第3話 朝ごはん

 翌朝、私は久々に人の為の朝食を作っていた。

 この千年は森で私の家に来た人にしか食事を作ってなかったから気合いも入るってものだ。


 ポテトサラダに入れるのは~、塩揉み胡瓜とシーチキンと微塵切りの人参~。

 この世界にマグロが居てくれたと知った時は神に感謝した。

 私はほうれん草のマヨ和えもハムでは無くシーチキン派だったもの。


 リーフレタスの上にポテサラ乗せて~、プチトマト載せて~、厚切りベーコンと目玉焼きをお皿に乗せて~、牛乳~、籠に山盛りロールパーン!

 頭の中で適当な節を付けてフンフンとハミングしながら食事の準備を終わらせた。

 

 油断するとハミングではなく口から歌が漏れ出していて、前世で娘に「お母さん…、一人の時もそんな歌を歌ってるの?」と半笑いで言われた事があった。

 むしろ一人の時の方が遠慮なく歌ってるので、何を当たり前の事を聞いているんだと思って普通に「うん」と答えたが、友人にリサーチしたら「そんな自作の歌は歌わない」と全否定されたっけ…。


 余りにも遠過ぎる昔を思い出しながらアランを起こす為にドアをノックする。

 返事は無い…、まだ寝ている様だ。

 折角なので子供の寝顔を千年ぶりに見てみようと思い、静かにドアを開けた。


 まだまだ幼さの残るあどけない寝顔に笑みが溢れる。

 ベッドの枕元に腰掛けて優しく肩を揺すりながら声を掛けた。


「アラン、朝ごはんだよ。 早く起きないと全部食べちゃうよ~」


「ん…」


 薄く目を開けて数秒ボ~っとしたと思ったら、カッと目を見開き勢いよく上半身を起こす。


「俺…っ、昨日…!」


 アランは混乱している様だ。

 仕方ない、昨日まで安心して眠る事も出来なかっただろう、この街に無事に辿り着いた事さえ奇跡みたいなものよね。

 枕元に座っている私はアランの背後に居る状態なので気づいてないらしい。

 

「アランおはよう、朝ごはんだよ」


 言いながら頭を撫でると、泣きそうな顔で振り返った。


「夢じゃ…なかった…」


 私の顔を見てポロポロと涙を零し始めた、どうやら昨日の出来事を夢だと思ったらしい。

 普通に考えたら昨日の出会いはアランがこの街に一人で来れた事よりも奇跡的な出来事だもの、むしろ偶然だったら有り得ないわ。


 だけどまさか「千年前のご先祖様の姉が森から遠見の魔法で自分を見つけて会いに来てくれた」なんて夢にも思わないだろう、むしろ思ったらヤバい人だわ。

 右目が疼くって言い出す人レベルね。


「夢じゃないよ、ハイこれ着替え。 サイズが合うといいんだけど…、着替えたら朝ごはんだから手と顔を洗って食堂へ来てね」


 パフっとアランの胸元に創造の神力で作った着替えを押し付け、もう一度頭を撫でて立ち上がる。

 悪戯心で私の脛丈のパジャマをマキシ丈ワンピース状態で着せていたので着替えが出てきた事に驚いた後、涙を拭って照れ笑いをしたアランが頷いた。


「ありがとう、カミーユ」


「どういたしまして」


 ドア前で振り返り、答えて食堂へ戻った。

 アランが二階から降りて来る前に朝食を温め直した、せっかく黄身が少し流れ出る目玉焼きがギリギリ流れ出なくなってしまったけど好みを聞いてないから中間でちょうど良かったかもしれない。


 この家は吹き抜けの玄関を入って突き当たりが階段、右手に応接室と続き部屋のゲストルーム、左手にはリビング、T字の廊下を挟んだ右奥がトイレと浴室、左奥が台所と食堂が並んでいる。

 二階はリビングの上が書斎と繋がった主寝室、廊下向かいに部屋が二つ、階段を挟んだ反対側は空室が三室とトイレがある。


 いつかアランが結婚したいと言ったらこの家を譲って森の家に戻ろうと思う、部屋数はあるから泊まりに来る用に一室は空けておく条件なら代々家の管理をするって建前でこの家に住み続ける事に遠慮しなくていいだろうし。


 前世では息子のお嫁さんの顔を見る事は出来なかったけど、アランのお嫁さんは見ておかないとね!

 姑根性出さない様に気を付けないと…。


 そんな事を考えながらテーブルに着く、そしてすぐに前髪を湿らせたアランが現れた。

 よしよし、ちゃんと顔も洗ったわね、洗顔用のターバンの場所分からなかったのかな?


「うわぁ、いい匂い! 美味しそう~!」


 食堂のドアを開けてすぐ深呼吸をする様に匂いを嗅ぐ。

 そんな姿に頬が緩む。


「ふふ、美味しそうじゃなくて美味しいのよ、早く座って食べましょ」


「うん!」


 元気よく答えて私の向かいの椅子に座ると二人で手を合わせて声を揃えた。


「「いただきます」」


 アランは最初にロールパンを手に取り、目を見開いてふにふにと感触を確かめてている様だった。


「すごい…、やわらかい…。 あったかくて良い匂いだ…」


 パンに鼻が着くくらい近づけて深呼吸する用に香りを楽しむ、一口頬張りニ、三回咀嚼すると「美味しい」と目で訴えてくる。


「うふふ、お口に合った様で良かったわ」


 そんなに幸せそうに食べてもらえたなら準備した甲斐があるというもの、今度は一緒に作って本当の焼き立てを食べさせてあげよう。

焼ける時の匂いは殺人的に美味しそうだもの。


 ただ、目玉焼きやベーコンの乗ってるお皿を見てまごついてる様だった。


「どうしたの? 嫌いなものあった?」


 尋ねると、どうやらナイフを使って食べた事が無くて戸惑った様だ。

 いつもはフォークで刺して齧りついていたが、ナイフが置いてあるので使うべきか悩んだとのこと。

 私は立ち上がってアランの背後に回り、手を添えて使い方を説明する。


「右手にナイフと左手にフォークが基本よ。 こうやってできるだけ食器の音をさせないで切ったら、向かいの人から切り口が見えにくいように左の手前から切って食べるの。 たくさんナイフやフォークがある時は外側から使うって覚えておけば良いわ」


 余程の事が無ければコース料理なんて食べないだろうから知らなくても大丈夫だろうけど、知識は財産になるから知ってて損はないでしょ。

 今度はおにぎりみたいに手掴み系ご飯も食べさせてあげようか。


 自分の席に戻ってベーコンを切り取り食べる、私の食べ方を見ながら真似をしつつ何とか食べられた様だ。

 食べ終わった時には口の上に牛乳髭が付いていた。


 思わず笑ってしまい、不思議そうに首を傾げるアランに口の上をチョイチョイと指差して教えたあげた。


「ココ、牛乳で出来た髭が生えてるわよ」


 言われて顔を赤く染めながら乱暴に手の甲で拭う、そんな永く味わって無かった何気ない日常生活の出来事に久しぶりに感じた幸せを噛み締めた。


 食後の片付けを終わらせてアランとパーティー登録をする事を決め、一緒にギルドに向かう事にした。

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