第605話 F級の僕は、オベロンと共に最奥部へと向かう


6月24日 火曜日E4-17



リズミカルに響く靴音。

同期するかの如く、体に伝わってくる心地よい振動。

慣れ親しんでいたはずの木のぬくもりとは無縁な、無機質な構造物の中。

気付くと私は彼に抱えあげられていた。

彼に声を掛けようとしたけれど、なぜか体は全く動かす事が出来ない。


そうか。

私はもう……


埒外らちがいの存在が、彼に何かを話しかけている。

声もその意味も分かるはずなのに、なぜか内容は全く理解出来ない。


だけどこの世界が辿たどるであろう運命の行きつく先だけは、はっきりと分かる。


だから彼にそれを伝えなければ……

さもなければきっと、彼は誤った選択を……

…………

……



--------------------



僕はオベロンに問い直した。


「つまりお前は、僕を黒い四角垂ピラミッドの場所まで案内出来るってコトでいいんだよな?」

「じゃからそう言っておる」


走りながら腕の中の曹悠然ツァオヨウランに視線を向けてみた。

相変わらず脱力したままの彼女に、目覚める気配は感じられない。

僕は再び視線を前方へと戻した。

オベロンの言葉通りなら、これは嬉しい“誤算”だ。

少なくとも、今すぐ曹悠然を目覚めさせる必要は無いという事になる。

そして最終的に彼女を殺すという選択肢しか残されてはいないとしても、それを彼女に伝えるのを少しでも先送りに出来る。


僕は足を止める事無く、オベロンに再び声を掛けた。


「それで、道順としてはこのまま最初の広間まで戻れば良いのか?」

「そうじゃ。そこからは別の通路を抜けて……途中にでっかい制御室みたいな場所があって……そこも抜ければ、アレの場所に直行出来る“えれべーたー”に辿たどり着けるはずじゃ」


目的地に到着する手前で戦闘になれば、【影】やら『ガーゴイルの彫像』やらを使って排除するとして……


「途中、暗証番号入力したりセキュリティーカード使ったりしないと通れない扉とかは?」

「そんなもん、おぬしの武器かスキルで破壊して押し通れば良いではないか」


まあ、そうするしかないよね。

と言うか現状、僕もそれしか思い浮かばないけれど。


「あと、もしさっきの場所みたいに、魔法結界で封印されていたらどうする?」

「その場合は……」


戦闘服の光学迷彩機能を切り、すぐそばを浮遊しながらついてきているオベロンが、僕の腕の中で脱力している曹悠然の顔をのぞき込んだ。


「この娘を起こして……ん?」


オベロンがなぜか妙な雰囲気になり、一瞬固まった。


「どうした?」

「こやつ、もしかしてもう目覚めておるのではないか?」

「目覚めて?」

「一瞬、わらわ胡乱うろんな目(※相手を疑わしく怪しいと思っている目つき)を向けてきたような……しかも……これは……?」

「胡乱な目?」


僕は改めて曹悠然の様子を確認してみた。

胸元は規則正しく上下しているけれど、まぶたは固く閉じられ、体は脱力したままだ。

少なくとも僕の目には、彼女が意識を取り戻しているようには見えない。


オベロンはそのまま、なお少しの間曹悠然を凝視し続けた後、ふっと息を吐いた。


「……まさかな」

「何か気になる事でも?」

「気にするな。わらわの勘違いだったようじゃ」


そして曹悠然を指さしながら言葉を継いできた。


「話を戻すが、もし途中で魔法的な手段で進路をはばまれれば、この娘を起こせばよい。こやつ、元々この施設には詳しいようじゃし、わらわの見たところ、魔法的な才にも恵まれておるようじゃ」

「分かった」



数分後、僕達は最初の広間まで戻ってきていた。

幸い、何者かが待ち伏せしている気配は感じられない。

後方に残してきた【影】も最初の1~2分、複数の何者かと交戦していたようだけど、今はただ単に突っ立っているだけなのが、ぼんやりとではあるけれど伝わってくる。

ちなみに僕は【影】と感覚を完全に共有しているわけではないので、【影】と相手との戦闘の詳しい様子や結末までは分からない。

しかし追撃阻止を指示した【影】が突っ立っているという事は、少なくとも今僕達が駆け抜けてきた通路の向こう側にいたであろう“敵”は一応撃退出来た、と考えてもいいだろう。

