修道女の野望
私は、ミスカ。この町リンデに派遣されたノクリト教会の修道女。
何故私が抜擢されたのは分かりませんが、どんな環境でも敬虔な信者として相応しい働きをするまでです。
左遷されたなんていう輩もいましたが、もうすぐ司教へと昇進するといわれているシヨム司祭の後ろ盾が約束されている。
むしろこれはチャンスです。未開の地にノクリト神の教えを説き、片っ端から入信させれば、私の地位も上がることでしょう。
教会も信者が増え、信者達も真理を得る。誰も損をしない最高の巡り合わせに、神に感謝を。
勿論、布教先の情報はある程度調べてあります。
なんでも数百年前に、このヴァンデ大陸で最初の魔王が出現したという、一応は名の通った大陸中央にある辺境の地。
とはいっても魔王という不吉な要素により、どの隣国も所有権を主張しなかった為、世間のあぶれ者達等が流れてくる避難場所とされていました。
しかも魔王が遺した迷宮には、その配下達がいまだに徘徊しているので、わざわざ危険を冒してまで、ならず者達を追及してくる者は極僅か。
しかしながら、この町には独特の自治組織があり、悪党の無法地帯とはなりえなかったことは、あまり知られていません。
その戦力も無法者達の介入を全く許さず、迷宮からの侵攻も抑え、治安をも維持してきた程とのこと。
だからといって排他的ではなく、町のルールさえ守れば移住することも認められ、我が教会もご多分にもれず許可を受けた。
流石は魔王のお膝元、人々が邪神を祀るのも納得とは思ったのですが、一応魔王勢力を抑える役割があるらしい。
それでも、唯一なるノクリト神以外、邪神は邪神。力がないからこそ抑えることしか出来ないのである。
我らが神の恩恵を受ければ殲滅すら可能だというのに。
勿論その為には邪神を排除し、人々の改宗に努めなければならない。
邪神の偶像は何体か見かけるが、それほど信仰に厚くはないのだろう、どの石像も野晒しである。
これならば布教活動も捗るかと思いきや、我が神に対しても同じように興味を示さない愚か者の多いこと多いこと。
やはり辺境の土人といったところでしょうか、信仰の在り方から教えなければならないようです。
しかしながら、これは好都合、ノクリト神を題材として教えを説けば、一石二鳥。
下手に毒されていないだけ、まるで真っ白な紙の上に好き勝手描けるように、我が神へ信仰心を植え付けることが出来るでしょう。
それには先ず、餌となる人物を確保しなければなりません。
この町リンデでは新参者でしかない私が、無策に一人ひとりに呼びかけていては効率が悪い。
現地人であって誰もが認める人物を囲ってしまえば、あとは芋づる式に信者が増えるという訳です。
そして見つけました、最適の傀儡を。
同じ女としては面白くないですが、容姿端麗。彼女を従えていれば、ギルドの大半を占める男共が釣られてくるだろう。
そして歳もそんなに違わず話しかけ易い上に、あまり頭が良くなさそう。
あんな男だらけの場所で露出の多い服装でいられるのは、頭の神経が数本切れているとしか考えられない。
だがしかし、それがいい。きっと深く考えることなく、私のいいなりになってくれるはず。
そう期待したのですが、彼女はなかなか私の思い通りに話を聞いてくれません。
これもあのギルドの顧問役である眼鏡男のせい。いつも話が乗ってきた時に横からしゃしゃり出てきます。
私は一応このおっさんにも、いかにノクリト神が素晴らしいかを言い聞かせましたが、ただニコニコしているばかり。
その口調は丁寧ですが、これを慇懃無礼とでもいうのでしょう、物凄く腹立たしく感じました。
そして結局は屁理屈を並べて、湯水のごとく私の時間と気力が奪われていくのです。
多分この男と関わってはいけない、と私の本能が告げるので、ギルド顧問が現れれば撤退せざるを得ません。
