第604話 F級の僕は、曹悠然を奪還する


6月24日 火曜日E4-16



「それじゃあ行こうか」


諸々もろもろ準備を終えた僕は、隣でふわふわ浮いているオベロンに声を掛けた。

頼博文ライポゥウェンが拡声器で呼びかけてきてから、既に30分近くは過ぎている。

その間、特に向こうからのリアクションのようなものは無かったけれど、あんまり待たせ過ぎれば曹悠然ツァオヨウランの身に何か危険が及ばないとも限らない。


オベロンの身体が揺らめきながら中空に消えていった。

そして耳元で彼女がささやいてきた。


「どれ、通路の奥がどうなっているか、わらわが一足先に偵察してきてやろう」


僕は【看破】を発動した。

視界の中、光学迷彩機能を使って姿を消したオベロンが、空中を滑るように通路の奥へと向かって行く。

僕も彼女の後を追うように、通路の奥へと小走りで移動し始めた。



通路は、人が2~3人程度なら並んで歩ける程度の幅はあったけれど、床も壁もそしてそんなに高くない天井も、全てがコンクリートの打ちっぱなしのような状態だった。

数m間隔に取り付けられた明かりが、ぼんやりと周囲を照らし出している。

たとえるなら、地球に生じているダンジョンと大差無い雰囲気。

十数m以上先は見通せない通路は意外と長く伸びているらしく、5分以上進んでも全く突き当りに到着しそうな気配は感じられない。

さらに5分程進んだところで、暗闇の向こうからオベロンがこちらへ戻ってくるのが見えた。


彼女は耳元まで近付いてくると囁いてきた。


「あともう100m程度でこの通路は終わる。突き当りは反対側と同じ感じの広間になっておった」

「曹悠然は?」

「あの中国娘は突き当りにある広間で、魔力で強化された装置で拘束されておる。しかもご丁寧に、広間と通路の間に、不可視の魔法結界も張られておった」

「頼博文は?」

「拡声器で騒いでおった男含めて、他には誰もおらなんだ」

「誰もいない……もしかして、突き当りの広間には扉みたいなのってあったか?」

「扉は2ヶ所設けられておったが、恐らく……」


オベロンの言葉を僕が引き継いだ。


「扉の向こう側にひそんでいる?」

「普通に考えればそうじゃろうな」

「他に何か気付いた事は無かったか? たとえばこの先の通路か突き当りの広間に、魔法か何かの罠みたいなのが仕掛けられているとか」

「特段、そのようなものは見当たらなかったな。まあ恐らくじゃが、あの男、おぬしが魔法結界をいじろうとしたタイミングで、再度拡声器か何かを使って呼びかけてくるつもりなのではないか?」

