第13話 聖女の手記

聖書解読の日程は直ぐに調整された。

場所は、神殿のラウナス大神官の私室で解読を行う事となった。


そして今日がその日だ。

ルクレツィアとカークの2人で神殿に赴き、ラウナス大神官と面会する。

メルファは残念ながら都合が付かなかった。


現在、ルクレツィアはラウナス大神官の私室へと案内されて、カークと共に応接間で待たされていた。

ルクレツィアはイアスの件で一度ラウナス大神官に会いたいと思っていた。

なので、今日会える事に喜んでいたのだが、少なからず緊張も感じていた。

何故なら、神殿のトップである神皇聖下の次に偉いと言われている人だからだ。

次期の神皇聖下候補とも密かに囁かれている。


程なくしてラウナス大神官が2人の前に姿を現した。


カークとルクレツィアは立ち上がると、神官に対する儀礼の挨拶をした。

ラウナスは思慮深い笑みを浮かべて言った。

「待たせて申し訳ない。よく来てくれたね。」

そうしてルクレツィアの前に来ると、しばし眺めた後に目を細めた。

「……君が、ルクレツィア・モンタール嬢か。一度お会いしたいと思っていた。だから今回の事は願ってもない申し出だったよ。来てくれてありがとう。私は神官のラウナスだ。」

この国では大神官ともなると苗字がなくなり、神使名しんしめいと呼ばれる新しい名前を賜る慣わしだった。

ルクレツィアは緊張しながら自己紹介を行った。

「勿体なきお言葉、ありがとうございます。私はモンタール公爵家の長女、ルクレツィア・モンタールと申します。私も一度お会いしたいと思っておりました。お会いできて光栄です。」

そしてルクレツィアが淑女の礼をすると、ラウナスが言った。

「やはり想像した通りの素敵なレディだね。イアスから君の話をよく催促していたから、初めて会った気がしないな。」

嬉しそうな表情でルクレツィアに笑顔をみせた。

ルクレツィアは目を見開いて言った。

「イアスが私の話を?そうなんですか?」

「ああ、彼は話すのを嫌がっていたけどね。懐かしいな……」

ラウナスが遠い目をして言った。


ルクレツィアは手をギュッと強く握り締めると意を決して尋ねた。

「あのっ、ラウナス大神官様は……イアスの居場所はご存じないでしょうか?」

真剣な瞳で見るルクレツィアの瞳を探る様に、ラウナスが見詰め返す。

ラウナスの瞳は、まるで心の奥を見透かされている様で心許ない気分になる。

けれどルクレツィアは逸らす事なく、真っ直ぐに見詰め続けた。


するとラウナスが言った。

「……すまないが、私にも何も言わずに去って行ってしまったんだ。力になれず、申し訳ない。」

ラウナスが謝罪してきたので、ルクレツィアは慌てて言った。

「そんなっ。こちらこそ、今回の件とは関係ない事をお尋ねして申し訳ありません。」

「いや、嬉しかったよ。彼の事を心配してくれているんだろう?イアスは私にとって我が子の様に可愛がっていたから、彼の事を心配してくれる人がいて素直に嬉しいんだ。だから、また別の機会に是非とも遊びに来て欲しい。学園での彼の話を聞かせてくれないだろうか。」

その言葉にルクレツィアは嬉しそうに頷いた。

「はいっ。もちろん、喜んでお伺いさせていただきます。」

「約束だよ。社交辞令じゃないからね?」

ラウナスがルクレツィアの顔を覗き込む様に見下ろしてきた。

「は、はいっ」

ルクレツィアが顔を赤くして答えると、ラウナスが可愛いものを愛でる様な柔らかい表情になった。

だが直ぐに気を取り直すと言った。

「いかん、いかん。今日は聖書の件での面会だったはずなのに、ついイアスについて語ってしまった。カーク君すまないね。では、本題に戻そう。私に付いて来てくれ。」

そうして3人は応接間の奥へと進んで行った。



それから3人は執務室へと足を踏み入れると、会議用の机に座るように促された。

カークとルクレツィアは席に着くと、ラウナスが書斎机へと歩いて行き、引き出しから1冊の本を取り出してきた。

そしてラウナスが向かい合う様に座り、2人に本を差し出した。

「これが聖女の書き記した本のレプリカだ。」

「手に取ってもよろしいですか?」

カークがラウナスに尋ねた。

「もちろん。これから解読をお願いするんだからね。レプリカはいつでも作成できるから破れても構わないよ。だから気を使わないで扱って欲しい。それで……彼女が解読可能だと手紙に書かれていたが……」