だからといって諦めることなく、私は眼鏡が現れるまでが勝負だと、毎日懸命にノーラと呼ばれる受付嬢を説得します。
しかし彼女の言い分が段々と煩わしい男のものと似てきました。
これはおかしいと、二人の歪な関係を疑いましたが、確証までには至りません。
証拠が掴めれば、この悪徳顧問の愚行を暴くことが出来るので、その時の準備はしておいた方がいいでしょう。
こうして本日もまたギルド受付嬢の勧誘に勤しんでいた訳ですが、今回はいつもと勝手が違いました。
例の顧問役が姿を現さなかったので、受付嬢とはかなり熱い激論を交わしたと思います。
やはり相手の理解を得るには、お互いに本音でぶつかり合うことも必要なのかもしれません。
そしてようやく、彼女が私達の教会の素晴らしさに共感し、入信への確約も得ました。
早速洗礼を受けさせようと教会へ連れ出そうとしましたが、彼女は急に邪神の信者であると主張し始めます。
私は取り乱しそうになりましたが、やはり何かがおかしいと考えを巡らせる。
唯一であるノクリト神の他にも信仰を持つなんて矛盾はありえない。
この二面性こそ、最近私が彼女に感じた違和感であり、あのギルド顧問が黒幕であると確信しました。
受付嬢の頭が悪いことをいいことに、何てことをさせているのかしら。きっと裏では、あんなことやこんなこと。
彼女を悪の手から救ってあげれば、涙を流して私に感謝し、序列も私の方がかなり上だと刷り込めることでしょう。
これで勝てる。今日はもう顔を見せないようだから、また今度にしようと思っていた矢先、カモがネギ背負って現れたのです。
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「先生、もうちょっと早く帰ってこれなかったんですか?」
ノーラは心底疲れたように抗議するが、抗議というより安堵の方が適格だろう。
本当は少し前に帰ってきていたのだが、あまり過保護だと彼女の為にならないと、こっそり様子見していた。怒られるから黙っておきますがね。
さて、この修道女、これまで私を見ると姿を消す傾向にあったが、今回は違うようだ。
先程見ていた限り、彼女は相変わらずなご様子。しかしその理解が、自分の都合の良い方にもっていく独自の感覚に、より磨きが掛かっている。
私の言葉の整合性さえ通じるのかさえ怪しそうですが、挑んでくるのであれば一応お相手いたしましょう。
「貴方、自分とこの受付を洗脳しているでしょう」
もうね、予想外過ぎて溜息がでるよ、おじさん。顔には出さないけど。
「いきなり洗脳とは、穏やかではありませんね。どこからそんな発想がでてきたのですか?」
「こんな男ばかりの場所で、女の子に扇情的な恰好をさせているでしょう? 彼女が平然としているのは、どう見ても不自然よ! 洗脳以外にありえないわ!」
これは明らかに周りに対して感情的に訴えて、私を非難するよう扇動をしている。
私の立場を弱くすれば、ノーラを何とか出来ると思ったのでしょう。
「いえいえ、洗脳ではなく、いわばこの町の風習です。町長のところに文献も残っていますので、後で確かめて下さい」
「風習も何も、他にそんな恰好をしている女性をみかけないわ」
彼女が知らない例外もいくつかあるのですが、話がこじれそうなので、それは言わないでおく。
「ええ、服装に関しても個人の自由意志に任せています。風習とはいっても強制ではありませんので」
「その自由意志とやらにかこつけているだけじゃないの?」
この娘さんにしては、なかなか鋭いところを突く。全く的外れではあるが。
「それだけで洗脳と判断するには、根拠が薄いと思われますが」
「それだけじゃないわ。彼女は唯一なるノクリト神を信じると宣言しながら、自分は土地神に仕えているとも言ったのよ。これは洗脳が解け掛けていた兆候よ!」
このノーラがノクリト神を信じるだって? それだけは絶対ありえない。『絶対』という表現はあまり使いたくないが、ありえない。
