第15話 きっと大丈夫
リーサの手記を読み終えたルクレツィアは、しばらく悲しみから抜け出せずにいたが、次第に落ち着きを取り戻していった。
そしてラウナスとカークに、手記に書かれていた内容を全て話した。
時折、言葉に詰まらせながらも、ルクレツィアは彼女の想いを伝えなければならないと強く思い、内容を正しく伝えようと努めた。
語り終えた後、しばらく沈黙が続いた。
神殿が重大な事実を隠蔽した内容である為、2人が言葉を失うのも無理はなかった。
国王に知らせていないと書かれていた。
聖女の妊娠を隠蔽した事が事実なら大問題だ。
この真実をどの様に扱えばいいのか、その答えは直ぐに出せないに違いない。
そうして、ようやくラウナスが重い口を開いた。
「……500年前にそんな事があったとは、恥ずかしながら全く知らなかった。神殿はこの出来事を記録に残さなかったのだろうか。今までそんな話は聞いた事がない……」
ラウナスが顔を顰めた。
そしてカークも考え込む様に腕を組むと、ふと呟いた。
「オルグ……」
「あの、ユリゲル様?」
ルクレツィアがカークの様子がおかしい事に気が付き、声を掛けた。
カークが我に返ると言った。
「すみません。オルグという名前……なぜか引っ掛かるのです。どこかで聞いた事がある様な……」
カークは再び考え込んだが、やがて首を横に振って言った。
「思い出せませんね。またそれは後ほど調べる事とします。今は、500年前の聖女の手記についてどうするかを話し合いましょう。」
その言葉にラウナスも同意した。
「そうだな。この真実は予想外だった……。これを素直に神皇聖下にお伝えしていいものか……」
そう言ったラウナスの表情に影が落とされた。
ルクレツィアは訝し気に尋ねた。
「何故です?お知らせするべき重要な内容だと思われますが……」
そう言われたラウナスは、ルクレツィアを神妙に見詰めた。
そして、しばらく何かを推し量る様に黙って見詰めていたが、やがて重い口を開くと言った。
「いいかい?これを知らせるという事は、神殿の過去の大罪を申告するという事だ。神殿に挑戦状を叩き付けたと言っても過言ではない。」
「あっ」
その言葉にルクレツィアは思わず声を上げた。
なるほど。
そう言う事か!
ルクレツィアはラウナスが言っている意味が理解できた。
要するにこれが真実だと証明できなければ、神殿を貶め様とした者として名誉棄損で訴えられるかもしれない。
下手すれば、国王陛下を謀った罪にも問われる可能性がある。
よって、真実だと証明できなければ下手すれば投獄され、貴族の身分を剥奪されかねないという事だ。
ルクレツィアはその考えに至って、顔を青ざめた。
その様子を見たラウナスはルクレツィアが自分が言った意図を理解したと感じ、2人に尋ねた。
「君達は本当にこの内容を申告するつもりかい?」
その問いに2人は直ぐに返事を返せなかった。
ルクレツィアは迷っていた。
これはモンタール家にも関わってくる問題だ。
カークも同様だ。
証明出来なければ、一族が汚名を被る事となる。
それを今、この場で、直ぐに決める事なんて出来ない……。
だけど……。
この真実を知らせないままでいいはずがない。
このままだとメルファも過去の聖女と同じ道を歩む事になる。
そんなの……嫌だ。
ルクレツィアは両手を強く握り締めた。
「だからって……このまま知った事を隠したままでいられません。」
ルクレツィアが口を開いた。
すると、黙っていたカークも口を開いた。
「……私も、知った以上はこの事実は国王陛下にお知らせするべきだと考えます。」
その2人の真剣な眼差しを見て、ラウナスは頷いた。
「そうだな。私も同感だ。知った以上、このまま何もしないでいる訳にはいかない。だから、まずはこの事を神皇聖下にお知らせしようと思う。もちろん、内々にだ。」
その言葉にルクレツィアが希望を込めた眼差しを向けた。
続けてラウナスが言った。
「内々なのだから、これによって君達に迷惑が掛かる事はないと約束しよう。私の名に誓って。」
「ありがとうございます。」
「けれど、神皇聖下がどの様に判断なさるかは分からない。」
「はい。」
ルクレツィアが返事を返す。
「なので、モンタール嬢には申し訳ないが、できるだけ早く解読して書面に記してもらえないだろうか。」
「そして国王陛下にも速やかに申し伝えなければならないだろう。ただ、神皇聖下が真偽の証明なしにそれを許可するかどうかは分からないが……」
そこでラウナスの瞳に強い光が宿った。
「けれど、私としては知らせるべきと進言するつもりだ。例え、神殿がどの様な責めを受ける事となったとしても。」
ルクレツィアはラウナスがそう言ってくれた事が素直に嬉しかった。
神殿はこれを隠蔽し続けるかもしれないと少し不安だったからだ。
ラウナス大神官様を信じて良かった……。
ルクレツィアがそう思っていると、更にラウナスが言った。
「だから非公式にはなるかもしれないが、この内容の真偽について話し合う場が設けられる事になるだろう。極限られた者達だけで秘密裏に。まずは、それが神殿側にとっても、君達にとっても最善だと思う。」
ルクレツィアは大きく頷いた。
