第6話 カークの決意
メルファは誘拐事件後、目まぐるしい時間を過ごす事となった。
聖女顕現式が目前で、学園もほとんど休んでいた。
だがそれが終われば、カークはメルファに想いを伝えるつもりだ。
そして、父親と国王陛下を筆頭にサンザード王国の人々に彼女との事を認めて貰わなければならない。
その様な荒唐無稽な難題をどの様にして説得するか。
そう考えながら、心のどこかで認めて貰えるはずがない、とも思う自分がいた。
けれど……諦める訳にはいかない。
後悔しないために、できるだけの事をやりたい。
カークは王城の図書館で必死に書物を読み漁っていた。
主に500年前の聖女についてだ。
500年前の聖女は結婚しなかったのだろうか?
きっとどこかに聖女について詳しい資料があるはずだ。
ここにはないのかもしれない……。
もしかしたら神殿に?
神殿に聖女についての資料があるかもしれない。
何とかその資料を見る事ができないだろうか……。
ラウナス大神官様になら相談してもいいかもしれない。
でも、まずは王立図書館も見てみてからだ。
そう考えを巡らせながら王城の図書館を後にして歩いていると、少し進んだところで父親であるユリゲル侯爵が回廊を歩いているのに気が付いた。
向こうもこちらに気付いた様で、視線を送ってきた。
どうやら話があるらしい。
だが父親の周りには数人いて何か話している様子だったので、カークは少し離れた場所で待つ事にした。
しばらくして父親が話し終えた様子で、その他の人達と離れるとカークの元へと近づいてきた。
「付いて来なさい。話がある。」
「はい……」
カークはその言葉に嫌な予感がした。
でも、自分はメルファを諦めないと決めた。
そう決めた時点で父親との対立は避けられない。
これから……私は初めて父親に意見する。
そう思うと、カークの手に汗が滲んでいった。
カークはその手に力を込めて、強く握り締める。
緊張のため心臓がどんどん高鳴っていくのを感じた。
そんな時、不意にメルファの明るい笑顔が思い浮かんだ。
すると心が温かくなり、自然と勇気が湧いてくる。
そして深呼吸をして心を落ち着けると、もう動揺はなかった。
カークは確かな足取りで、父親の後ろに付いて歩き始めた。
◈·・·・·・·◈·・·・·・·◈
連れて来られた場所は、王城にある宰相の執務室だった。
父親は部屋に入るなり、いつもの業務的な淡々とした口調で言った。
「お前の婚約が決まった。今度、顔合わせをする。相手の令嬢は……」
「待ってください。」
父親はカークの声に言葉を止めて、片眉を少し上げた。
その鋭い瞳はカークを射貫く様に見詰め、何かを探っている様だった。
カークはその瞳に怯む事なく、見詰め返した。
「その婚約、少し待っていただけませんか。」
父親の瞳が大きく見開いた。
「……なん、だと?」
そんな表情を見るのはこれが初めてだった。
それもそうだ。
今まで、ハッキリと父親の意見に抵抗したのはこれが初めてだったのだから。
けれどカークは怯まなかった。
「私はメルファ・フランツェルを愛しています。」
「なにっ!?」
父親が思わず声を上げた。
そしてカークを鋭く睨み見ると言った。
「それがどういう事か、お前は分かっているのか。」
「はい。もちろん分かっています。その上で申し上げました。私は、彼女との未来を諦めません。」
父親はその言葉を聞き嫌悪感を露わにすると、カークの側まで近づいていく。
そして怒りの感情を浮かべた顔で、重く低い声を放った。
「私に意見するつもりか?」
こんなに感情を露わにした父親の顔を見るのは、これが初めてだった。
それでもカークはもう怯む事はなかった。
カークは口を強く引き結ぶと、父親の鋭い視線から逸らす事なく言った。
「はい。婚約はしません。」
すると突然、カークの左頬に拳が飛んできた。
「この、愚か者がっ!」
カークは強い衝撃に倒れそうになるのを何とか留まると、殴られた左頬に手を当てた。
そして信じられないものを見る様な目で父親を見詰めた。
「恋愛なんかに惑わされおって!いいか?相手は聖女なんだぞ?結婚なんかできる訳ないだろうっ!」
侮蔑の色を含んだ蔑んだ瞳でカークを見ていた。
だがカークは怯まなかった。
その瞳を強く睨み返すと言った。
「……お言葉ですが、なぜ結婚できないのですか?」
「そんな事も分からないのか?聖女の力を失うかもしれないからだ。当たり前だろう。過去の聖女も結婚などしていない。」
「それは間違いないですか?聖女の力は失われるものなんですか?過去の聖女は本当に結婚していなかったと断言できますか?」
カークにそう言われ、父親は言葉に詰まった。
