第6戦:再開と暫しの休息

 二つの爆弾が迫ってきたとき,ユキはもうだめだと―――ここまでだと諦めていた。

 だが気が付くと周囲に半透明の物体が出現し,爆破から守ってくれていた。

 そしてそれがユージによるものだと理解するのに時間はかからなかった。


「ユージ君大丈夫!?」


 ユキは力なく倒れるユージを支え声をかけた。

 ユージは壁を展開し爆弾から自分たちを守った直後,壁の崩壊とともに意識を失ったかのように倒れたのだ。


「ご……ごめんなさい。僕,生まれつき魔力が少なくて……」


 ユージは力なく謝った。まるで自分を責めるように。

 だが何を謝る必要があるというのだろうか。ユキの命はユージのおかげで助かったのだ。


「ありがとう。少し休んでいて」


 お礼を言うだけでは足りないことは分かっている。だが今はそれだけしか言えなかった。

 ここからは自分が頑張らなければいけない―――ユキは力強く拳を握りしめた。

 追撃がいつ来てもおかしくない―――ユキはその場から移動しようとした。

 だが移動しようとした直前、ユージのものとは違う手が肩にかかった。


「ヨッ!元気やった?」


 ユキの肩に手をかけた人物―――それは囮となり死んだ筈のカルメールだった。


「なッ……え―――ッ!?」


 驚きのあまり上手く言葉が出なかった。死んだと言われていたから。死んだのだと思っていたから。

 ユキたちが信じられないものを見るような目を向けていることを感じたカルメールは,自慢するように自分の上腕二頭筋を叩いた。


「鬼人は丈夫なんや!あの程度では死なんよ!言うたやろ、簡単には死なんって」

「ほ、本当にカルメールさんなんですか……。僕、カルメールさんはも、もう……」


 地面に座りこみ涙ぐみながら、嬉しそうに言ったユージの頭を優しく撫でるとカルメールはユージを担いだ。


「え、わわわ!」

「さーて,感動の再会やけどゆっくりしとる暇はないで。ユキちゃん,動けるな」

「は,はい!」


 カルメールはユキの返事を聞くと『瞬間移動ノンステップ』を使い,その場から移動した。ユキもすぐさま,後を追うようにその場から立ち去った。


「フゥ……,とりあえずここに隠れとこか」


 足を止めたカルメールは鍵のかかった民家の扉を無理やり開けると,ユージを担いだまま中に入っていった。

 土足のまま入っていったことにユキは驚いたが,状況が状況なためにユキも土足で入っていった。

 中に入るとやはり誰もいなかったが,つい先ほどまでそこで生活していた雰囲気があるように感じた。


「あの男の子追ってくるのかな……」


 ユキがポツリと呟くと,ユージを下していたカルメールの表情が曇った。


「追って来るやろな。あの子の能力は分からんけど厄介やで」


 腰を下ろしてカルメールは続けた。


「ウチはその子に二回会っとる。一回目は地下から出てすぐ。二回目はユキちゃんたちに合流する直前や。最初に会ったときはウチもその子も爆発に巻き込まれて,その子がどうなったかは分からん。で,その後その子を見つけたから殺した。はずなんや―――」


 カルメールは神妙な顔つきで,自分でも信じられないというように言葉を続けた。


「次の瞬間その子は溶けてなくなった。いや,血の塊になったって言った方が良いんやろな。多分それがあの子の能力なんやと思う。血を操るのか分身をつくれるのかは分からんけど,あの子はおそらく死んでない。今もどっかに隠れとるはずや」


 カルメールの言葉でユキは疑問に思っていたことが解決した気がした。

 ユキたちが地上に出た後,すぐに少年が現れたことに疑問があった。カルメールと出会っていたならあの場所にいることは不自然だった。だがもしカルメールの推測が当たっているとしたらその疑問が解決する。

 少年は二人いたのだ。カルメールと対峙した者と生きたちの前に現れた者が。

 だがだとすれば新たな疑問が出てくる。少年はユキたちと対峙したときにカルメールのことを知っていた。

 もし少年が二人いるのだとすれば,ユキたちの前に現れた少年がカルメールのことを知っていることはおかしい―――ことはないかもしれない。

 二人が情報共有できないというのはこちらの勝手な妄想だ。天恵の能力で意思疎通ができるのかもしれない。

 今この場所で起きる出来事全ては常識の範囲外―――決めつけることは愚に骨頂であり,疑いかかることをしなければ生きていくことはできない。


「そんな……どうすればいいの」

「今はこうして隠れとくべきやろな。状況の把握がちゃんとできやん以上むやみやたらに動かん方がええ。それに動くとしてもみんなのことを知ってからや。ユキちゃん,あの時聞きそびれたからもう一度聞く。ユキちゃんの能力は何や?」

