司祭の野望




 私は、このリンデに新設された教会を任されている司祭、名をシヨムという。


 辺境の町ではあるが、教会はこの地に多大なる可能性を見出している。


 ここは、かつて魔王が君臨していたということで、長きに渡り不可侵性が維持されていた為、結果どの国家にも属していない。


 そこで教会の管轄にしてしまえば、待望であるノクリト教の、ノクリト教による、ノクリト教の為の国家も夢ではないのである。


 これまではノクリト教を承認する国々の後ろ盾があって発展を遂げてきたが、逆にそれらの都合に合わせなければならなかった。


 言い換えれば、複数の宗派に枝分かれしてしまい、教義に矛盾が生じている。


 戦時中は他国同士の交流が制限されるので、大した問題にならないというか、そんなことに議論する余裕はない。


 しかし平和な時代となると、各宗派における教義の違いが段々と顕著になり、最悪宗派同士の争いとなる。


 逆に考えれば、全宗派の意識を統一することで収拾を付けると、教会として更なる強化が望めるのだ。


 この計画を成功させれば私は、大司教、もしくは枢機卿、あるいは更にその上を望めるだろう。


 その為には、この町に浸透している悪魔の信仰を完全に排除しなければならない上、その努力も厭わない。


 布教活動も大事であるが、そちらはミスカ修道女に一任してある。


 彼女の手法は、決して品があるわけではないが、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるという表現が適当だろう。


