天罰




「ブレン殿、教会に容疑とは一体どういうことか!」



 シヨムという司祭は、怒りの形相で訴えてきた。



「部下の修道女さんから聞いてませんかね、昨日のことを」



 どうせ都合の悪いことは伝わっていないだろうが、彼女が関係していることを仄めかしておいた。


 しかしながら、返ってきた答えは予想を遥かに超えていた、悪い意味で。



「聞くまでもない! 昨日、彼女は足に傷を負って帰ってきた! この事実に対してギルドはどう責任をとるのか、説明したまえ!」



 それは、容疑者が被害者であることを主張する世にも奇妙な瞬間…いや、典型といえば典型なのだろう。


 さておき、俺は現場にいたわけではなく、例の修道女が御神体を蹴ったという報告までしか受けていない。


 彼女が『蹴った』というのであれば大体察しはつくが、一応確認は取っておく。



「ノーラ、その辺はどう解釈すればいい?」



 尋ねる相手は真横にいる先生でもよかったのだが、なるべく美女の方を向いていたかった。


 あれが巫女の衣装だというのか、流石先生、いい仕事をする。


 聴いていた姿とは違ったが、あの恰好で祭事をとり行うのであれば、神もさぞかしお悦びのことだろう。


 先生が語る神の悦ぶはちょっと違うそうだが、これは単に言葉のあやだと思ってくれればいい。


 他には目立たないように、俺は微かに親指だけを立てた右手甲で先生の左手甲を打ち、先生はほんの少しだけ左肘を立てて俺の右腕をつつく。



「彼女はあの時、力加減を間違えたとしか言えません」


「まぁ、そうだろうな」



 そんな恰好をしながら、皆の前で平然としている彼女は流石男前といったところ。


 皆とは勿論、先生と俺だけではなく、会議室から出てきた町長は違うが、町の警備隊隊長、門衛担当責任者、各業界の組合代表等、ほとんど男ばかりの面々。



「彼女の怪我を知りながら放っておいたのか!」



 あ、もう一人いたよ。自分達の教義に縛られて本音が出せない可哀そうな人が。



「君たちに人の愛はないのか!」



 とはいっても、当の本人は今、本音も糞もないのだろうが。



「いやいや、その前に、彼女はどういった経由で怪我をしたのか知らないの?」



 ここは一方的に人道的な話に持っていかれるよりも、事実確認が先決。


 誤認されたまま印象操作にまで及ぶと、面倒この上ない。



「彼女の不注意だとしか聞いていない」



 案の定、肝心のことは何も知らされてない、いや知ろうとしないのだろうか。


 彼女が伝えない理由を考えると、俺は思わず吹き出した。



「はっはっは、そりゃ、そんな曖昧なことしか言えないよな」



 布教活動が上手くいかなかった腹いせに石像を蹴って勢いの余り怪我をした。


 教会の看板を背負って、それでは目も当てられないし、この報告の際、彼女は司祭とは目を合わせなかっただろうことが予想できる。



「笑いごとではないぞ!」



 普通なら先ず、自分の部下が何をしでかしたのかを知るのが道理なのだが、彼は聞こうともしない。


 どうやら、先程脳裏によぎった印象操作が目的のようだが、俺では多少梃子摺るかもしれない。



「そのとおり、笑いごとでは済まされない」



 俺が素直に賛同したかのように思ったのだろう。司祭の口元がゆるむ。しかし、次の言葉までのこと。



「ただし、そちらがね」



 この間、ほんの一瞬だけ時間が止まる。



「どういう意味だ!?」



 負に落ちない様子の司教を横目に、俺は選手交代の要請を出す。



「先生、後の説明、頼めるか?」


「了解」



 修道女については、まだまだ色々と言いたいことがあるが、このまま続けてもきりがない。


 先生も同じことを考えていたのか、すぐさま対応した。



「初めまして、私は当ギルドの顧問役を務める者です」



 突然の代役投入にあっけに取られたようで、司祭は何も言わない。



「では本題に入る前に、貴方がた教会の修道女が何をしたかを知って頂かなければなりません」



 先生は手際よく、足の怪我は彼女の自業自得であることを主張し、最後に彼女が勢いのまま出て行ったことも忘れず伝えた。


 言葉遣いがなっていない俺とは違って、その丁寧さとの差異が司祭を黙って聞かせていたようだ。



「この件で、そちらに落ち度がなかったことは理解した。彼女にもしっかりと言い聞かせておく」



 分が悪いと判断したのか、司祭は早々と話を切り上げようとする。



「それでは、やっと本題ですね。最初にギルド長が言ったとおり、教会には容疑が掛かっています」


「この上、一体何の容疑というのだ?」



 司祭は自分の主張が済んだことで興奮が収まったのか、こちらの件に対しても興味がなさそうだった。



「教会には、地下迷宮の小鬼を氾濫させた疑いがかかっています」



 ここで再び時間が一瞬止まる。司祭には寝耳に水だっただろう。



「何をそんな世迷い事を。顧問役殿は、自分が何を言っているのか分かっているのか?」



 馬鹿馬鹿しいという顔つきの司祭だが、段々と感情が高ぶってきているようだ。



「これは我々が会議で出した結論です」



