第3話 迷路の様に彷徨う心
あのまますぐ神官達に見つかり、カークと離されてしまった。
せっかく自分自身の心が満たされそうだったのに……。
メルファは心がひどく落胆しているのに気が付いた。
でも環境はメルファを待ってはくれない。
再び、怒涛の行事が流れるままに過ぎていくと、あっという間に夜になっていた。
メルファは現在、パレードを見に来た人々に手を振って応えていた。
自分に向けられる期待に満ちた顔を見ると、この国のために自分のできる事をしたいと素直に思える。
その事が嬉しく思った。
聖なる乙女は1年間だけだ。
その間はこの国の人達のために、できる限りの事をしてあげたい。
メルファの心が引き締まるのを感じた。
でも先ほどから、ひどく体が熱く感じていた。
風邪でも引いたかもしれない。
なんだか頭もボーッとしてきた。
メルファは、あともう少しで王城に着くからと思い、何とか乗り切るため意識をしっかり保とうとした。
だが心とは裏腹に、体が熱くて意識が朦朧としていく。
すると突然、体が光に包まれていくのを感じた。
人々の顔が驚愕の表情に変わる。
メルファが意識を保っていられるのはそこまでだった。
――――そのままメルファの意識は、突然途切れた。
◈·・·・·・·◈·・·・·・·◈
メルファが次に目覚めた時、見知らぬ場所にいた。
「ここは……?」
思わず言葉を漏らすと、直ぐ側で声が聞こえてきた。
「お目覚めですか?」
その声の方へ視線を向けると、見知らぬ神官が1人立っていた。
神官は直ぐ後ろに振り返ると、背後に控えていた神官達に声を掛ける。
「直ぐに医術士とラウナス大神官様にお知らせして。」
声を掛けられた神官達はそのまま部屋から退出していった。
側にいる神官はメルファに向き直ると、神殿の儀礼をして跪くと口を開いた。
「これから側に仕えさせていただきます、テトと申します。以後お見知りおきを。」
「え?」
突然の言葉にメルファは混乱した。
だがテトと名乗った神官は立ち上がると、構わず言葉を続けた。
「今、聖女様の今後の事を神殿側と国政側とで協議中ですので、しばらくはこの部屋に滞在していただく事となります。」
「……は?」
貴族の儀礼も忘れて、思わずメルファは声を漏らした。
「ですので、現在、聖女様の今後の事を……」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」
メルファが慌ててテトの言葉を遮った。
「はい。聖女様。」
その言葉にメルファは目を見張った。
こ、この人、何か勘違いしている。
私は聖なる乙女であって、聖女様ではないからっ。
訂正しないと!
「あの、私は聖なる乙女として1年間お世話になる者です。聖女と呼ぶのは、
メルファはやんわりと間違いを指摘した。
次はテトが目を見張る番だった。
瞳を大きく見開いたまま、しばらく黙ってメルファを見詰めていた。
だが、やがてテトは重い口を開いた。
「まさか、先ほどの出来事を覚えていらっしゃらないのですか?」
「先ほどの出来事?」
メルファは首を傾げた。
「先ほど、聖なる乙女である貴女は聖女として覚醒されたのです。」
「はああぁっ!?」
完全に令嬢にはあるまじき声をメルファが放った。
そしてしばし互いの間に沈黙が落ちる。
メルファは恐る恐る声を出した。
「またまたご冗だ……」
「冗談ではありません。この王都の人々が承認できます。」
テトが被せ気味に返答する。
「嘘でしょおおぉぉ?!」
またまた令嬢にあるまじき態度でメルファが言った。
今度はテトは動じる事なく答えた。
「嘘ではございません。本当に覚えていらっしゃらないんですか?」
「お、覚えてたらこんなに慌ててないですっ!」
「そうですか……。とにかくラウナス大神官様が間もなくいらっしゃると思いますので、その時に詳しくお話をした方がよろしいかと思われます。では今、お水をお持ちいたします。」
テトが一礼をすると水差しが置いてある机へと歩き出す。
その姿を見ながら、メルファは一気に不安が押し寄せてきて、自分の体がガラガラと崩れ落ちていく様な恐怖を覚えた。
そして思わず自分自身を抱き締める。
どうして……。
どうしてこんな事に……。
私が何をしたっていうの?
