さみしがりヤンキーと仮面少女

夏秋郁仁

バカな子の仮面

 がちゃり、と扉を開けると、抜けるような青空が全面に広がっていた。

 強い風がわたしのスカートとポニーテールを巻き上げる。慌てておさえて、真上を見ながら感嘆の声をあげた。


「うっわー屋上って空近い!」

「?! 誰だ?!」


 わたしはあげそうになった悲鳴をぐっとこらえる。跳び上がるほど驚いたが、声からしてむこうにとっても予想外な登場だったらしい。


 声の主はどこだと慌ててあたりを見渡す。視界の端に黒と金の塊が映ったので、とりあえずそちらに向けて頭を下げてみた。


「え、先客いたの、ごめんなさい!」

「……立ち入り禁止だぜ、ここ」


 呆気にとられたような声に、あなたがそれを言うのかとくすりと笑いながら顔を上げた。黒と金の塊もとい、学ランに金髪の男の子は読書中らしい。


 意識してへらへらとしたイメージの微笑みを作り、バカな子の仮面をかぶる。何も考えていないように、わたしはすたすたと男子生徒との距離をつめた。


「そうなの?! しらなかった! せっかく、授業抜け出してきたのに……でも、まあまあ。こんなにいい天気なら許される! と思うの!」


 明るく言うと、彼はびっくりしたように読書をやめた。わたしは彼の正面から一メートルあたりにストンと座る。いっそ不躾なほどまじまじと観察する。


 きれいに染まっている金髪に、すこし驚いた表情をしつつも、涼やかな目元のイケメン。膝の上にあるのは小難しそうな、そこそこの厚さの本。

 こういうタイプにはわたしの仮面は面白いくらいにウケる。舌の足りない子供のような喋り方を心掛けながら、

「ねえ、何年生? わたしは二年三組のタチバナ ミヨ。窓から見えた空があんまりにもあおかったので、サボってここにいます」

 とへらりと笑う。


「……やっぱり、変わってんなあ、あんた。俺は二年、の。あー、シュウだ」


 目を泳がせながらも、ささやかな自己紹介をするシュウ君。やっぱり、という言葉は引っかかったが、気づいていないフリをした。バカは頭が良さそうな人の思わせ振りな一言には気付かないのだ。


 感激したように、

「うわー、イケメンって名前もかっこいいんだね!」

 と叫んでみせる。


 頭の悪そうな感想にあっけにとられたか、シュウ君は絶句した後吹き出した。


「ははは! 本人に、しかもこんな金髪で、授業サボってるやつに言うことじゃねえな!」

「へ? べつに金髪は顔に関係ないし、サボってるのはお互いさまだし、わたしは思ったことを言っただけだよ?」


 ケラケラと笑い続けるシュウ君に対し、わたしは不思議さを装って首をかしげ、考え込むように腕を組む。ジェスチャーはいちいち大袈裟に、パントマイムを演じるように。


「シュウくんって、ヘンなひとだね」

「あんたには言われたかねえなあ……」

「んー? わたし、ヘンかなぁ」

 と眉を寄せたわたしに、彼は何を思ったか。

 パタリ、と読んでいた本を閉じ、少し距離をつめ、しっかりと向き合ってきた。そしていきなり整った顔面を緩ませて質問してくる。


「なあ、この本、どう思う?」


 なんだそのあやふやな問いは! 会話下手か! 友達いないのか! ……いや、こんなところに一人だし、最後は真実かも知れないので気にせずいこう。


「うーんと、読んでたらたぶんわたしは寝る! そしてそれで殴られると痛い! と思う。そんな感じ」


 あっけらかんと告げてやると、シュウ君の口元がつり上がり、目が細くなる。

 ……彼が何を考えているのか分からない。その表情は愉快だ、と言いたげだが下位の者を見た時の馬鹿にした笑いではない。強いて言うなら興味深い、に近いだろうが一層何を考えているのか不明だ。


 ボロが出ると面倒なのでそろそろ帰るか、と思っていると

「俺のこと知ってる?」

 と聞かれた。


 知るか自分のペースで話を進めるのは頭良いアピールかうざいな、とは言わずに

「? 初対面、じゃないの?」

 唇をへの字に歪ませて発言する。正直、違うなら覚えていない。金髪なんぞ知り合いにいない。


「はははは!」


 なんらかの琴線に触れたらしく腹を抱えるほど爆笑されたが、初対面発言は本心からなのでただただ不快である。腑に落ちない。


「はは、初対面、か。うん、悲しくなるところなんだろうが、あはは、バカだとしか思わない」

「シュウくん! 失礼だよ! あ、でも、忘れてるわたしのほうが失礼かな……」


 末尾はごにょごにょと決まり悪そうに、しかし口をとがらせて、すねた表情をつくって睨むと

「わりぃな。バカってのは、あんたのことじゃねえよ」

 と、まだ笑いの残る声で謝られた。どういう意味だよ謝罪に対し少し疑問に思うが、仮面の都合上質問出来ない。心の中では仕方なくしぶしぶ、表情では満足したように見えるだろう顔を作って大きく頷いてみせる。するとシュウ君は苦笑し、口を開いた。


 ――キーンコーンカーンコーン――


 が、チャイムが耳に届く。

 もうそんなに時間が経ったのか! 何か言おうとしていた様だがタイムアップだ。昼ごはんを食いっぱぐれるのはゴメンである。

 わたしは青い空をもう一度見上げ、彼の開いた口を閉じさせるつもりで、慌てた様子を装って叫んだ。


「え?! 予鈴鳴ってる?! ごめん、シュウくん、また今度!」

「あっ、おい!」


 バタバタとあわただしく立ち上がって駆け出すわたしにシュウ君は制止の声をかける。振り向いて「なに?」と聞くと

「放課後、俺、図書館にいるから! 来れたら来い!」


 大きなこえで誘われた。わたしはにこっと笑って

「わかった! 今日いくね!」

 と肯定して屋上から退散する。


 ……と見せかけて、閉じた扉の後ろに張り付いてシュウ君を窺った。

 扉は閉めてしまったが、風の方向によってはだいぶ聞こえるのだ。

 どうだ、聞こえるかなー?


「俺のこと――――のか。ほんと、とも――って――ねえかなあ……あの日みたい――」


 んー、ダメだな。まあ大したことじゃないだろ……それにしても。 


「バカでいるとラクでいいなあ」


 聞こえないなら、とぼそりと吐き捨てる。

 誰にでも優しくてアタマからっぽの“ミヨ”の仮面を外し、“わたし”は独りごちる。


「仮面をかぶれば面倒ごとに巻き込まれないって知ったの、いつだったっけ……はあ、なんかあの人わたしのこと知ってる風だったし、仮面は必須か。めんどくさいな」


そして今度こそ階段を下っていく。不確定要素をそのままにしておく訳にはいかない、放課後空けておこう、とか考えながら。

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