他称不良王子
「えー?! 不良王子に会ったのー?!」
ざわざわと賑やかな昼休み。このクラスは教室でご飯を食べる人が少ないので、けっこう大胆に内緒話ができる。
いやーお昼に間に合って良かった。うっかりすると購買のパン売り切れちゃうんだよね。
「ふりょうおうじ……? なにそれ」
購買で買った甘ったるそうな菓子パンの包みを開けながらたずねると、向かいに座ったササラが大げさに飛び退いた。
「そんな! この学校で、しかもこの学年で王子を知らない人間がいるなんて!」
「そんなに有名なの?」
ぱちくりと目を瞬かせると、ササラは自慢げな顔をしつつ濃茶のセミロングをかき上げた。
「ふっふっふー。この私にまかせなさい!」
わたしが楽しく拍手をすると満足そうにうなずき、彼女は語り出す。自他共に認める情報通のササラは、仮面を外したままで話せる数少ない友人だ。
「不良王子ことソイズミ シュウマはイケメンヤンキーなのよ! さらっさらの金髪にクールな目! ヤンキーなのに成績優秀で、先生たちも手出し出来ないとか! あと、王子さまっぽい見た目になのケンカめちゃくちゃ強いらしい! そこがカッコイイって人気ー。なのに、付き合ってる子はいないらしいよー?」
ササラの猛烈な勢いでの紹介に、わたしは口をポカンとさせて、かろうじて「ありがとう」とお礼を言った。
本好きって知られてないのかなぁとか、よく屋上や図書館にいるらしいよとか、王子って呼ぶの恥ずかしくないのとか、他称王子はキツいとか思うことは多かったが、ササラの
「あとそういえばこのクラスだよー。授業サボり続けてて見たことないけど、ミヨの前の席」
という情報に思わず口が開く。
はあ?! それ本当なの?! という叫びをぐっとこらえる。ここは教室。人が多くないとはいえさすがに大声を出すわけにはいかない。
「んんん? どーしたのかな?」
すぐに首を突っ込みたがるササラが、勢いよく立ち上がり窓から外をのぞく。この教室から見えるのは校門らへんだけだが
「あれか!」
情報通はなにか見つけたようで、窓際から身を翻した。
その姿を目の端に捉えながら先ほどの言葉について考える。
“俺のこと知ってる?”発言は同じクラスの前の席だからか! いつも空席だもん、会ったことないよ、などの文句を呟いている途中でがしりと腕を掴まれた。
「レッツゴー!」
そして、そのまま引きずるようにつれて行かれる。
「え? どこに? ササラ?」
戸惑った声をあげてみるが、腐れ縁の友人にはわたしの咄嗟の
身長は同じくらいなのに! この怪力め!
とりあえずお昼ごはんは食べられないだろう恨みをもって、心の中で悪し様に罵ってやった。
ササラに走らされるまま、バタバタと一階の玄関に到着した。わたしたちのほかにも先輩に後輩に同級生、男女問わず三、四十人ほどの生徒が校門の方を眺めている。
正直暇人どもめ、としか思わないが、はたから見ればわたしもその暇人であり野次馬だ。
外からは怒鳴り声や悲鳴、観衆からは歓声や感嘆の声が聞こえる。
わたしはここまで来たならと好奇心に従って、しかしため息を隠さずに人のあいだを縫って前へ進み、野次馬たちの最前列へ躍り出る。テンションの上がっている人間の間を通るのに意外と疲れてしまった。乱れた息を整えるために深呼吸を繰り返していると
「ほら、あれあれ! なんかケンカが起きてるみたい!」
ササラが目を輝かせ始めた。
この学校ではケンカ自体はそんなに珍しくないため、例外を除き、わざわざ玄関まで見に来るほどのものではない。しかし。
なるほど、こりゃ人が集まるわけだと疑問が解消される。
彼女が指をさす先では、目がちかちかするような色々が殴り合い蹴り合っていた。
人が集まる例外こと、彼らとのケンカはもはや娯楽。何度も見たことのある顔立ちの男たちは、わが校によくケンカしに来る愉快な人たちなのだ。全員運動神経が良いらしく、舞台のように暴力を振るうため見に来る生徒が多い、と以前ササラに聞いた。
数はウチのと相手のを含めて十人ほど。目が痛いほどカラフルなのは、ほぼ全員が制服のかわりに色とりどりのシャツを着ていたり、髪を黒以外に染めていたりするからだ。
「あれ、ウチのプリンスはどこ?」
「あそこだよ。今赤いノッポを蹴ったひと」
「あ、ホントだ! よく見つけれたね、ミヨ!」
そりゃああれほどきれいに立ち回っていればね。
そんな気持ちは口に出さずに、熱心にシュウ君を見つめる。
ワイシャツ姿の金色が、赤を蹴って、黒を防いで、青を殴って、黄色を避ける。
攻撃をくらわずに、踊るように暴力を振るう彼には、確かに不良王子と呼ばせるだけの魅力があった。
観戦しているうちに、威嚇を兼ねた怒鳴り声よりも、地面に伏してからの呻き声が多くなり、やがてそれは唯一無事なシュウ君への罵倒に変わったようだった。
一人を除き、全員ふてくされたような表情をして地面に転がったまま会話している。
声は聞こえないがみんな笑顔で楽しそうだ、と思い眺めていると、
「こらーっ! 何をしている!」
怒鳴りながら走ってくる先生の姿が目に映った。
「うわ、やっべ!」
「逃げろ逃げろ! ……じゃあ失礼しまっス!」
彼らはドタドタと起き上がり、気づいたときには他の高校の人はいなくなっていた……逃げ足はや!
「おいっまたかソイズミ! そこにいろっ逃げるなよ!」
めんどくさそうに顔をしかめるシュウ君たちを横目に、わたしとササラは教室戻るために歩き始める。
「楽しかったねー、ミヨ! 地面につかないシュウマ君はさすが王子、だよー」
「うん、すごかったね、ササラちゃん! わたしびっくりしたよ!」
話しかけられたわたしは
ふと、外で仲間と話しているシュウ君と目が合ったが、首を痛めそうな速度でそらされた。
「なんで」
「ん? どうしたの、ミヨ?」
「へ? いや、なんでもないよー。雲がおにぎりに見えて、お昼食べ損ねてるなって、思っただけだからー!」
あー、ほんとだ、おなかすくねー、というササラの悲しそうな声に適当に相づちを返しながら笑顔を貼り付ける。“ミヨ”の、何も考えてなさそうな、ぽやっとした顔。その裏で、わたしはシュウ君に目をそらされただけで、やたらイライラする自分に困惑していた。
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