私は何なの?私は平民?貴族?聖なる乙女?
それとも……本当に……、聖女?
やだ……。
もう、そっとしておいて。
私は私なのに……。
誰か……助けて。
メルファはギュッと両手に力を込めると、強く自分を抱き締めた。
◈·・·・·・·◈·・·・·・·◈
カークはこの国の宰相である父親の呼び出しにより、王城の中にある父親の執務室にいた。
現在、聖女が覚醒した事で会議が行われており、もう今夜は父親がこの部屋に訪れる事はないのかもしれない。
カークは窓辺に足を運んだ。
カーテンから空を覗けば、星々が煌々と輝いていた。
その星々を眺めながら、カークは大きな溜め息を吐く。
メルファが聖女に覚醒した光景を思い出していた。
その光景を思い出すと、カークは痛みに耐える様に顔を歪ませた。
なんでこんな事に……。
カークは苛立ちで、自然と手に力が入っていく。
彼女が、聖女だって?
なんて事だっ……。
カークは右手で顔を覆い隠した。
彼女の事は諦めないといけないのだろうか……。
彼女を抱き締めた時の事を思い出した。
とても細くて今にも壊れそうなほどに弱々しく感じた。
彼女は不安になっていないだろうか……。
あの時の彼女は何か不安を抱えていた。
それなのに聖女に覚醒した事で、更に自分を追い詰めていないといいのだけれど。
彼女と話がしたい……。
けれど、もう二度と会えないかもしれない。
彼女は聖女として神殿の中で一生を過ごす事になるだろう。
そこで、再びカークの手に力が込められた。
ようやく心を少し許してくれたと思ったのに……。
でも、私も彼女もまだ本気ではないはず。
まだこの想いは引き返す事ができる……、と思う。
だが急に、頭の中に彼女の涙と温もりが蘇ってきた。
その温もりが簡単に消えてくれそうにない。
それは苛立ちに変わり、カークの心をかき乱す。
そしてカークは深くて重い溜め息を一つ、吐き出した。
しばらく経過した後、急に執務室の扉が開いた。
カークが顔を上げると、そこにはカークの父親であり宰相でもあるユリゲル侯爵がいた。
ユリゲル侯爵は、入って来るなり部屋にいるカークを睨む様に見遣ると、自分の席に座った。
その容姿はカークとよく似ているが、髪の長さは異なり短髪を全て後ろに撫で付け、切れ長の瞳がより鋭さを感じさせ、冷たく厳格な容貌をしていた。
彼は冷たい声で言った。
「要件だけ伝える。彼女の事は諦めろ。分かったな。」
その言葉にカークは驚きを隠せなかった。
まさか知られていたとは。
目を見開いて何も言えないでいると、父親が更に続けた。
「私が知らないとでも思ったか。お前の関する事で知らない事はない。聖なる乙女だったなら彼女との事は認めるつもりだったが、聖女となったら話は別だ。彼女が生涯結婚する事はないだろう。」
そう言い、探る様な鋭い瞳でカークを見詰めた。
カークはそんな父親の瞳を真っ直ぐ見る事ができなずに視線を落とした。
その様子を見たユリゲル侯爵は納得した様で、更に話を続けた。
「……近く、お前に婚約者を選定しようと思う。伝える事はそれだけだ。私は会議に戻る。しばらく王城に泊まり込みになると執事に伝えておいてくれ。」
そして直ぐに立ち上がると、そのままその部屋から立ち去ろうとしたので、カークが慌てて呼び止めた。
「父上っ」
ユリゲル侯爵は立ち止まり、カークを振り返った。
「なんだ。」
「……お加減はもうよろしいのですか?」
その言葉が予想外だったのだろう。
ユリゲル侯爵の瞳が一瞬揺らいだ。
だが直ぐに険しい顔になると口を開いた。
「まだそんな事を言っているのか。お前が心配する必要などない。何度も言わせるな。それよりも嫡男として、くれぐれも恥ずべき行動は慎め、いいな。」
冷たい声でそう言い放つと、部屋から立ち去っていった。
カークは血が滲みそうなほど強く両手を握り締めた。
そして残されたカークの足下に、暗い影が落とされた。
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