



「だったら、私がこんな目に遭うはずがなかろう!」



 神の試練はどうしたと言いたいところですが、先生は無視して続けます。



「ですが、神はいつでも見ていますよ」



 それはまるで、彼等の教義に出てくる代表的な言葉でした。



「それが一体どうしたというのだ!」


「神はいつでも見ています」



 司祭の抗議にただ同じ言葉を繰り返す先生。



「同じことを言って何になる!」


「いつでも見ていますよ」


「う、煩い!」


「神はいつでも、ね」


「だ、だ、黙れ!」


「神は見ていますよ?」



 司祭の言葉を無視して、呪文を唱えるかのような先生は、傍から見ても少し怖い印象でした。


 微妙に言葉尻を変えたりしているところは、全く言葉を聞いていないという訳ではなさそうですが、司祭からすれば馬鹿にされた気分になったかもしれません。


 しかしながら、司祭の顔色は青くなっていく一方で、目線の位置が安定しなくなってきました。


 そして遂には、諦めたように契約書に署名して、さっさとギルドから出て行ったのです。



「ねぇ、先生」


「何でしょう」


「彼に一体、何したの?」



 司祭が去ったあと、一番最初に口を開いたのは私でしたが、他の皆にも同じ疑問がある筈です。



「端的に言えば、彼の信仰心を試したのです」


「それは何となく分かるけど、どうやって?」


「それはですね」



 先生は先ず、土地神様の石像をギルド内に移設した理由から話し始めました。


 一体だけだと思われた御神体なのですが、実は、迷宮出入り口の裏手にもう一体あったそうです。


 しかしながら、そのもう一体は何者かに破壊され、残った方にも被害が及ばぬようにギルドで保護したとのこと。



「自分達の信じる神が唯一であると考える輩には、他に祀られている対象を排除する性質があるものです」



 先生はそう言いながら、石像を破壊したと思われるツルハシを、教会建物の傍らで見かけたことも付け加える。


 ここまで聞けば、誰が犯人であるかは検討がつくのですが、あくまで先生の推測であり、証拠はありません。


 それこそ司祭お得意の『言いがかり』で終わってしまう可能性が高いのです。


 例え彼等の神が現場を見ていたとしても、神の名の下に正当化してしまうでしょう。


 そんな疑問を払拭するように、先生は続ける。



「私は、『神』は見ていますとは述べましたが、どの『神』とは言いませんでしたよ」



 つまり、司祭は唯一である神の試練を否定して、土地神様の天罰を信じた。


 その上で、土地神様の天罰を起こしたのは他ならぬ本人であることを自覚させ恐怖を覚えさせたと。


 所詮、彼の信仰心はその程度だったということです。



 因みにギルドで行われていた会議では、神の天罰云々抜きで、現実的に話し合ったそうです。


 突発的に起こった氾濫に対しての資金を、いかにして教会から捻出させるかというのが議題。


 これでは尚更、教会に参加させるわけにはいきません。


 普通に考えれば新参者に対する虐めにしか見えませんが、最近目に余る行動を取る教会には良い薬になったことでしょう。


 それはそれは高い授業料でしたが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る