正確には過去の聖女の恋愛など把握していないはず。
会議では聖女について知識のある神官や研究者などから聖女にまつわる話を聞いただけで、恋愛の話など話題になるはずがないのだから。
けれど、聖女が結婚など常識で考えればあり得ない話だ。
「……お前は、ユリゲル家を潰す気かっ」
父親が感情的に怒鳴りつけた。
その父親のあり得ない感情的な表情のせいなのか、カークは妙に頭が冷静になっていくのを感じた。
「いいえ。私は駆け落ちなど考えていません。ただ、彼女との未来を諦めたくないだけです。」
「……どういう事だ?」
父親はカークの言葉が理解できないで眉をしかめた。
「もし結婚しても聖女の力が失われないと証明できればいいと考えています。この国の法にもあります。聖女の意見をなるべく尊重するという規則が。」
「そんな事できる訳ないだろうっ。そんな証明は不可能だ。それに規則はなるべくであって必ずではない。」
「分かっています。証明する事がいかに難しいのかも、重々承知の上で申しております。」
その言葉に父親が深い溜め息を吐いた。
「お前がこんな愚かなやつだったとは……失望した。」
その言葉にカークは怒りが湧いてくる。
「かつて私に期待していた事などありましたか?」
挑戦的な言葉を返され、父親は目を見開いた。
今までこの様な態度をかつて見せた事がなかったカークだけに、その問い掛けには口を紡ぐしかない。
カークはそんな様子の父親を見て苦笑した。
「私は今まで、あなたに認められる為に努力し続けてきました。今でもユリゲル侯爵家の嫡男として期待に応えたいという気持ちはあります。」
カークは父親に真剣な瞳を向けると、強くハッキリとした声で言った。
「ですが……彼女だけは別です。例え全てを失ったとしても、彼女だけは絶対に諦めない。」
その言葉に父親は絶句するしかなかった。
そしてしばらくの間、黙ってカークを見詰めていたが、やがて重い口を開いた。
「それは……ユリゲル家から追放されても構わないという事か。」
その言葉にカークはゆっくりと頷いて見せた。
カークの強い瞳に一瞬の迷いも感じられない。
その瞳を見た父親は、深い溜め息を吐いた。
「この……大馬鹿者がっ」
父親は絞り出す様に声を吐き出すと、右手で顔を覆い隠した。
そんな父親の姿を見たカークは、正直見たくないと思ってしまった。
自分がそんな姿にさせてしまったのだ。
その事実に少なからず申し訳なく感じながらカークが言った。
「ただ……もう一度言いますが、私は駆け落ちをするつもりはありません。彼女も絶対にそんな事は望まないでしょう。だから、私は聖女が結婚できるという証明を見つけたいのです。その証明を見つけるまで、どうか私に猶予を与えていただけませんか?」
だが、父親はその提案を鼻で笑った。
「そんな証明できる訳ないだろう。」
「やってみなければ分かりません。」
真剣に答えるカークに対して、父親が目を細めて見返した。
「それで?証明できなければどうする?」
「ユリゲル侯爵家から追放されても構いません。」
だが、父親はそれを否定した。
「だめだ。それより聖女を諦めろ。そして婚約をするんだ。」
そう言われたカークは予想外の言葉に少し驚いた。
「なぜです?こんな大馬鹿者をまだ後継ぎにさせるおつもりですか?」
「まだ、な。現段階でお前以上に相応しい奴はいない。王太子殿下の補佐としても上手くやっている様だからな。だが、他にも後継ぎ候補を見つけなければならないな。まさか……お前が恋愛如きでこんなに愚かになるとは思わなかった。」
侮蔑の色を滲ませて、カークを見詰めた。
だがカークは穏やかに笑みを見せると言った。
「父上、それは私にとって最高の誉め言葉です。」
「なに?」
「いえ、父上。証明する機会を与えて下さってありがとうございます。では、失礼します。」
そう言い一礼すると立ち去ろうとしたが、父親に呼び止められた。
「待ちなさい。猶予期間は学園の1学年終了までだ。それ以上は認めない。いいな。」
「はい。」
そして再び一礼すると、カークは部屋を後にした。
部屋に残された父親は深い溜め息を吐いた。
「まさか、お前まで……」
そう言い、眉間に深い皺が刻まれた。
「さて……どうするべきか。」
そう呟きを漏らすと、力いっぱい椅子に凭れ掛かった。
そして、息子を初めて殴った右手を見下ろした。
まだ痛みが残っていて、その痛みが眠っていた感情を覚ます様に突いてくる。
しばらくして、苦笑いを浮かべた。
「……あいつは人形では無かったか。」
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