ラウナスがルクレツィアへ、チラリと視線を向けた。

「はい。文字を読む事ができたら、その理由をモンタール嬢からご説明します。だからまず、モンタール嬢に本を確認してもらってもいいですか?」

カークがそう言い、視線をルクレツィアに向けたので、ルクレツィアはゆっくりと頷いた。

「はい。では失礼します。」

そう言い、ルクレツィアは置かれている本を手に取ると、恐る恐る開いた。

そして黙って文章を確認した。

いくつかページを捲った後、顔を上げて言った。

「やっぱり読めますっ。これは彼女の日記で間違いありませんっ」

興奮気味でルクレツィアは2人を見返した。

その様子にラウナスは驚きの声を上げた。

「まさか、本当に?長年誰も分からなかったというのに、こんな……いとも簡単に解読されようとは……」

信じられないという表情でルクレツィアを見詰めていた。

カークはラウナスを真剣に見詰めると言った。

「実は……この文字はこの世界のどこにも存在していないのです。」

「そうなのか?ではなぜ彼女は読めるんだ?この文字は一体……」

ラウナスが驚きを込めた声で尋ねた。


カークとルクレツィアはお互いに頷き合うと、再びラウナスを見詰めた。

そしてカークが話を続けた。

「それは、モンタール嬢が異世界の記憶を持っているからです。恐らく、その500年前の聖女も異世界の住人の記憶があったと考えられます。」

「異世界?」

「はい。私には前世の記憶があるんです。その記憶はこの世界とは別の世界で生きていたものでした。」

ラウナスが目を見開くと、言葉を失った様にただ黙ってルクレツィアを真っ直ぐに見詰めた。

突然、信じられない様な事を言われ、ラウナスがそんな反応を示すのは当然と言えば当然だった。

「この事は国王陛下を始め王太子殿下、モンタール公爵、メルファも知っています。そして……イアスも。」

その言葉にラウナスの瞳が揺らめいた。

「そうか……」


ラウナスは視線を落とすと言った。

「もしかして……少し前にイアスが王太子殿下の下で忙しく活動をしていたのもそれが関係していたのだろうか。」

「……はい。彼は前世の記憶のお陰で出会い、そして苦しめられていた私を救ってくれたんです。」

「そうだったんだね……」

そう言うと、ラウナスの眉間に皺が刻まれた。

そして悲しみの表情を浮かべると遠い目をして、しばし想いに耽った。


ルクレツィアとカークはそれを黙って見詰めていた。

やがてラウナスが顔を上げると口を開いた。

「わかった。信じよう。」

そして落ち着きを取り戻すと言った。

「それほどに私はイアスの事を信頼していた。彼が信じていたなら、私も信じるのは当然だ。とにかく今は解読を優先しよう。まずは一度、本を全部読んでもらいたい。カーク君の欲しい情報があるかどうかを先に確認すればいい。どうせ内容を書き写す作業は今日中には終わらないだろうからね。私の書斎机を使うといい。あの椅子の方が座り心地がいいから。」

「はい。ありがとうございます。心遣いに感謝致します。」

ルクレツィアがお礼を述べると、ラウナスが笑みを浮かべて言った。

「いいえ、こちらこそ。解読をお願いするのだから当然だよ。それで、私は今日は執務を部屋で行うから基本この部屋にいるつもりだ。少し目障りかもしれないが許して欲しい。」

「そんな、もちろん全然構いませんから。むしろ申し訳ないです。」

ルクレツィアが恐縮して答えた。

「私の執務よりも解読の方が重要だから気にしないで欲しい。よろしく頼む。」

ラウナスが気を遣わせない様にしてくれているのが分かり、ルクレツィアはその気遣いに心の中で感謝した。

「はい。ではお言葉に甘えさせていただきます。」

ルクレツィアが答えると、ラウナスはカークに視線を移した。

「では、カーク君はこの部屋から退出して隣の部屋にいて欲しい。扉は開いたままにさせて貰うから。」

「はい。分かりました。」

カークが返事を返す。

「モンタール嬢を疑っている訳ではないんだが、規則があるのでね。それに君は未婚の女性でもあるから。まぁ、おじさんとしてはこんな素敵な若い令嬢と噂になれるなら本望だがね。」

そう言ってラウナスはルクレツィアに視線を向けると、片目を瞑って見せた。

ルクレツィアの頬が赤く染まっていく。


イケおじだっ!

これが前世にいうイケおじって呼ばれる人なのかっ。

この世界、イケメン率高過ぎでしょっ!

乙女ゲームの世界だから当然と言えば当然かっ。


ルクレツィアが動揺しているとラウナスが言った。

「では、2人共欲しいものや何かあれば遠慮なく声を掛けてくれ。」

それに対してカークが返事をした。

「では、待っている間に読む本でもお借りしてもよろしいですか?」

「ああ、そこの本棚にある本なら好きに読んでも構わないよ。」

「ありがとうございます。ではモンタール嬢、何かあったら声を掛けて下さいね。どうか、解読をよろしくお願いします。」

カークがそう言うと、ルクレツィアに頭を下げた。

それから立ち上がるとカークが席から離れた。


ルクレツィアも本に目を落とすと口を引き結んだ。


とにかくこの本にメルファの希望がある事を祈るしかない。

どうか、彼女のこの本が助けとなります様に……。


ルクレツィアは本を強く握り締めた。




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