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 光。

 目の眩むような。

 視界の全てが包まれている。諦めて、瞼を閉じる。

 次に目を開けた時には灰色の天井が広がっていた。〈ぼく〉はベッドに仰向けで寝ていた。部屋中に薬のにおいが漂っていた。

 どれだけの時間が経ったかわからないけど、天井を見つめたままぼんやりしていた。やがて扉が開いて、誰かが入ってきた。聞き覚えのある足音だった。教室で、始業の鐘の後によく聞いていた音だ。

「おめでとう、〈チャーリィ〉」フロレンス女史が傍らから見下ろしてきた。「いや、〈シャーロット〉と呼ぶべきだな」

「先生、ここは……」そう言ったつもりだったけど、喉が渇ききっていて上手く喋ることが出来なかった。

「子供は無事に生まれた。標準より小さいが、健康に異常はない」

 子供。生まれる。それらの言葉を繋ぎ合わせると、眠る前の記憶が頭の底からサルベージされた。〈ぼく〉は自室で破水して、医務棟へ運ばれてきたのだった。

「よくやった。マダムもお喜びだ。身体が快復したら、お前には下級生が付くこととなる。後輩をしっかり指導してやれ」

 そう言って行こうとするので、〈ぼく〉は女史を呼び止めた。

 肩越しに振り向いたかれは、険しい眼を向けてきた。

「生まれた子に会いたいのですが」

「それは出来ない」

「何故です」

「そういう規則だ」

「自分の子ですよ?」

「お前の?」女史は身体ごとこちらを向いた。「勘違いするな。全人類の子だ。この世にお前の子供など存在しない」

 そして〈ぼく〉の反論も待たず、部屋を出て行った。

〈ぼく〉は再び、薬のにおいの中に一人きりとなった。

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