 相手に考える余地を与え辛い口数の多さは、ある程度成熟した社会では敬遠されることもある。


 しかしながら、この未開の地において、彼女の一見デタラメな勢いは頼もしさすら覚える。


 そのまま神を騙る悪魔の教義に喰らい付いて、決して放さないでほしい。


 本当の信仰というものを理解していない連中には、多少やり過ぎくらいの方が効果的なのだから。




 沈む夕日がやけに眩しかったある日、ミスカ修道女が足を痛々しく引きずって帰ってきた。


 何事かと問えば、布教活動をしていたギルドで負傷してしまったとのこと。


 己が不注意からだと彼女は言うが、その表情は別の理由があることを語っている。


 謂れのない暴力を受けたのだろうか、いや、例えそうでなくとも教会としては都合がいい。


 誰かの悪意があってのことなら、その者の糾弾を。単なる事故であれば、怪我人を放置したということで苦情を。どちらにせよ、ギルドの管理責任を追及するものとなるだろう。


 そして、それらの由々しき行為は邪教の影響に基づくという因果関係を言い聞かせ、その上に教会の善良さを刷り込む。


 我ながら、なかなか良い作戦を思いついたものだ。これもノクリト神の思し召しがあってのこと。


 怪我人を連れて回ると説得力がなくなるので、ミスカ修道女には魔法治療を受けさせて、明日は一日休養を取らせよう。


 ギルドには私一人で乗り込むつもりだが、それは彼女がここのところずっと続けてきたことで、今回の事案は偶々起きたに過ぎない。


 たとえ彼女と同じ目に遭わされようとも、所詮か弱い女性に手を出す卑劣な相手に、私が引けを取るはずもない。


 これでもそれなりに鍛えていて、鉱山等での重労働をこなせるくらいの筋力もある。




 私は、その日の御勤めを程ほどにして準備万端とした翌日、単身ギルドへと赴いた。


 教会を出る際、近所にある迷宮の入り口付近が妙に騒がしかったが、これは好都合。


 そこにギルドの兵隊が集まっているのであれば、ギルド本部に留まっている人員は限られてくる。


 決して武力で訴えるわけではないが、余計な野次馬は少ない方がいい。







 本日は早朝から、ギルドに緊急事態の知らせが入り、急遽町の有力者達が奥の会議場に集まっている。


 私はいつも通り受付に留まり、事情を知らない兵隊さん達に地下迷宮への立ち入り禁止を呼びかけています。


 先生からは、出来れば普段よりも際どい服装をしてくれとお願いされ、今の私は扇情的な踊り子といった感じ。


 彼は、ギルド長であるブレンと違って、品のないことは口にしない。ですから、あくまで顧問としての要請なのでしょう。


 一応理由を聞くと、土地神様のお怒りを鎮める為だと、先生にしては現実味のない算段でした。


 そうは思ったものの、これが兵隊さん達の注目を集め、地下迷宮の現状を容易く受け入れてくれます。


 これは後で気付いたのですが、かつて土地神様には巫女が仕えていたとのことで、私の踊り子のような姿がそう見えたのでしょう。


 神を鎮めようとしている者の言うことであれば、土地神信仰に慣れ親しんでいる兵隊さん達には、説得力があったということ。


 物事の要点を最初から説明しない先生は意地悪ですが、これは私に考える余地を与えているのかもしれません。


 逆にとらえれば、彼の言うことなら絶対間違いはないと、それこそ洗脳されている気分にもなりますが、その判断さえ私次第とするのなら、先生らしいと言えば先生らしい。


 勝手に神の巫女とされたことについて何か一つでも言ってやりたいところですが、つい昨日、形ばかりの信仰を誓った負い目もあるので、文句も心の中だけにしておきます。



「ギルド長に取り次ぎ願いたい」



 お天道様が天辺近くに差し掛かった頃合いでしょうか、教会の司祭を名乗る人物がやってきました。


 ブレンより五、六年年上といったところで、濃い茶色の頭髪に白髪が少しだけ混じりつつあります。


 そのブレンことギルド長からは、教会関係者を通さないようにとのこと。



「折角ですが、只今取り込んでおりますので、暫くお待ち頂くかと」



 本心では帰れと言いたいところですが、ここは受付らしく卒なく対応しました。


 しかし、やはり率直に追い返した方が良かったと思える反応が返ってくる。



「…ここは娼館か何かなのか?」



 私以外は皆出払っているのですが、それを見越しての発言でしょうか。


 それが聖職者の言うことかと思いましたが、世間では彼らが生殖者と皮肉られていることもあるので、あえて何も言いません。



「いいえ、そういった目的はお隣でどうぞ」



 勿論、私にそんな気は毛頭ないので、お引き取りになるよう仄めかしました。



「違うというのなら、それ相応の恰好をしたらどうかね!」



 先程の静かな口調とは違い、いきなり大声で怒鳴り始めた。


 相手が小娘なら萎縮して上司へ報告するとでも考えたのでしょうが、伊達に男ばかりの職場にいるわけではありません。



「それ相応とは、どういったことでしょう?」



 しかも教会関係者となれば、反骨精神が刺激されるというもの。



「私は君よりも年上なんだ。そんな失礼な恰好を控えろと言っている」



 勝手な言い草ですが、まだ神とか言い出さないだけましなのでしょう。



「私は土地神様の巫女である役割を果たしているところですので、ご希望には添え兼ねます」



 言いたいことは色々ありますが、ここは私がノクリト教徒とは違った立場であることを強調しておきます。


 成り行きから自ら土地神様の信徒となったのですが、その巫女を押し付けられたと理解したのはつい数刻前。


 それでも、こんな偉そうな中年と教会に従うくらいなら、巫女でも何でも来いという勢い。我ながら墓穴を掘る典型だとは思いますが。



「ふん、その恰好が役割だと? ここの土地神とは、やけに低俗なのだな」



 これは予想していた通りのセリフでした。とは言っても、ここからは先生の受け売りとなります。



「低俗とは私達、人による目線のことですよね。それとも貴方がた教会の神はそんなに俗物的なのですか?」


「貴様、我らが神を愚弄する気か!」



 最初の一言で止めておけばよかったのですが、余計な一言が相手を煽ります。


 でも反省はしていない。



「それは貴方がた次第です」


「どういう意味だ!」


「神とは、人と違う次元に御座す存在です。私がどんな格好をしろ、神にとっては小さな一輪の花が少々色取って咲いているようなもの」



 私は先生に教えてもらった通りに言の葉を紡ぎます。


 話は逸れますが、私に対する先生の視線は、自分で言うのも何ですが、まるで風流を感じ取っているかのよう。


 ひょっとすれば、その視線の主が土地神様本人だと錯覚しそうになってしまう程。



「もし神が花の些細な変化を低俗と呼ぶのであれば、彼は人の域を出ない、つまり俗物的な神に過ぎません」


「…それをこちらで判断しろということか」



 司祭は私の言わんとしていることを察したのか、やけに物分かりのいい反応を示した。


 何が何でも食らい付いてくる娘とは違うらしい。



「だが、詭弁だな」



 それでもやはり異教徒の教義には賛同しかねているようです。


 私の理論武装はこれで尽きましたが、なんとなく一矢報いた気分なので良しとしましょう。


 先生の神様論も特定の神ではなく、神全般において『斯くあらん』的な物言いでしかないので、私は土地神様自体の教えを語っているわけではありません。


 そもそも教義なんてものがあるのかさえ怪しいところですが、そこがいい。


 こんな奔放さであれば、巫女といっても大した役割はないのでしょうから。



「御託はいい、それより、なぜ取り次げないのか!?」



 誰がその御託を並べ始めたのか問い詰めたいところですが、これも仕事。


 私は淡々と受け答えするだけなのです。



「只今、緊急事態において重大な会議中です」


「緊急事態とは何だ!?」


「それは言えません。町の各方面から代表が集まる程の事としか」


「なら、このまま押し通してもらう! 各方面というのであれば、私は教会の代表だ!」


「教会の方は通すなと仰せつかっております」


「何故だ! 新参者だと馬鹿にしているのか!」


「決して、そのようなわけでは…」


「教会を敵に回すつもりなのか!」



 そろそろ言葉だけで成人男性を止めるのは限界かもしれません。


 教会の代表ともなれば暴力は考えられませんが、私を害さずに押しのけるだけの力はあるでしょう。


 ここは別室で待機しているセラを呼ぶべきなのかと、私はもう一つの手段、受付の傍らに立てかけてある愛刀に目をやる。



「もう一度言う、教会を敵に回すつもりなのか!?」



 私の沈黙により、恫喝が効いている証と判断したのか、司祭は先程の言葉を繰り返す。


 それに合わせたかのように奥の扉が開きました。


 中から現れたのはブレン。彼はギルド長らしく堂々と文句の主に歩み寄り、そして告げる。



「いやいや、敵に回すも何も、教会は、当案件の容疑者になっているんだがな」

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