2-6

 癖。

 嘘をつく時の。

〈ぼく〉にはそういうものがあるらしいけど、〈ぼく〉自身にはわからない。どれだけ鏡と見つめ合っても、見つけることは出来ない。でも、それで傷つく人がいるのだから、やはり本当にあるのだろう。

 新月の晩から一週間ほどが経った。〈クラウス〉は当然のように、教室にも洗濯室に姿を現わさなかった。

〈ベル〉は目に見えて、ぼんやりとしていることが多くなった。その目線を辿っていくと、空いている机や、一人人数の欠けた校庭のホッケーに行き着く。かれが、他人には見えない何かを見つめているのは確かなようだった。

〈クラウス〉は無事に森を抜け、海を見に行くことが出来たのだ。〈ぼく〉がそう思い込もうとした矢先、かれは再び〈ぼく〉らの前に現われた。尤も、フロレンス女史に連れられて教室へ入ってきたかれを、今までのかれと同じ人物として捉えられた者は少なかっただろう。いや、ゼロだと言っても良いかもしれない。包帯を巻いた頭。それを覆うネット。松葉杖。それは〈クラウス〉の形をした、操り人形のようでもあった。

「〈クラウス〉は怪我をしたため、治療が必要だった」フロレンス女史は言った。それから〈クラウス〉に席へ着くよう促した。

〈ぼく〉は、すぐ横を通り過ぎる〈クラウス〉を見送った。

〈ベル〉の方を見ることは出来なかった。

「何か知っているのなら、教えてほしい」

 そう〈ベル〉が言ったのは、放課となって誰もいなくなった後の教室でのことだった。窓の外ではホッケーの練習試合が行なわれていた。

「かれをあんな風にした原因を作ったのは、誰?」

「〈クラウス〉は怪我をしたんだ」〈ぼく〉は言った。無駄だとわかってはいたけど。「先生も言ってたじゃないか」

「その話、本気で信じてる?」

 答えなかった。

「脱走を企てて、捕まった生徒は脳をいじられる」かれは言った。

「あれは怪我だよ」

「何か知っているんだよね?」

「〈ベル〉」

「〈チャーリィ〉、お願い」

 白い指が〈ぼく〉の肩を掴む。食い込んでくる。〈ぼく〉は咄嗟に奥歯を噛み締めた。

 それから訊ねた。

「知ってどうするつもりだい?」

 かれは答えない。

 校庭で男子生徒が何か叫んだ。それに応じる声もした。

 肩を掴んでいた指から、力が抜けていった。

「君は何もするべきじゃない」〈ぼく〉は俯くかれに言った。「何もしては駄目だ」

 遠くでホイッスルが鳴った。

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