第567話 F級の僕は、曹悠然の能力の一端を知る


6月21日 日曜日E7



鹿畑第一ダンジョンは、E級の小規模ダンジョンだ。

内部は天然洞窟のような造りになってして、ワイルドドッグ等の動物系のE級モンスターが徘徊している。

とはいえ、ゲートを入ってすぐの少し天井の高くなった広間のようなこの場所には、当然ながらモンスターの姿は無かったけれど。


曹悠然ツァオヨウランと腕を組み、障壁シールドを展開したまま、僕は一応スキルを発動した。


「【看破】……」


視える範囲内に、姿を隠して潜んでいる存在――モンスター、そして当然ながら『七宗罪QZZ』の刺客ってコトだけど――はいないようだ。

僕は隣の曹悠然ツァオヨウランささやいた。


「一応、内部に怪しい存在はいなさそうですけど、そうさんも探知系のスキルか魔法、お持ちでしたら探って頂いてもいいですか?」


僕より少し背の低い曹悠然ツァオヨウランは、チラッと僕の顔を見上げてから、組んでいた腕を外してくれた。

返答は無いけれど、彼女的にも危険は感知出来ないって判断になったのだろうか?


それはともかく、僕は【看破】のスキルを停止してから、別のスキルを発動した。


「【影分身】……」


壁や天井が発する燐光にぼんやり照らし出される僕の影の中から、【影】が1体滑るように出現した。

それを目にした曹悠然ツァオヨウランが、僕の隣で身構えた。

僕は出来るだけ彼女を安心させるような口調で説明した。


「あ、大丈夫ですよ。僕が召喚したので危険は無いです。簡単な指示には従ってくれるので、ゲートのすぐ外に配置して、不審者がここへ入って来ないように見張らせようかと」


僕は彼女に説明した通り、【影】にはゲートを出てすぐの場所で待機して、ゲートに接近する者を拘束するよう指示を出しておいた。

これで、外部からゲートを通過してここへ入って来ようとする“不審者”がいれば、僕に伝わるはず。

ただし、僕と【影】は感覚を完全に共有しているわけでは無いから、“偶然”通りがかり(?)の一般人が拘束される危険性も無きにしもあらずだけど。

とにかく【影】が他者と何らかの形で接触すれば、僕は障壁シールド曹悠然ツァオヨウランを護りつつ、一度外に出て状況を確認するつもりだ。


【影】がゲートを通過して出て行くのを確認した僕は、障壁シールドの展開を停止した。

一瞬、緊張したけれど、幸い今回は、待ち構えていたかのように曹悠然ツァオヨウランの頭が吹き飛ばされる、なんて事態は発生しなかった。

そのまま僕は、彼女に声を掛けた。


「では早速ですが……」


しかし彼女が左手で僕を制してきた。


「お話させて貰う前に、一つお願いが有ります」

「お願いとは?」


彼女は少し呼吸を整える素振りを見せた後、口を開いた。


「まず初めにお話しておきますが、私は祖国を愛しています」


ん?

いきなり何の話だ?


僕の戸惑いを他所よそに、彼女は言葉を続けた。


「それは党と国家に対する忠誠心とは全くの別物です」


え~と、もしかして情報機関の人間だから、いざという時には祖国の為に死ねます、とかそんな感じの決意表明?

首をひねっていると、彼女はさらに言葉を継いだ。


「ですから、今からここであなたが見たり聞いたりする内容に関しては、私に断りなく、第三者と共有して頂きたくないのです」

「それはまあ……」


いわゆる秘密保持を要求されている?

にしては、祖国がどうとか、忠誠心がどうとか、なんだか奥歯に物が挟まったような言い方だけど。

曹悠然ツァオヨウランの言葉の意味するところが、今ひとつ分からないけれど、ここはともかく、話を聞き出す事が最優先だ。


だから僕は、彼女が一番今欲しいであろう言葉を返す事にした。


「お約束します。ここで私があなたから教えてもらう全ての内容に関して、あなたに断りなく、第三者に漏らしたりはしません」

謝謝シェシェ


心なしか、彼女の表情が緩んだように見えた。


「では改めてお話させて下さい」


彼女はそう前置きしてから、本題と思われる内容を切り出してきた。


「確認ですが、北極海で玄武シュアンウ……あ、これは私達が使っている代号コードネームですが、あの海中に潜んでいた怪物モンスターを斃したのは、あなたですよね?」


今更ながら、僕の背中をサッと緊張が走った。


質問に対する答えは当然YESなのだが、どうして彼女はこうも断定的に聞いて来るのだろうか?