「一応確認だけど、その魔法結界、今のお前ではどうにもならないんだよな?」

「あの程度の魔法結界、本来なら目をつぶっていても解除出来るが、この閉じて壊れた世界ではどうにもならぬ」


という事は、少なくとも最初の目論見もくろみと違って、曹悠然の傍に忍び寄ったオベロン目掛けて【置換】を使用するという戦法は取れないって事になる。

まあそこは工夫するとして……


左の腰のベルトに差した『万雷の鞘』に視線を向けた。


「そろそろ準備をしておいた方がいいかな」


僕は『ヴェノムの小剣(風)』を『万雷の鞘』に納めてみた。

不思議な事に、明らかに見た目の形状に違いがあったにもかかわらず、小剣は鞘に根元までしっかりと納まった。

瞬間、小剣と鞘が輝きを放ち、軽快な効果音と共にウインドウがポップアップした。



―――ピロン♪



『ヴェノムの小剣(風)』に【万雷の護り】効果が付与されました。

『ヴェノムの小剣(風)』を『万雷の鞘』から抜くと、効果持続時間のカウントダウンが開始されます。



確か効果は1時間持続するはず。

もしまたあの雷撃の嵐で攻撃されたとしても、これで視界が全くふさがれるという状況は回避できるはず。



100m程進むと、オベロンの言葉通り、コンクリート打ちっぱなしの通路は終わり、その先は最初にこの施設に侵入した時より一回り小さな広間に繋がっていた。

広間もまた、通路と大差ない程度の薄暗い明かりで照らし出されていた。

通路の奥、僕がいる位置からは10m程の場所に、ちょうどXの形状をした磔台はりつけだいのような装置が設置されており、そこに曹悠然が拘束されているのが見えた。

項垂うなだれた彼女は身じろぎ一つしないけれど、この世界がまだ弾けて消えていない、つまり僕が巻き戻っていないという事は、彼女はまだ生きているはずで。


僕は試しに、そのまま広間に足を踏み入れようとしてみた。

その瞬間、障壁シールドが自動発動した。



―――バチバチバチ……



そして強い抵抗感とともに、通路側に押し返されてしまった。


どうやらオベロンが口にしていたこの不可視の魔法結界、障壁シールドを展開したまま強引に突破するのは難しそうだ。

とはいえ、曹悠然が“視認”出来ているのは、僕にとっては明るい材料と言えるけれど。


改めて曹悠然救出の手順を頭の中で組み立てていると、拡声器を通して頼博文の声が聞こえてきた。


「中村隆君。少々待ちくたびれてしまったよ。それでは取引といこう。まずは……」


僕は頼博文の声を無視する形でスキルを発動した。


「【影分身】……」


僕の影から【影】が2体、滑るように出現した。

僕はその内の1体に、『万雷の鞘』に納めた『ヴェノムの小剣(風)』をそのまま手渡した。

そして間髪入れずに曹悠然目掛けてスキルを発動した。


「【置換】……」


瞬間的に僕と彼女の位置が入れ替わった。

すなわち彼女は不可視の魔法結界を越えて、僕が呼び出した【影】2体のそばへ。

そして僕もまた、不可視の魔法結界を越えて、X字状の“磔台はりつけだい”で身動き取れない状態に。

不可視の魔法結界の向こう側で、彼女の身体が床に崩れ落ちるのが見えた。

気を失っているのかもしれない。

目の端でそれを確認した後、僕は何も手にしていない【影】目掛けて再度スキルを発動した。


「【置換】……」


スキルの効果で再び不可視の魔法結界を越え、通路側に移動した僕は、急いで床に倒れ込んでいる曹悠然を抱き上げた。

同時に今、僕と入れ替わりに磔台はりつけだいに拘束されたばかりの【影】の維持を停止した。

これで僕が維持している【影】は、僕のすぐ傍で『ヴェノムの小剣(風)』を納めた『万雷の鞘』を手にしている1体のみ。

エレンのバンダナMP毎秒1回復』を巻いているから、僕は今、【MP毎秒1消費】1体だけなら半永久的に維持し続ける事が出来る計算だ。


拡声器越しの声が再び聞こえてきた。


「なるほど。これが君の返事というわけか。では我々もしかるべき権利を行使させてもらおう」


声が終わるや否や、障壁シールドが自動発動した。

周囲を雷撃の嵐が埋め尽くして……



―――バリバリバ……リ……



しかしすぐにそれは溶けるように消えて行った。

僕の隣で【影】が『ヴェノムの小剣(風)』を抜き放っていた。

小剣が帯電したかの如く――実際、帯電しているのかもだけど――バチバチ火花を飛ばしている。


僕は【影】に(予想される)追撃を阻止するよう指示した後、曹悠然を抱えたまま、今来た通路を逆戻りに走り始めた。

耳元でオベロンが囁いてきた。


「おぬし、なかなかやるではないか」


僕は腕の中の曹悠然に視線を向けた。

意識を失い脱力してはいるけれど、その胸元は規則正しく上下している。

僕はその事に秘かに安堵しつつ口を開いた。


「オベロン」

「なんじゃい」


こいつ、この世界ではほとんど何の力も使えないマスコット役立たず状態って話だけど、一応、聞くだけ聞いてみよう。


「お前、あの黒い四角垂ピラミッド、お前の言う所の定理晶の贋作の場所って感知出来たりはしないよな?」

「ふっふん! わらわを誰だと思っておる。始原の精霊にして……」

「それはいいから」

「なんじゃ! わらわの話の腰を折りおって」

「感知は出来ないんだな?」


ならばやはりどこかで立ち止まって、曹悠然を目覚めさせないと。

そんな事を考えていると、オベロンが意外な事を言い出した。


「安心せい。感知は出来ぬが、アレ定理晶の贋作が置かれている場所まで案内はしてやれるぞ」


僕は思わず足を止めてしまった。


「案内出来る? お前、この施設、今初めて来たんだよな?」


オベロンが得意げな顔になった。


わらわがこんな閉じて壊れた世界に無策で乗り込んで来るわけ無かろう。事前に色々調べてきたのじゃ」

「色々? どうやって?」

「そりゃ、まにゅあ……じゃなくて、ここへ乗り込んでくる前に、元の世界でアレ定理晶の贋作の位置を割り出して、ついでにこの施設も下見してきたのじゃ」



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