「ええ。それは私達にとって、とても有難い提案です。私は……リーサ様の想いを無下にしたくないです。私が解読できたのも、きっと偶然じゃない。」
ルクレツィアの手に力が込められた。
「だって、今度こそ聖女であるメルファには幸せになって欲しいから……。私にできる事があればどんな事でもお手伝いします。ですから、今日は夜通しこの手記を書き写す作業をさせて下さい。お願いしますっ」
そう言い、ルクレツィアは深々と頭を下げた。
ラウナスはルクレツィアの側に歩み寄ると、顔を上げさせた。
「それはこちらも願ってもない申し出だよ。ありがとう。モンタール公爵閣下に許可を貰えたら、ぜひお願いしたい。私からも口添えをさせて貰おう。」
「はい。よろしくお願い致します。」
ルクレツィアは明るい声で言った。
そしてラウナスがカークを振り返ると言った。
「カーク君はどうするつもりだろうか?」
カークは少し考え込む様な遠い目をした。
「そうですね……」
カークが重苦しい声で言った。
「……真実だと証明してもいいのですか?」
その問いにラウナスがフッと笑みを漏らした。
「君が心配する必要はないよ。これは神殿が過去に起こした過ちなのだから。なら、証明しないで欲しいと頼んだらやめてくれるのかな?」
面白そうな顔をしてラウナスがカークを見詰めた。
戸惑ったカークが何も言えないでいると、ラウナスが笑って言った。
「冗談だ。過去の過ちは正さなくてはならない。私も知ってしまった以上、無視する事はできない。」
カークは黙って頷いた。
そして、カークは覚悟を決めて、瞳に強い光を宿すと言った。
「……そうですね。私の願いは聖女の待遇改善です。一番重要なのは、この話が真実だと認められる事です。必ず証明してみせます。だから、モンタール嬢が解読した内容を真実と証明するためにも、オルグという人物を調べる必要があります。なので、私はオルグという人物を調査する事にします。」
ラウナスも頷くと言った。
「ああ。私も神殿にある資料をもう一度調べ直してみよう。そして神皇聖下には資料ができ次第、直ぐにお伝えするつもりだ。あの方なら私達が知らない何かをご存じかもしれない。だから……、モンタール嬢がなぜ解読できるのか理由を説明してもいいだろうか?もちろん、内々なので家に迷惑が掛かる事はないと約束する。」
ラウナスがルクレツィアを伺い見た。
ルクレツィアはゆっくりと頷いて答えた。
「はい。もちろん問題ありません。」
「ありがとう。では、至急手紙を送れるように神官に手配をお願いしてくるので、少し失礼する。」
そう言い、ラウナスが立ち去っていった。
2人はその様子を黙って見送ると、やがてカークが口を開いた。
「では、私も失礼します。内容について審議が行われる前に、何としても真実の裏付けを、できるだけ沢山見つけなければ……」
「はい。よろしくお願いします。私は写生を終えて城に戻ったら、メルファにこの内容を全てお話します。きっと喜んでくれると思います。」
ルクレツィアが笑顔で言った。
それに対してカークも笑顔を返す。
「よろしくお願いします。そして……解読、本当にありがとうございました。」
カークが急に真剣な顔をして、ルクレツィアに深く頭を下げた。
そして顔を上げると、芯の通ったハッキリとした声で言った。
「500年前の聖女の想いを、絶対に……無駄に終わらせはしません。」
そこで一度言葉を切ると、口を強く引き結んだ。
そして強い瞳で真っ直ぐにルクレツィアを見詰めた。
「メルファを、絶対に不幸にしません。彼女を幸せにしてみせます。」
その言葉を聞いて、ルクレツィアの瞳に涙が溢れた。
「はいっ……はい、メ、メルファをどうか……どうか、幸せにしてあげて、く、くだ、くださいっ……」
ルクレツィアは声を詰まらせながらも何とか言い切ると、頭を下げた。
嬉しかった。
そんな風にメルファを想ってくれて。
乙女ゲームをやっていた頃から主人公であるメルファが好きだった。
この世界に生まれて、彼女に出会って、もっと彼女の事が好きになった。
私がこうしていられるのも彼女のお陰で、彼女との関係はただの親友という枠では収まらない。
メルファとの不思議な繋がりが、私達を互いにとても大切な存在へと導いてくれた。
その彼女が不幸になるなんて許せない。
そんな事考えられなかった。
前世の乙女ゲームは両想いとなってゲーム終了だった。
その後は、当たり前に幸せが待っていると思っていた。
けれど、現実は……もっと複雑で残酷で苦しい事がたくさんある。
前世では綺麗な世界しか見えてなかった。
いや、攻略対象者達の過去は決して綺麗ではなかった。
けれど、その事を本当の意味では理解できていなかったんだ。
これからも楽しい事だけじゃない。
つらい事がたくさん待っているに違いない。
けれど……きっと大丈夫。
みんな真っ直ぐに前を向いているから。
思い描いた未来に向かって、進もうと必死で。
時に負けそうになるかもしれない。
挫けて放棄する時があるかもしれない。
それでも、みんながいれば……きっと大丈夫。
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