第14話 500年前の聖女の恋
ルクレツィアは読み進める内に、自然と涙が零れていくのを止められなかった。
500年前の聖女であるリーサという名の女性の想いが綴られた手記は、走り書きの様なものもあったし、毎日書いていた訳ではなかったが、彼女の人生で起きた出来事がたくさん記されていた。
そして、何よりルクレツィアの心に響いたのは……彼女の恋だった。
その真っ直ぐな想いが、そこにはたくさん紡がれていた。
そう……聖女は恋をしていた。
その想いに心を打たれたルクレツィアが涙を流し、ハンカチで拭いながらも読み進めた。
ラウナスとカークはそれに気が付いたに違いない。
けれど2人がルクレツィアに声を掛ける事はなかった。
それが何よりルクレツィアは有り難いと思った。
────そしてルクレツィアは500年前の聖女へと想いを馳せた。
◈·・·・·・·◈·・·・·・·◈
リーサという女性が聖女に覚醒したのは14歳の頃だった。
平民だった彼女が覚醒した後、その騒ぎを知った国王は直ぐに聖騎士団と神官達を派遣した。
そして彼女はそのまま王都へと連れられて来る。
その迎えの際に同行した若者が彼女の初恋の相手だった。
彼の名はオルグ。
それ以上は、貴族で聖騎士だったという事しか書かれていない。
オルグは聖騎士としてリーサの護衛に任命されていた様だ。
そして側にいる内に彼らは次第に想いを通わせる様になる。
だがもちろん、その恋が許される訳がなかった。
リーサが聖女に覚醒してから4年後、オルグに結婚の話が持ち上がる。
2人は一度はお互いに離れる事を決めたが、その想いを消す事はできなかった。
日増しに募る想いが溢れ出し、もうどうしようもなかった。
オルグが結婚式を上げる前日、遂に2人は駆け落ちを決行した。
2人は平民に紛れ、他国へと逃亡する事に成功した。
それから数年、2人は穏やかな生活を送る事ができた。
だが、それも長くは続かなかった。
2人はサンザード王国の追っ手に捕まり、連れ戻された。
帰国した聖女は、自分が病で伏せっていると国中に公示されていた事を知った。
逃亡したという事実は一握りの人々しか知らされていなかった。
オルグは影達に消されそうになったが、それをリーサが救った。
その際、2人は二度と会わないと誓わされた。
彼女はその後の日記に何度も死にたいと綴っていた。
オルグに会えない日々に色などない。
生きている意味など、ない……。
だが、オルグと最後に話した時、決して自ら命を絶ったりしないと、そう約束をして別れた。
彼女はその約束で何とか死なないで生きる事ができた。
あの穏やかで幸せに暮らせた2人の日々が、彼女の支えとなり、生きる力となってくれた。
そして連れ戻されてしばらく経った頃、リーサは体調不良で体を壊す。
医術師の診断の結果、彼女が妊娠している事が分かった。
彼女は再び、一縷の希望を見出した。
この命だけは何としても守り抜く。
そう心に強く誓った。
だって、彼との大切な愛の証だから……。
リーサはお腹に手を当てると、慈しむ様に優しく撫でた。
そして、そっと……一雫の涙を流した。
それから、子供が宿っても聖女の力が失われる事はなかった。
神殿は子供の事は国王にも知らせずに、聖女はほとんど人目に触れる事なく過ごした。
リーサは出産後は子供をオルグに託したいと申し出た。
自分で育てたいという意思はあったが、子供の身の安全の為にも聖女の子だと明かさない方がいいと考えたからだ。
子供にも秘密にしておくべきだと思った。
側にいたら、絶対に愛しさが溢れ出してしまうだろう……。
そして直ぐに聖女の子供だと気付かれる。
それに父親の側にいる方が、子供にとっても幸せに違いない。
だって、聖女である私が母親として接する事は出来ないのだから……。
自分の子供には自由に生きて欲しい。
普通に人生を送って欲しい。
そして、何より愛する人と幸せに生きて欲しい……。
そのリーサの願いは聞き届けられた。
神殿も子供に聖なる力が受け継がれていなければ、オルグの元へ子供が渡る事を許可した。
そして聖女は男の子を無事に出産した。
1度だけ、子供を抱き締める事が許された。
その温もりを手にした時、リーサは言い様もない幸福感に満たされた。
小さくて弱々しい赤子が愛しくて堪らない。
リーサは涙を流して、赤子を抱き締めた。
だが、無情にも直ぐに子供は引き離された。
神殿は、子供に聖なる力がないと判断すると、約束通りオルグの元へと引き渡した。
オルグは素性を明かさない為に、養子として引き取る事にした。
血の繋がりはあるが、子供にも明かすつもりはないと言っていたそうだ。
下手に血の繋がりがあると言えば、母親の事を周囲や子供から必ず詮索されると考えたからだ。
子供は路上で捨てられていた所をオルグが拾ったという事にしたと聞いた。
それから聖女は子供の名前すら知らされる事はなかった。
一切の情報を断ち切った。
時折、オルグを遠くから見る事はあったが、リーサは微笑み掛ける事すらしなかった。
彼と再び言葉を交わせば、今度こそオルグは影によって殺されると思ったからだ。
ただ、黙って彼を一瞬見詰める事だけが、唯一リーサに許された事だった。
それからオルグは聖騎士を辞職し、政務官になったと噂で聞いた。
────そこで、手記は途絶えていた。
だが、最後のページを捲った所にメッセージが書かれていた。
それは彼女のたったひとつの切なる願いだった。
ルクレツィアはその言葉を見て、涙が止めどなく溢れ出してくる。
ルクレツィアは本を閉じると、思わず抱き締めた。
彼女の事を思うと、どうしようもなく胸が痛んだ。
切なくて、やり場のない怒りが溢れ出す。
そしてリーサの願いが、ルクレツィアの心を茨の棘の様に締め付けてくる。
その言葉はこう書かれていた。
『 鳥になりたい 』
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