第9戦:覚悟と信念
どれだけ引きずられたのだろうか。
カルメールは抵抗すらできないまま,突如として現れた少女にズルズルと引きずられ続けていた。
かろうじて動かすことの出来た目を動かし,状況を把握しようとしたがどこに向かっているのか何が目的か分からなかった。
『波の……音……?』
それに加え潮の匂いもかすかにだが感じた。
考えなくてもわかった。少女が向かっていたのは海だった。
「フフッ,やっと戻ってきましたわね」
声のした方に目をやるとそこには,優雅に魚と戯れている
「随分と汚れていらっしゃるのね。使えるのかしら。ごめんなさい,貴女に言っても意味はないですわね」
人魚は品定めをするようにカルメールの身体をまじまじと見つめた。
「他には誰がいらしたのかしら。貴女の天恵ではこうはならないでしょう?」
「もう一人いた」
少女はまるで機械のように答えた。
「その方はどうなさったのです?」
「重症,置いてきた」
「そうですか。まぁ良しとしましょう。この方だけでも十分ですから。……それでは始めましょう」
『始める……何を……?』
人魚はカルメールの心を読んだように優しい笑みを浮かべた。
「貴女には
人魚の言葉でカルメールはずっと疑問だったことを理解した。
自身を運んでいた少女に対して感じていた違和感。機械のような無機質性を感じていたのは何故なのか。
それは少女が目の前にいる人魚に操られていたからだ。
そしてこれから自分もそうなる―――
『動けッ―――動いてくれ!』
それだけはなんとしてでも避けなければならない。
己の力を理解できない程バカではない。
もしもあの二人と対峙することになったら、二人に勝ち目はないだろう。
だから―――だから―――
「アアアアアアアァァァァァーーーーーー!」
「―――!」
それはカルメールの覚悟が想いが起こした奇跡か―――
カルメールは力を振り絞り,少女の手を振り払い足を踏み出した。
『
武骨なその手で頭を掴みへし折った。
********************
深い眠りから目が覚めたような感覚だった。
暗く何もない場所に閉じ込められていたような気がする。思い出そうとしても靄がかかったようで思い出せない。
目の前には広大な海―――そしてそこに浮かぶ二つの物体―――その一つに見覚えがあった。
「プルメラさんッ!」
一瞬で残っていた眠気が吹き飛んだ。
浮かんでいる物体―――それは自分を陥れようとした人魚だった。あらぬ方向に首が曲がっている人魚だった。
何がどうなった結果,こんなことになっているのか
だが今何をすべきかは即座に理解していた。
助けなければ―――まだ生きているかもしれない。
プルメラと傍で浮いているもう一人を助ける。それがリルの今すべきことだった。
しかし,リルは二人を助けに行くことが出来なかった。
何故ならリルは泳ぐことが出来ないからである。
「ど……どどどうしよう」
迷っている暇はなかった。
リルは近くの建物に向かって走った。
どんなものでもいい。浮くものがあれば一人で助けに行くことが出来る。
自分のふがいなさに唇をかみしめながら走っていると不意に,建物と建物の隙間から救世主が現れた。
「ねぇ!助けて!」
突如訪れた奇跡にリルは叫んだ。
これですぐに二人を助けに行ける。そう思った。
だが一刻を争う場に現れたその救世主の姿を見てリラは言葉を失った。
何故ならその救世主は血にまみれ傷だらけで,死んでいてもおかしくないと思えるほどに重傷だったから。
リルの声に反応した救世主になるはずだった男はふらふらとだがしっかり土地を掴み,リルに歩み寄った。
「あ……あの……」
初めてみる残酷すぎる姿を受け入れられず,どうすればよいのか動けずにいると,その男はリルの胸倉を掴んだ。
「アイツをどこにやった!」
鼓膜が破れるのではないかという程の声量で男は叫んだ。
答えなければ殺される。そう感じさせるほどの迫力。
だがそれがリルを現実に引き戻した。
「アイツ……が誰のことか分からないけど,そんなこと言ってる場合じゃないの!」
リルも負けじと叫んだ。
誰かと勘違いしているのだろう。だがそれを訂正している時間はない。
「何か水に浮くものを見なかった!?あっちで溺れている人がいるの!」
目の前にいる男を手当しなければならないのは分かっていた。
だが手当てできるものもないこの状況ではどうすることも出来ない。だからリルは二人の救助を優先した。
しかし―――
「ンなこと知るか!テメェが連れてった奴はドコだ!さっさと答えろ!」
男は聞く耳を持たなかった。
「知らないって言ってるじゃん!」
「知らねェわけねェだろーが!テメェが連れてったんだろ!」
「だか……ら,知らない……って」
リルは男に持ち上げられ浮いていた。
離そうと男の手を掴むがびくともしない。
「おね……がい……。わたしは貴方と争う気は……ない。だから……おねがい……,離して……」
リルの胸倉を掴み持ち上げたまま男は動かなかった。
そして数秒後,笑い声が聞こえてきた。ただの笑い声ではなかった。そこには怒りが感じられた。
そして―――
「ふざけんな!」
リルは地面に叩き付けられた。
一瞬にして眼前に青空が広がる。
遅れて激痛が全身を巡った。
痛みのあまり呼吸が上手く出来ない。
それでも何とか立ち上がろうとすると,今度は腹部に衝撃が走った。
蹴られたのだと分かった時には壁にぶつかっていた。
何故突然こんなことをしてきたのかリルには分からなかった。
痛みと苦しみの中で思考していると,怒り交じりの声が聞こえた。
「舐めたことほざいてんじゃねェ!!」
その表情は先ほどと比べ物にならない程怒りに満ちており,呼吸するだけで殺されてしまうのではないかと思わせるほどだった。
「争う気はないだァ?ざけんな!ココは殺し合いの場だ!それがルールだろうが!それ以外のことは許されねェんだよ!!」
男の言っていることが正しいということは分かっていた。
神と名乗るものに大切な人を人質に取られ,訳の分からないチカラを与えられこの地に堕とされた。
その時点で道が一つしかないということは分かっていた。
でも―――だけど―――受け入れたくなかった。
こんな意味のない殺し合いをしたくなかった。もしもの可能性を信じたかった。
荒唐無稽なことだとしても,誰も傷つけあわないで済む結末を迎えたかった。
「……貴方の言っていることは……良くわかる。だけど……だけどわたしは信じたい,探したい。皆が助かるすべを!わたしは,この信念だけは絶対に曲げない!」
「そうかよ」
何故か男は落ち着いた口調で言った。
想いが届いたのか―――そう思った次の瞬間―――
「じゃあ死ねよ」
リルの首は宙を舞っていた。
********************
ガウルは首のないリルの死体を貪りながら海を眺めていた。
正確には海に浮かぶ一つの物体―――カルメールの死体を。
「……クソが!」
その言葉が誰に向けた言葉なのかガウル自身分かっていなかった。
決着がつかないまま死んでしまった
答えの見つからぬまま,死体を喰らっていると何処からか爆発音が聞こえた。
それはどこかで戦闘が起きている合図。
ガウルはリルの死体を海に投げ捨てると走り出した。
その表情は歓喜に満ち溢れていた。だがその背中はまるで死に場所を求める獣のようであった。
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