ノーラも首を振って見せるが、これも洗脳の効果ともとられかねない。
おおかた、この修道女自身で都合の良い解釈をしているのだろうが、その彼女が勘違いを認めるとは思えない。
「ここの土地神様はね、ご自分が唯一の神だとは考えていらっしゃらない」
だから私は、話を別の角度から展開させた。
「そんなの当たり前のことでしょ」
話を逸らさないで、という反応も想定していたが、都合の良い話だけ聞き入れるのは本当にどうかと。
このまま次の言葉を紡ぎ易くなったのは皮肉であるが。
「ですから、他の神を信じることは禁じられていません。ノーラが土地神様を信仰しながらでも、おかしくはないのです」
「それなら、洗礼を受けても問題ないわよね」
ここにきて瞬く間に修道女の意識は、私の疑惑追及から、当初の目的であるノーラの勧誘に移りました。
何というか、思い込みは激しいですが、頭の回転の速さといい、この柔軟な強かさは評価できます。
「それとこれとは違います」
だからと言って、甘い顔はしません。私の目的も、自分の疑いを晴らすことではないのですから。
「唯一とされる神の洗礼を受けるということは、以降、土地神様を信仰出来なくなるということになります」
「そんなの当たり前でしょう! それよりも…」
都合が悪い流れになったのでしょう、彼女は話を変えようとしますが、私はそれを許しません。
「当たり前ではなくて、教会関係者でなければ知る由もないことです! そもそも貴女はちゃんとそれも説明しているのですか?」
私は彼女とノーラのやりとりを見ていたので、その答えは既に知っているが、敢えて尋ねてみる。
「する訳ないでしょう! そんな余計なこと、な…」
この修道女は強く出られると、本音っぽい言葉で反論するだろうことを見込んだのだが、まんまと引っ掛かってくれた。
彼女は自分の言いかけたことに気付いたようですが、もう遅い。
「皆さん、聞きましたか? これが教会のやり方です!」
私は透かさず修道女の暴言を拡散します。彼女の用いた方法で。
「なっ」
彼女はこちらに怪訝そうに視線を送る面々に気が付いたようです。
先程、他ならぬ彼女が注目を集めていたのです。私の洗脳を捏造するために。
「大事なことは余計だと話さずに、強引に事を運ぼうとします」
「そ、そんな大したことじゃないじゃない。こんな石像ごときに比べたら…」
修道女は必死に取り繕うとしますが、流石に周りの冷たい目線にたじろぐ。
ここは好機と、私は話の流れに追い打ちをかける。
「貴女は先程、この御神体のことをぽっと出と仰いましたが、そんなに歴史の長い方を敬うべきなのですか」
「そ、そうよ、そのとおりよ。よく分かっているじゃない」
これは一見、助け舟を出しているようにもとれるが、全くそうではない。
彼女の勝手な思い違いを逆手に取るのである。
「言質、取りましたよ」
「へっ?」
彼女は素っ頓狂な声を上げる。
これは彼女のオウム返し。自分が言質を取られるなんて思ってもみなかったかもしれない。
「言っておきますが、あなたの言うぽっと出とは、あくまでギルド内で保護した期間に過ぎません。少なくともこの町が出来る以前から御神体は存在してます。お忘れですか?」
ノクリト教会が設立されたのは、長くとも二百年前程度。
修道女が敬虔な信者というのならば、それくらいは理解できるはず。
「さて、どちらを敬うべきですかな?」
別に歴史の長さで比べるものではないのだが、言質を取った以上、彼女は逆らえない。
「なによ、こんな石像なんて!」
彼女は返事の代わりに、つかつかと歩いていき、石像に蹴りを喰らわす。
あまりの行動に、私も含めて皆、蹴った足を痛いたそうに引きずっていく彼女を見送るばかりである。
そして事件は起きるのである。
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