「え~と、そう思われた根拠を教えてもらっても良いですか?」


彼女が自分のふところに右手を差し入れた。

そしてそこから小さな砂時計のような“物体”を取り出した。

彼女は、その “物体”の上下を右の人差し指と親指で挟み、黙ったまま、僕に見せてきた。

それは高さ数cm程の縦長の円柱形をした“物体”であった。

ガラスか何かで出来ているらしく、内部が透けており、そこには数mm程度の黒い小さな欠片みたいな何かが一つ、中空に静止しているように見えた。


「これは……?」


しかし逆に彼女が聞き返してきた。


なんだと思いますか?」


僕はその“物体”に目を凝らしてみた。

しかし、小さすぎて良く分からない。

何か固そうな石っぽくも見えるけれど……


彼女は僕の返事を待つ事無く、その“物体”を自分の懐に戻した。

そして今度は、右の手の平を、自分の胸のあたりで広げて上に向けた。

視線を自分の右の手の平に向けたまま、彼女が口を開いた。


「あなたがお約束を守って下さると信じて、私の能力の一端をお見せします」


約束?

そう言えばここで見聞きした内容は他に漏らすな、とか話していたっけ?


そんな事を考えていると、彼女の右の手の平が突然輝いた。

そしてそこに、見る見るうちに、何かが形作られていく。

数秒後、彼女の手の平の上に、“金の延べ棒”のような何かがが1本出現した。

彼女がそれを僕に手渡してきた。

受け取った僕の手の中、見た目よりも随分重い。

ホンモノは勿論触った事が無いから、本当に純金かどうかは分からないけれど、とにかく“金の延べ棒”と表現するのがぴったりな代物。

ただし、刻印のような物は見当たらないけれど。


僕はその感触を確かめつつ、彼女に聞いてみた。


「これは?」

「原子番号79の元素、金です」

「え~と……突然、そうさんの手の平の上に出現したように見えましたけど、もしかしてどこかから転移させて持ってきた、とかですか?」


彼女が静かに首を横に振った。


「違います。今ここで創造しました」

「創造!?」


思わず素っ頓狂な声が出てしまったけれど、つまり彼女の言葉をそのまま解釈すれば、彼女は今、無から金を創り出した!?

僕は改めて“金の延べ棒”に視線を向けた。

この能力って、もしかして相当ヤバイのでは……

ティーナさんは曹悠然ツァオヨウランの事を、彼女の上司で中国国家安全部(MSS)第二十一局の局長劉刻雷リウコォライと共に、中国でも5本の指に入るS級の実力者だ、と評していた第259話けれど。


そんな僕の感慨を知るよしも無いであろう曹悠然ツァオヨウランが、言葉を続けた。


「私はある物質の量子的概念に関する情報を得る事が出来れば、その物質を創造する能力を持っています」

「量子的概念? ですか?」


彼女がうなずいた。


「そうです。量子的概念とは、単純化して説明すれば、対象物の“設計図”のような物です。そして対象物の量子的概念に関する情報を得る最も簡便な方法は、対象物を激光レーザー等で精査する事です」


レーザーで精査?

少し前に、そんな話題を耳にした事があったような……

そうだ!

この前第378話、関谷さんも交えて三人で昼食を食べた時、ティーナさんが……


僕の回想の続きを、目の前の曹悠然ツァオヨウランが引き継いだ。


「実は私達は、西蔵チベットにおける最初の狂奔スタンピード制圧戦に失敗した後、あの黒い結晶体に激光レーザーを照射して、量子的概念に関する情報も含めて精査を試みました」


まさか……!


彼女が懐から先程の“物体”を取り出した。

そしてその物体の上下を右の人差し指と親指で挟み、再び僕に見せてきた。


「これがその成果の一つです」

「つまり、この内部に浮いている黒い欠片は……」

「得られた量子的概念に関する情報に基づき、私が創造した黒い結晶体の模造品です」




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