第12話 文字の解読
カークとメルファはルクレツィアの部屋でしばしの時間を過ごした。
ルクレツィアは奥の書斎にいると言い残して、部屋を後にしていた。
久しぶりにメルファに触れる事ができて、カークは心が躍っていた。
けれど、時間は待ってくれない。
彼女との愛しい一時はあっという間に過ぎていき、もう別れの時刻となってしまった。
カークとメルファは名残惜しそうに手を繋いだまま立ち上がると、2人でルクレツィアのいる書斎へと向かった。
カークがノックをすると中から声が聞こえてくる。
扉を開けて中へ入ると、ルクレツィアが机に座って何か書いている様子が目に入った。
ルクレツィアが顔を上げると、2人を振り返った。
「時間ですか?」
カークがその問いに答えた。
「はい。とても楽しい時間を過ごせました。本当にありがとうございます。」
メルファも続いてお礼を述べた。
「ルクレツィア、ありがとう。」
「モンタール嬢。もしかして今忙しいですか?それならこのまま私達は失礼させていただきますが……」
カークがそう言うと、ルクレツィアが笑って首を横に振った。
「いえいえ。ただ日記を付けていただけですから。もう少しで終わりますからお待ちいただけますか?」
ルクレツィアが日記を付けている事にカークは少し意外に思いながらも口を開いた。
「日記を付けられているんですね。では、見られては困ると思いますから私達はこちらでお待ちしています。」
それにメルファも同調した。
「そうね。それがいいわ。」
そうしてカークとメルファが立ち去ろうとすると、ルクレツィアが笑みを零す。
「フフッ。見られても構いませんよ。きっと誰にも読めないと思いますから。」
その言葉にカークが少し興味を惹かれて、足を止めるとルクレツィアを振り返った。
「誰にも読めない?……それは暗号化しているからでしょうか?」
「暗号化しているといえば、そうなのかしら。真相は、ただ前世の言葉で書いているだけなんですけれどね。この世界の文字とは違うから誰にも読めないと思います。」
「ほう……前世の文字ですか。それは面白そうですね。」
「私も異世界の文字なんて興味あるわ。」
メルファも同調した。
「なら見てみる?」
ルクレツィアが何気なく言った。
カークがそれに答えた。
「いいんですか?」
ライナスとの約束で聖書の解読方法を探している事は秘密なので、ルクレツィアには話していないが、ずっと本を読んでいると興味が出てきたのは事実だった。
「実は最近、文字に関する沢山の書物を読み耽っているので、興味が湧いているんです。」
「そうなんですね。もちろん構いませんよ。」
ルクレツィアは立ち上がると、日記を手にして2人の元へ歩み寄っていく。
そしてカークとメルファに本を適当に開くと差し出した。
カークとメルファはその日記を見るなり、言葉を失った。
2人はしばらく驚いたまま日記を凝視していたので、ルクレツィアが怪訝な顔で尋ねた。
「どうしたの?」
だがその問いかけにも2人は反応しなかった。
「まさか……読めるの?」
ルクレツィアが恐る恐る尋ねると、ようやくカークが我に返り、胸に仕舞っていた紙を取り出した。
それを開くとルクレツィアが持っている本の上に重ねた。
そして比較をしてみると、文字の形状がすごく似ている様に見える。
その紙を見たルクレツィアも驚きの声を上げた。
「どうしたのこれ!?日本語だわっ!なんで?ユリゲル様は日本語を知ってるの?」
カークの方も驚いた顔でルクレツィアを食い入る様に見詰めた。
「これは前世の言葉だったんですか!そうか……だから何も手掛かりが見つからなかったんだっ」
珍しく声を荒らげたカークがメルファを嬉しそうに振り返った。
メルファも嬉しそうな顔でカークを見上げると、どちらともなく手を握り合った。
ルクレツィアはそんな2人の様子に、訳が分からず混乱しながら見詰めていたが、やがてカークが再びルクレツィアに振り返ると言った。
「この文字はある本に書かれていたもので、私はその解読方法を探していたのです。まさか、モンタール嬢がその答えを握っていたとは……」
そこでカークは安堵の溜め息を吐いて、力が抜ける様に肩を落とすと頭を抱えた。
「良かった。これで一歩前進できそうです。きっと私達が求めているものがあるはず……。本当に、良かった……」
「え?なに?どういう事?」
一人理解できずに狼狽えるルクレツィアがメルファを振り返る。
だがハッとカークが我に返ると、時計を振り仰いだ。
「この後予定がありましたが、それよりもこちらを優先させて貰いましょう。モンタール嬢、この後の予定はいかがですか?この事について説明させていただきたい。」
「私は療養中ですし、特に予定はありません。」
ルクレツィアが答えると、メルファが口を開いた。
「私も何とかして貰います。だってそれどころじゃないもの!」
カークがメルファを見て頷くとルクレツィアに再び向き直った。
「では、私達が何故このメモを持っているのか説明させて下さい。」
それに対してルクレツィアが神妙に頷く。