「アタシの天恵は……」


 ユキは言葉を詰まらせた。本当のことを言うべきか迷ったのだ。あの時は,カルメールが天恵を披露したことと助けられたということもあって,迷いもあったが言わなければならないと思っていた。

 だが囮となることがもしも演技だったならば?もしあの少年と手を組んでいたとすれば?答えの出ない疑問がユキの中に渦巻いた。

 だがユキはそんな疑問を両手で頬を叩いて消し去った。

 命を助けてくれて,自らの命をなげうってでも助けようとしてくれた恩人を疑うことなどユキにはできなかった。たとえ騙されていたとしても,カルメールと出会わなければ消えていた命―――何も惜しくはないと思えた。

 ユキは迷いを疑念を息とともに吐き出し,言葉を続けた。


「アタシの天恵は『上位互換ニューロード』。他の人の天恵を改良して使うことが出来ます」

「へ~」


 カルメールは感心したように返事をした。

 驚きはないように見えた。それもそのはずだ。カルメールはユキが自分と同じ能力を使っているところを見ている。おおよその予測がついていたのだろう。


「コピー能力ってところか。なるほど,敵に回したら厄介な能力やな~。で,条件は何なんや?天恵をコピー,しかも改良して使えるんや。何か条件でもあらへんとおかしいやろ?」


 その通りだった。大きな力には制約が付くものだ。それはユキの天恵にしても同じである。

 ユキが天恵を発動させるための条件は―――


「条件ですか。『上位互換ニューロード』を発動させるための条件は対象の人が天恵を発動する瞬間を見ることです」

「それだけ?」

「はい」


 厳密には天恵を発動するために必要な動作―――『暗黒大陸シャットダウン』ならば指を鳴らすこと,『瞬間移動ノンステップ』なら足を踏み出すこと―――を見ていなければならない。

 あまりにも小さな制約だった。能力に見合わない大きさの制約。だが,超人的な身体能力を持つ者たちが集まるこの場所では,何も持たない人間が他の者と対等になるためにはこの程度ではなければいけないのかもしれない。


「なるほどな,ウチが目の前で『瞬間移動ノンステップ』を使ったから,ユキちゃんも『瞬間移動ノンステップ』を使えたんか」

「すみませんでした。勝手にコピーしちゃって」

「ハハッ,何言うとんよ。謝らんでいいって。そんなことで怒るわけないやん」


 カルメールは気にすることないとでもいうように手を振った。

 ユキはそんなカルメールに言葉の代わりに笑顔で返事をすると,先ほどから部屋の隅で体育座りをしてうなだれているユージの方を見た。


「ねぇ,ユージ君。そういえばユージ君の天恵って何なの?」


 下水道では少年の攻撃もあり,カルメールの天恵しか教えてもらっていなかった。

 現在ユージについて分かっていることは,魔法使いウィザードであることだけ。それだけでも,少年の爆撃を防げるということが分かったのだから情報としては十分かもしれないが,情報が多いに越したことはない。

 それにもしも強力な天恵だった場合,ユキの『上位互換ニューロード』を使えば更に強力なものとなるだろう。そしてそれは生存率も高めることにつながる。加えて手の内をさらすということは,裏切りのリスクを減らすことのもつながる―――はずだ。

 だがユージはユキの問いかけに答えなかった。

 正確には答えようと顔を上げたのだがなにやら思いつめた表情を見せ,顔を伏せてしまったのだ。

 答えてくれないなら仕方がないと,ユキはカルメールを見た。共に行動していたカルメールなら知っているはずだからだ。だが―――


「すまんユキちゃん。ウチもユージの天恵は知らんのや」


 カルメールは申し訳なさそうに首を振った。

 予想外だった。共に行動しているならば知っていて当然,そう思っていた。

 ユキはユージに詰め寄った。聞き出さねばと思った。ユージは二人の天恵の能力を把握している。もし裏切られたら,何の情報も持っていないこちらが圧倒的に不利なのだ。


「ユージ君!答えて!あなたの天恵は何!?」


 少女は叫んだ。もし近くに敵がいたら聞こえてしまうかもしれない。そんなことは頭になかった。

 今はユージの天恵を知ることで頭がいっぱいだった。

 助けてくれたことも守ってくれたことも,なにも頭の中にはない。生きたい死にたくない―――たった今出来ていた意思も消え去り,己の保身の為に動いた。まるで生存本能が掻きたてられたかのように。