加えてあの【影】には『万雷の鞘』と『ヴェノムの小剣(風)』も手渡している。

僕は後方に残してきた【影】に、速やかに僕達と合流するよう指示を出した後、オベロンに声を掛けた。


「で、この後はどうする?」


オベロンが、広間の一角を指さした。

地上に続くトンネルとこの広間とを隔てる“壁”を背にした時、ちょうど左手前に当たる部分。

そこに頑丈そうな扉が設置されているのが見えた。


「あの扉の向こうに続く通路が、この施設の最奥部に向かう最短ルートじゃ」


僕は扉に近づき、バルブのように頑丈そうな取っ手に手を掛けた。

しかし予想通りというべきか、取っ手は動かない。


倉庫の時みたいに【影】大量召喚で、一気に破壊しても良いんだけど……


少し考えた後、僕は曹悠然を床にそっと横たえ、インベントリを呼び出した。

そしてその中から『ボティスの大剣』を取り出した。


オベロンが目を細めた。


「ほほう。第93層第241話のゲートキーパー、ボティスのドロップアイテムじゃな? 良い選択じゃと思うぞ」


『ボティスの大剣』のアイテム説明欄第271話には、こう記されている。



93層のゲートキーパー、ボティスが使用していた武器。

振るうと、15秒に1度、回避不能な斬撃を放つ事が出来る。

斬撃の威力は、使用者のレベルと筋力のステータス値に依存する。

ただし使用するには、筋力のステータス値、93以上が必要。



僕は大剣を振りかぶった。

そしてありったけの力を込めて目の前の扉めがけて振り下ろした。



―――ドゴォオォォン……



轟音とともに扉が吹き飛んだ。


“扉があった場所”の向こう側は、大人なら2~3人は並んで歩けそうな幅の通路が奥へと続いていた。

ただし曹悠然救出のために往復した通路とは違い、こちらはいかにも研究室内部といった感じの雰囲気で、等間隔に並んだ間接照明の光が周囲を優しく満たしている。

曹悠然を再度抱えあげ、その通路に一歩足を踏み入れた途端、いきなり警報音が周囲に響き渡り始めた。


「どうやら“せきゅりてぃー”とやらが作動しているようじゃな。急いで突っ切るのじゃ」


オベロンの言葉を待つまでもなく、僕は走り出していた。



―――バリバリバリ……



すっかり耳慣れてしまった感のある大きな音と主に、雷撃の嵐が周囲を吹き荒れ始めた。

同時に、障壁シールドが自動発動する。


視界の左端に表示されている障壁シールド維持のためのMP残量の減少率から考えて、まだあと数分は維持に問題は生じないはずだけど……


視界がふさがれる形になった僕は、当然ながら走る事が出来なくなっていた。

そのままゆっくりと進む事十数秒後……


ふいに視界が晴れた。


周囲の状況を確認してみると、僕から見て右斜め後方に、ようやく僕達に追いついたらしい【影】が立っているのが見えた。

【影】が手に持つ【万雷の護り】効果が付与された『ヴェノムの小剣(風)』は、バチバチ火花を飛ばしている。


その後も数回、雷撃の嵐が襲ってきたけれど、それらは全て【影】が手にする小剣によって掻き消されていく。

やがて前方突き当りに、頑丈そうな扉が見えてきた。


オベロンが耳元で声を上げた。


「アレの向こう側が制御室じゃ」


軽くうなずきを返した僕は扉の手前、数m程の所で足を止めた。

そしていまだ目覚める気配を見せない曹悠然を床にそっと横たえると、再び背負っていた大剣を抜き放った。



―――ズズズゥゥ……ン



先程とは違い、扉ごと吹き飛ばす事は出来なかったけれど、とにかく頑丈そうな扉には、人一人くぐり抜けられる位の穴が穿うがたれていた。

曹悠然を抱き上げた僕はその穴に近付こうとして……



何かが穴の向こう側からこちらに投げ込まれてくるのが見えた。



黒っぽく細長いその何かを目にした瞬間、僕は【影】に指示を出していた。


「曹悠然を護れ!」



―――カッ!



凄まじい閃光が僕の視界全てを焼き尽くした。

同時に、形容しがたい音圧が脳そのものを芯から激しく揺さぶってきた。


これは……閃光手榴弾スタングレネード


僕の経験は、今投げ入れられた何かについての情報を与えてくれたけれど、五感全てが麻痺していく感覚を防いではくれなかった。


ゆっくりと……遠のく……意識の……


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