「はい。お願いします。では応接室に戻りましょうか。」
3人は先ほどの部屋に戻り、ルクレツィアが2人に向かい合う様に座ると、カークが今までの経緯を語った。
全て聞き終わったルクレツィアは驚きを隠せなかった。
そして話を聞き終えると直ぐにカークに尋ねた。
「……という事は、500年前の聖女は同じ転生者かもしれないって事?」
「あなたがあの文字を読めるなら、その可能性は高いです。それで気になっていたのですが、あのメモの文章は何と書かれているんですか?」
カークが尋ねた。
「ああ、あれは『リーサの手記 今日から日々の出来事やメモを記そうと思う。』と書かれているわ。少し文字が歪だったけれど、間違いないわ。」
「やはり聖女の日記で間違いないですね。」
「昔の聖女はリーサという名前なの?」
ルクレツィアが尋ねると、カークが頷いた。
「ええ、リーサという名前でした。出生については極秘の様であまり詳しくは書かれていません。どうやら平民だったらしいのですが……」
「そうですか……」
ルクレツィアは500年前の聖女に思いを馳せた。
きっと、その時も色々と大変な事があったに違いない。
だがカークの言葉により、ルクレツィアの意識が引き戻された。
「それでこれが本題ですが、モンタール嬢には是非ともその手記を解読していただきたいのです。」
ルクレツィアはカークとメルファの顔を交互に見詰めた。
人の日記を読む事に少なからず抵抗を覚えたが、2人の未来のためならその抵抗は些細なものだと思った。
「もちろんです。メルファが望むなら喜んで解読させていただきます。」
「ありがとうルクレツィア。」
メルファが嬉しそうに微笑んだ。
「メルファの役に立てるならこれ以上嬉しい事はないわ。」
ルクレツィアも笑顔を返した。
けれど、次にはメルファが思いがけない事を言った。
「でも、例え解読したとしても、ルクレツィアが話すべきではないと判断したら、遠慮なく誤魔化してね。全てを明らかにする必要はないと思うの。私達が知りたい事は恋愛をしていたかどうか、結婚をしていたかどうかだけだから。まぁ、神殿は全ての文章の解読を望んでいるだろうけど……」
「私もメルファの意見に賛成です。ラウナス大神官様の交換条件は聖書の解読ですが、それを望むのは何か神や信仰心や神殿に関りがあると思っているからだと思いますし。聖女の個人的な事を大勢の人々に晒すのはやはり抵抗があります。……まぁ、そう思うのは、メルファがいるからかもしれませんが。」
2人の話を聞いて、ルクレツィアも頷いた。
「そうね。とにかくその手記を読んでみてから判断するわね。では、ユリゲル様日程の調整をお願いします。」
「はい。分かりました。ですが……現在療養中ですよね?外出しても大丈夫なんですか?」
「もう全然大丈夫。周りが過保護なだけよ。」
そう言ってルクレツィアが深い溜め息を吐いた。
「外出したくて堪らなかったの。むしろいい口実ができたわ。本当にいい加減にして欲しいくらいっ……」
その言葉にカークとメルファがフッと笑みを漏らした。
「そうね。モンタール公爵閣下だけでなく、国王陛下や王太子殿下にアランデール様という豪勢な顔触れに心配されてるんだもの。まぁ、世の女性からすれば贅沢な悩みと言われそうだけれど。」
メルファが面白そうに言った。
「そうね……。私、贅沢よね。」
ルクレツィアが急に悲しい瞳になった。
「じょ、冗談よ。本気にしないで?」
メルファが慌てて言ったが、ルクレツィアが首を横に振った。
「ううん。メルファの方がずっとつらいのに、あなたの前でこんな愚痴は無神経だった。」
「そんな事ない。それは違うわっ。つらさを人と比較するなんて間違ってる。勝手に私を不幸にしないで。」
そして腕を組むと怒った声で言った。
「勝手に可哀そうなんて思わないで欲しいわっ」
そう言い、メルファがフンッと顔を横に背けた。
その言葉にルクレツィアがハッと我に返ると言った。
「ごめんっ、メルファ。私が間違ってた。本当にごめんなさい。許して?」
縋る様にメルファを見詰めた。
チラリとメルファが横目でルクレツィアを見遣った。
ルクレツィアは頬を高揚させて、捨てられた犬の様にしょげながら潤んだ瞳でこちらを見ている。
思わずメルファが恨めしそうに呻いた。
「ゔっ……、その目に弱いの分かっててやってるでしょ。」
「ううん。メルファに嫌われたら悲しいからこんな目になるの……」
両手を握り締めて訴えてくるルクレツィアの威力に、メルファは簡単に陥落した。
「もう、しょうがないから許してあげる。……まぁ、本気で怒ってた訳じゃないけど。」
メルファが苦笑して溜め息を吐いた。
ルクレツィアがパァッと花が咲いたように明るい笑顔を見せると、メルファに駆け寄って抱き付いた。
「メルファ~ッ、大好き!」
「うん……フフッ、私も。」
メルファもルクレツィアを抱き締めた。
そんな様子を眼福だと思いながら、ただ黙って眺めていたカークだった。
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