第9.5戦 : 過去
少年の住む場所は毎日が暴力で埋め尽くされていた。
人々は血を争いを求めていた。
そんな場所に生まれ落ちた少年もまた彼らと同じように生きるのかと思われたがそうではなかった。
少年は争いを好まなかった。暴力よりも話し合いを望む平和主義であった。
だがそんな少年を人々は蔑んだ。
「意気地無し」「出来損ない」「恥さらし」
実の親からも見捨てられ、周囲の人々からバカにされても、暴力を振るわれることがあっても少年は決して暴力で対抗はしなかった。
少年は優しかった。だがそれはこの世界ではイレギュラーな存在だった。
15になった年に青年は故郷を出た。
故郷に嫌気が差したわけではない。
この世界を正さねばならないと思ったから。暴力による解決は間違っていると信じていたから。
青年は世界各地を巡った。
どこもかしこも争いで満ち溢れるその場所で青年はたった一人、話し合いによる解決を求め続けた。
途方もないことだとわかっていた。一匹の蟻が象を仕留めるようなものだと。
相手にされないことの方が多かった。
死を覚悟した場面は何度もあった。それでも―――それでも青年は折れなかった。
確固たる信念を持っていたから。自分の行動は間違っていないと信じていたから。
そして何年経ったのだろうか、いつしか青年は一人ではなくなっていた。
争いにより全てを失った者―――非力な者―――青年の行動に胸打たれた者―――
様々な理由で青年の行動に賛同した者たちが集まっていた。
『争いをこの世からなくす』という信念の元へ。
大所帯となった青年の活動は勢いを増していった。
無視できない程の影響力を持つようになっていった。
そして遂に彼らは偉業を成し遂げる。
争いと血を好むこの世界で彼らは遂に争いを止めることに成功した。
暴力無しの話し合いで争いを止めたのだ。
初めて偉業を成し遂げた場所を拠点とし、彼らの活動は更に拡大していった。
小さな波はいつしか巨大な波となりその波が更に巨大な波を生む。
青年の信念は世界中へと広がっていった。
そして活動を通して出会った女性と恋仲となり子も身籠った。
争いを認めぬ輪が広がり仲間に囲まれ、妻子持ちとなった順風満帆といえる人生。このままいけば争いを根絶出来る―――そう思っていた。
だが―――悲劇は起こった。
世界中に点在する支部の重役たちが集まり情報共有を行っている時を狙い、青年たちの活動を快く思わない連中による襲撃を受けた。
そして青年は全てを失った。
武力を持たぬ者に抗うすべはなかった。
逃げ惑い、命を乞う者、すべからく惨殺された。
話し合いによる解決など不可能だった。
圧倒的な暴力の前ではそれはただの詭弁でしかなかった。
だがそれを理解した頃には手遅れだった。
理解したのは叫び喚き絶望し殺されていく仲間を、抵抗できずに無惨に殺された妻と産まれてくることの出来なかった子の死体を見た後だった。
たった一人生き残った青年は怒りに身を任せ生まれて初めて暴力に身を染めた。
怒りのままに殺して殺して殺しまくった。
妻を子を、仲間を殺した奴らを圧倒的なまでの力で捩じ伏せた。
青年にはそれほどの力があった。
その手で作り上げた屍の山を見て青年は新たな覚悟を持った。
それからも青年は平和活動をやめることはなかった。
その場にいなかった者と共に各地を巡った。
だがそこにかつてと同じ青年はいなかった。
そこにいたのは大嫌いだった暴力を振るう青年の姿だった。
真に何かを止めたければそこには力が必要だと青年は学んだ。
力無き正義は絵空事だと知った。
それから青年は殺して殺して殺して殺して殺しまくった。
仲間もどんどん死んでいった。
だが効果は以前よりも強大だった。
数ヶ月かかっていたものが数日で終わることもあった。
それが更に青年を狂わせた。
忌み嫌っていたものがかつての行為よりも効果的であると思い知らされた。
最初からこうしていれば何もかもを失わずにすんだのではないかと思わずにはいられなかった。
今までの行動は間違いだったのではないかと思わずにはいられなかった。
それからどれだけの時が流れたのだろうか。
かつての仲間は全員消えても尚、男の活動は続いていた。
それは呪いのようになっていた。
仲間の死を無駄にしないためにも、なんとしてでも成し遂げなければならないと男を縛り付けていた。
だから男は戦い続けた。平和のために殺し続けた。殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺し続けた。
しかしいつからか男の活動は自分を守るためのものになっていった。自分の罪と向き合うことを避けるために殺し続けた。殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺し殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺し続けた。
そして更に時が流れ男は戦いに―――殺しに飲まれた。
戦うために殺した。殺すために殺した。血で血を洗った。
その姿にかつての面影などあるはずはなく、目は血走り、その爪は牙は赤く染まり、身体には生傷が絶えなかった。
―――そうして男は狂人となった。
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