お邪魔虫




 これは小鬼大量出没における討伐隊が編成された数日前のお話。


 この時はまだ、そんな兆候すらありませんでしたので、私は普通にギルドの受付に就いていました。



「もういい加減にしたらどうですか?」



 ですが、窓口には通常業務とはかけ離れた相手も存在するのです。


 個人的な目的で近づいてくる男性は多いのですが、大抵は間接的に仕事の邪魔だと伝えれば引き下がってくれます。


 たまに強硬手段を取ろうとする輩がいても、そこは腕っぷしの強いギルド長が対処してくれたりするので問題ありません。


 しかしながら、この件においては勝手が違うようで、力ずくという手段は取れないでしょう。


 こういった面倒ごとは先生にお願いするのですが、生憎今は外出中。


 因みに『先生』とは用心棒は用心棒なのですが、論客的意味で当ギルドの顧問を務め、そのまま『先生』と呼ばれています。



「だから、貴女が入信さえしてくれればいいのよ」



 この女性は、最近この町に建てられた憎きノクリト教会の修道女で、ここ毎日私の勧誘に執着しています。


 最初はそれらしい説教を唱えていましたが、段々と脅迫じみてきたのが更に腹立つことこの上ありません。



「何度も言うようですが、全くそのつもりはありません! 業務の邪魔ですからお引き取りを!」



 職場ではあまり感情的にはならないようにしてますが、ついつい声を荒げてしまいました。


 しつこい異性にさえ、ここまで強く拒絶の言葉を吐いたことはありません。勿論、受付嬢としての立場での話に限りますが。



「邪魔ったって誰もいないでしょうに! 貴女こそ、いい加減に私達の信仰を認めなさいよ!」



 私が喧嘩腰になったのを皮切りに、言葉だけではなく、勧誘の仕方まで強くなりました。


 誰もいないというのは、あくまで受付には、という意味では合っています。


 しかしギルド内には絶えず、十数人の『兵隊さん』達が仕事関係の準備等で訪れている。


 中には受付に用事のある人が躊躇している可能性を、この強引な修道女は考えていません。


 下手に入り込むと彼女から、とばっちりを受ける確率の方が高そうなのが皮肉なところ。



「ええと、ミスカさんでしたっけ?」



 少々とはいえ頭に血が上った自分を抑える為、深呼吸を一回してから彼女に呼びかけた。


 彼女との最初の自己紹介で聞いた、その名前を初めて口に出したような気がする。


 そういえば、今まで私は彼女の勧誘に対する返事しかしていなかったかもしれない。


 逆を返せば、それだけ彼女が一方的だったのでしょう。



「何よ今更!」



 それは初めて私から呼びかけたことで今更なのか、急に冷静になったことで今更なのか知れないが、私は話を続ける。



「貴女方の信仰を認めていないわけではありません」



 とりあえずこれ以上相手を刺激しないように言葉を選んだはずでした。


 遠回しだが、相手を否定せず譲歩してみせることで落ち着いてくれればと。



「言質…取ったわよ」


「は?」



 しかし、どうやら裏目に出たようです。ここで言質って何、言質って?



「認めてなくはないということは、認めていると同様なの! さぁ、行くわよ!」


 