 先生は会議に参加していた面々を見るが、誰も異議を唱える者はいない。



「ま、町ぐるみで教会を侮辱する気か!」



 普通であれば、どう考えても荒唐無稽の話だが、そう思っているのは自分だけだと悟った司祭は再び鬼の形相。



「侮辱だとすれば、どうなるのです?」


「か、神の天罰が下るに決まっている!」


「何を仰る、天罰は既に下っているんですよ」


「どこがだ! そんな風には見えんぞ!」


「いえいえ、私達ではなく、貴方がた教会側にです」



 こうして聞いていると、先生の話術は段々と俺に似てきた。


 いや、俺が先生から吸収したと言った方が正しい。


 彼とは結構長い付き合いだが、先生が誰かと口論している時は、いつもこんな感じに耳にしていたものだ。


 今はギルド長を張れる程ではあるが、元々口よりも身体が先に動く俺にとっては、かなりの影響力があったに違いない。



「先程言った通り、地下迷宮で今現在も氾濫が起こっています」


「それと教会の何が関係しているのか!?」


「教会の立地場所をお忘れですか? あそこが一番迷宮に近い。これがどういうことか分かりますよね?」


「我が教会が真っ先に襲撃されるということか!」


「そういうことです」


「しかし何故だ、我々が一体何をしたというのだ!」



 先生は先ず、土地神には地下迷宮の氾濫を抑える役目があることを説明した。


 次に、修道女が蹴りを入れた石像が土地神の御神体であることを告げる。


 そして、お怒りになった土地神様の取った行動は、言わずもがな。


 続けて先生は、氾濫は放っておけば町全体に広がる危険性を説くが、それこそが教会にかかった容疑に関係する。


 土地神は氾濫自体を抑えているだけで、解き放たれた小鬼の行動までは関与していないとのこと。



「認められるはずがない! それは只のこじ付けにしか過ぎないだろ!」



 無神論者に近い俺からすれば、司祭の言うことは至極真っ当、迷宮の氾濫は単なる自然発生である可能性の方が高いと思われる。


 しかし所詮、司祭は俺とは違って神に仕える身、先生に上手く誘導されることとなる。



「では、何故こじつけだと言い張れるのですか?」


「土地神風情にそんな力があるものか!」


「貴方がたの神には、その力があると?」


「当然だ!」


「それならば、教会にお任せしましょう。後は宜しくお願いします」


「お、おい、後は宜しくとは、どういう意味だ!」



 まんまと彼の策にはまった司祭は慌てふためくが、先生はそれを聞き流した。



「ノーラ、土地神様を鎮める為とはいえ、そんな恰好をさせて申し訳ありませんでした。直ぐに着替えてきて下さい」



 急に話を振られたノーラは司祭同様、動揺を隠せないでいる。


 年相応の女の子らしく、顔を右往左往させる姿が実に可愛らしい。



「それからギルド長、迷宮の出入り口も固める必要がなくなりました。後は教会が始末をつけてくれるそうです」



 これも先生だから為せる業、周りの様子を傍観するだけだった俺の顔を立てることも忘れない。


 俺は透かさず門衛の代表者に、迷宮出入り口を固めている面々への伝令をお願いする。


 取りあえずは、その振りだけでいいと片目を瞑って見せ、彼も苦笑いで応えた。


 それは次の展開を見越してのこと。



「ちょ、ちょっと待ってくれ! それは教会を見捨てるということか!?」


「見捨てるも何も、そちらさんの神様はウチ等の土地神様が敵わない力を持ってるんだろ?」


「そ、その通りだが…そ、そんな急には…」


「だまらっしゃい!」



 段々弱気になっていく司祭を叱りつけたのは、この町リンデの町長だった。


 俺が息子か孫でもおかしくない年齢で、背筋はまだ真っ直ぐだが年相応の銀髪な婆さんだ。



「そもそも、あんた等が教会を建てる際、わたしゃ危険だと迷宮とは離れた土地を勧めたじゃろう。その申し出を拒否しながらあんたは、なんと言ったか覚えているか?」


「い、いや、その…」


「確か、いつでも教会はこの町の盾になる。そう言い切ったからこそ、わたしゃ許可したのさ。約束は守ってもらうよ」



 迷宮は町にとって脅威であるが、同時に財産でもある。小鬼共が高純度の鉱石を落とすのだ。


 氾濫が起こりうることは聞いていたが、土地神様の御蔭か、俺自身も出くわすのは初めてなほど、地上は安全だった。


 教会はその旨味だけを、誰よりも近い所で取ろうとしたのだろうが、間が悪かった、いや本当に罰が当たったのかもしれない。



「迷宮から守るとは一言も…」


「あんたは、何処からとも言っておらん。話の流れからしたら、迷宮しかないじゃろう!」


「しかし…」 


「そんな言葉の一部分だけで解釈させるような詐欺を、あんたとこの神はお許しになるのか!」


「…」



 この期に及んで言い訳をする司祭に、婆は容赦がない。


 ここで俺も彼に一言説いてやりたくなった。俺は司祭に近づき、そのしょげた左肩をポンと叩く。


 用意していたのは、奴らが時に神の無能ささえ有難い教義に昇華させる魔法の言葉。



「これもきっと神の試練だ。頑張んな」

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