「い……痛い……」

「ちょっと,ユキちゃんどうしたんや!?」


 二人の声はユキには届かなかった。

 無意識に伸ばされた手はユージの腕を掴み,爪が食い込むほど力強く握りしめ,ユージの腕に血が垂れる。


「答えなさい!」


 焦躁と恐怖に包まれたユキは冷静な判断が出来なくなっていた。

 今にも泣きだしそうなユージの気持ちなど考えず,強い口調でユキは詰め寄る。

 刹那,乾いた音と共にユキの頬に痛みが走った。

 何が起こったのか、それが誰によるものなのかはすぐに分かった。この場にいるのは自分を含めユージともう一人しかいないから。


「いい加減にしなユキちゃん」


 落ち着いた口調で、されど静かに怒りを抱いてカルメールは言った。


「で…でも―――ッ!!」

「言いたいことはわかる。せやけどウチはそんなやり方はアカンと思う」


 そう言うとカルメールはユージの目の前にしゃがみこんだ。


「なぁユージ?ユキちゃんも不安なんや。一緒におる人の能力がわからんのは。だから教えてくれやんか?それともまだ言えやんか?」


『まだ』その言葉が意味することは、かつてカルメールはユージに天恵を聞いたことがあるということだった。そしてその時は返答をしなかったということだ。

 理解し難いことだった。天恵とはこの戦いにおいて生死を左右する最も重要なモノだ。それを知らないまま行動を共にするのは、強者の余裕かそれとも只の大馬鹿者か。

 カルメールの問いかけにユージは怯えた様子で首を振った。


「困ったなぁ…」


 カルメールは悩む様子を見せ、頭を掻いた。そして暫し悩んだ後、思いついたように問うた。


「それじゃあさ、何個か質問に答えてくれやんか?」


 ユージはじっと固まったまま返事は無いように思えたが、ゆっくりと頷いた。

 それを見たカルメールは一つ目の質問をした。


「ありがとう。それじゃあ一つ目や。天恵の名前だけでも教えられやんか?」


 一つ目の質問にユージは首を横に振った。

 カルメールもそれ以上追求することなく次の質問へと移った。


「じゃあ二つ目や。今,天恵を発動しとるか?」


 その質問にユージは答えることはなかった。

 だが,問いかけに対して無言の返答をすること―――それは肯定であるということだ。

 ユージは二人には言えない能力を今現在,発動しているということである。

 カルメールもそのことは分かっているはずだというのに,そのことをそれ以上深堀しようとはしなかった。

 しばらく待つとカルメールは最後の質問をした。


「そうか,それじゃあ最後の質問や。ユージはウチらに危害を加える気はあるか?」


 その質問にユージは二つの質問の時とは異なり,大きく首を横に振った。

 まるで怯えるように,見捨てないでとでもいうように何度も何度も首を振った。

 その姿からは嘘をついているようには感じなかった。焦りと不安に呑まれていたこと痛感し、ユキは徐々に冷静さを取り戻していった。


「て、ことやけどユキちゃんはどうする?」


 後はユキの判断に委ねるという風にカルメールは言った。

 嘘はついていない。そう感じた。だから信じてあげたいと思った。

 だが、ユキはどうしても確認しなければ安心できないことがあった。

 カルメールもわかった上で聞かなかったであろうこと。


「ねぇユージ君,キミの天恵はアタシたちに影響のあるものなの?」


 二つ目の質問の続きだ。無言の肯定―――それは何か後ろめたいことがあるということ。今この場で―――生きるか死ぬかの戦場でそんな不安要素を捨て置くことなんてユキには出来なかった。

 しばしの沈黙が続いた。まるで時が止まったように感じさせるように。

 そして沈黙を破るように恐る恐るユージが口を開いた。その答えは―――


「わ……分かりません……。で……でも……,多分……大丈夫だと……思います」


 あいまいな答え―――だがユージの様子からこれ以上問い詰めたとしても情報は得られないだろう。だからユキはそれ以上問い詰めることはしなかった。今得られた情報を信じることにしたのだ。