 ミスカと名乗る修道女は勝手な理論でまくし立て、私を連れ出そうとします。



「行くって、どこへ?」



 私は掴まれそうになった腕を振り払うと、彼女は一瞬とても嫌な顔をした。



「勿論、我らが教会に決まっているでしょう」



 そして何故かしてやったりの顔付で彼女は続けます。



「唯一なる我らが神ノクリトを崇めることを認めるなら、貴女も洗礼を受けるのは当然でしょう?」



 もうどこから突っ込んでいいのか分からなくなるくらい話が飛躍してきたので、私はこの受付場所の斜向かいに設置された石像に視線を送った。


 訳ありで同じ屋内に移設したてですが、かなり風化しています。とはいえ、丸い顔の優し気な表情が印象的。



「いえいえ、私が崇めているのは、あそこにおわす土地神様です。だからわざわざ他宗教の洗礼を受ける必要はありません」



 崇めると言っても私がしてきたのは、せいぜい邪険に扱わないくらいのこと。


 石像がまだ外にあった時は、ご近所さんのよしみみたいな感覚で、業務のついでに周りを掃除して差し上げた程度。


 これからはもう少しだけ信心を持つことを誓って、ここは三文芝居に付き合って下さいと、心の中で呟く。



「貴女、何言っているの、さっき唯一なるノクリト神を認めるって言ったじゃない!」

「言質もちゃんと取ったって言ったでしょ? 神に仕える者の前で反故にする気?」

「そうよ、改宗よ、改宗! 力のない神に祈って何の意味があるの!」

「それなら尚更念入りな洗礼が必要ね! さぁ、教会へ急ぐわよ!」



 これで諦めてくれればと仄かに期待はしましたが、案の定、これでもかと言わんばかりの反論が返ってきました。



「いいえ、私が認めたのは貴女方の信仰の自由であって、だからと言って私が貴女の言い成りになることではなくてよ」



 私はあくまで冷静に、しかし強い口調でそう言い放ちましたが、多少尊大であったことは否めません。



「その上から目線は何よ? 自分が神になったつもり?」



 しかし彼女が喰いついたのは、その尊大なところで、肝心の部分には触れてきません。


 それなら唯一神と言いながら、他に神を騙らすなと言いたいところです。



「いえ、だから神は、あそこにおわす…」



 これは悪手だと、言い始めてから私はそう思いました。このままでは話が繰り返してしまう。


 しかしながら発言を遮ったのは、私の躊躇いからではありません。



「何度も同じことを言わないで!」



 普通に考えれば勝手な言い草なのですが、これは話の流れを変える好機です。



「その言葉、そのままそっくり返しましょう」


「話を誤魔化すつもり?」



 流石にそう容易く話の主導権を渡さないつもりなのでしょうが、私は彼女の反論を捨て置きます。



「私は何度勧誘されても、そのつもりはないとその度申し上げてきました」



 そして今度は反論を許さない勢いで続けました。



「それなのにご自分の『何度も』は良くて、私の『たった二度目』には目くじらを立てるのですか?」



 一度の繰り返しを『何度も』という言葉のあやは理解しているが、それを彼女と同じ水準と思われるのは大変心外です。



「あ、貴女は、勧誘するなとは言わなかったじゃない…」



 彼女は苦し紛れにそう呟いた。


 確かに言葉のまま『勧誘するな』とは言わなかったかもしれませんが、問題はそこではありません。


 同じ意味合いの台詞は、それこそ何度も口にしているのに、こんな言い訳しか出来ないのですか。



「では、改めて告げましょう。私は土地神様を崇めています。何度も何度も何度も勧誘しないで!」



 私は『何度も』と連呼しましたが、流石に品がないので適当に切りました。


 たった二回を『何度も』と解釈するのであれば、これだけでは全く足りません。



「何よ、大体あんなちっぽけな石像、ついこないだまで無かったじゃない!」



 彼女は我が神様に八つ当たりするが、やはり都合の悪いことには直接反応しない。


 これだけ言っても、次にはなかったことになるのでしょう。



「こんなぽっと出の神もどきに一体、何が出来るっていうの?」



 よくもまぁ、何も知らずにそんなことが言えるとは思いましたが、私も最近、先生から聞かされたところなので、このことに関しては黙っていることにしました。



「やぁ、ノーラ。どうやら待たせてしまったみたいですね」



 後ろから聞こえてきたのは、当の先生の声である。私はやっと業務に戻れると胸をなでおろしました。


 彼の見た目はギルド長であるブレンと同年代くらいですが、物腰が穏やかで、年下の私にも話す言葉が丁寧です。



「そこの教会の御遣いの方も、後の話は私が伺いますよ」



 ですがその対応は私だけではなく、老若男女問わずに変わりない。


 せめてこの邪魔者には荒々しい態度を取ってほしいものだが、追い払ってもらう身としては文句が言えない立場であることは勿論、そんな先生の様子は全く予想が出来ない程です。


 それでも、これで彼女はいつも通り、口論では分が悪いと退散することでしょう。



 しかしながら今回、彼女は何か考えがあるように笑みを浮かべていました。


 彼女に対する私の反論は、ほとんどが先生の受け売りですが、そんな私を説得しかねているのに、どうすれば先生本人に通用するのでしょうか。

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