「わかった。アタシはユージ君を信じるよ。さっきはごめんね」


 ユキが差し出した手をユージがとろうとしたその瞬間―――


「あ~,こんなところで何してるんだ?」

「「「――――――!!」」」


 窓の外から声が聞こえた。

 声の主はカルメールとユキたちを襲った少年だった。

 カルメールの予想通り,やはり生きていた。

 すぐさまカルメールたちは臨戦態勢をとった。

 そんな様子を見て,少年は慌てて手を振った。


「おいおい,落ち着けって。オレッちはあんたらともう争う気はないって。だからさほら」


 そう言って少年は服を脱ぎ薄着になった。それは武器を持っていないというアピールだった。

 しかし,それでもカルメールたちは警戒を緩めなかった。

 それもそのはず。何度も命を狙われたのだ。信じろという方が難しい。


「信じてくれよ。オレッちの爆弾じゃそこにいる姉ちゃんを殺せないからさ。だったら手を組んだ方が得だろ?」


 カルメールはユキとユージを後ろに下げると少年のいる窓際まで近づいた。


「そんな提案のめるわけないやろ。バカか?キミは自分のしたことが分かってない様やな。あんなことをして手を組む?できるわけないやろ?それにそんな重要なことは本体が来るべきちゃうのか?」

「へぇー,そうか。しょうがないな。それじゃあこの話は無しだ。勿体ないな」


 カルメールの探りに反応することなく少年は踵を返し帰ろうとしたが,カルメールがそれを許さなかった。

 窓を突き破ると少年の頭をわしづかみにした。

 今にも握りつぶさんとする程の勢いだったが,少年は慌てる様子はなかった。


「せっかちだな,姉ちゃん。オレッちに惚れたか?」

「そんなわけないやろ」

「あぁそうか,名乗ってなかったから怒ってるのか。オレッちの名前はディアン・セノ・シャールデオン。ディアンって呼んでくれ」

「そうか,さよなら」

「あっ,ちょっと待てって。最後に,最後にあんたらにいいこと教えてやるよ」


 ディアンの発言にカルメールは頭を握る手を少し緩めた。

 いいか悪いかは別にして,聞いて損はないと考えたのだ。


「今こっちに頭のおかしい化け物が迫ってきている。あんたらも気を付けた方が良いぜ―――」


 躊躇なくカルメールは頭を握りつぶした。

 そしてそれは案の定,血の塊となって崩れ落ちていった。


「カルメールさんそれって……」

「言うたやろ?これがディアンとかいう子の能力―――ッ」


 何が起きたのか分からなかった。気が付くとユキとユージはカルメールの抱えられていた。

 何かが落ちたような音が聞こえた気がする。その何かを確かめようと窓の方を見るとそこには,片腕片目が欠損している傷だらけの獣人がいた。

 二人を下すとカルメールが声を荒げた。


「早う逃げな!こいつはウチがやる!」


 言われるがままに二人は逃げた。本能が戦うなと告げていた。まともに戦って勝てるわけがない。

 ユキとユージが玄関から出ようとしたその時,衝突音と共にカルメールが飛んできた。


「カルメールさんッ!」


 玄関の扉に叩き付けられたカルメールはすぐさま立ち上がると『瞬間移動ノンステップ』を使い,獣人との距離を詰めた。

 そして,全力でこぶしを叩きこんだ。その威力はすさまじく顔面を殴られた獣人はものすごい勢いで吹き飛ばされていった。


「ユキちゃん,ユージ,遠くへ逃げるんや。ディアンっていう子もさっきの奴にも見つからん場所で隠れ続けるんや。ウチが行くまで。ええな?」


 ユキも,そしてユージも大きく頷いた。

 カルメールに託すしかない。人間と魔力の少ない魔法使いウィザードがいたところで,足を引っ張るだけだ。


「あの……し,死なないでください」

「勿論や。何回も言っとるやろウチは死なん,安心しな」


 軽く頭をなでるとカルメールは,大地を蹴りまるで空を飛ぶように獣人の元へと向かっていた。

 そしてユキたちもその場を去り,新たな隠れ家の詮索を開始した。

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