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第535話 F級の僕は、オベロンの相変わらずな提案を一蹴する
第535話 F級の僕は、オベロンの相変わらずな提案を一蹴する
6月20日 土曜日29
僕が魔力で拘束されたまま【異世界転移】する事になった本当の事情について知ったオベロンが、やれやれといった雰囲気になった。
「なんじゃおぬし、
「人の命が掛かっていたんだから、仕方ないだろう?」
そう。
実際、エレンの言葉を借りれば、皇帝陛下は余命いくばくといった状態だった。
とりあえず救命出来たし、状況から考えて、ニヌルタがいきなり皇帝陛下を
そんな事を考えていると、オベロンが心底不思議そうな雰囲気で問い掛けてきた。
「そもそも皇帝の生き死には、おぬしにとって何の関係が有るのじゃ?」
「はい?」
一瞬、オベロンの言葉の意味が分からず、間抜けな声が漏れてしまった。
オベロンが再度口を開いた。
「じゃから、皇帝が生きておれば、おぬしにとって何か得な事でもあるのか、と聞いておるのじゃ」
「得も何も……ユーリヤさんのお父さんなんだぞ?」
「じゃが、おぬしの話だと、そのユーリヤ自身が、このまま引き上げようと話していたのであろう? それをわざわざ説得してまで皇帝を助けるから、こんな七面倒臭い状況に陥っているのではないか。
僕は思わずオベロンの顔を、まじまじと見返してしまった。
こいつの言葉に従えば、ある人物の命を救うかどうかは、損得勘定だけで決めるべきだと言う事になる。
だけどイスディフイは、やり直しの効くゲームの中の世界では無い。
死ねば――メルは、魂は巡ると話してはいたけれど――その人物は永遠に失われるのだ。
そんなかけがえのない存在である命を、自分の都合で、損得勘定だけで、救うかどうか決めていいはずはない。
ふいに僕の脳裏に、こいつがメルを刺し殺した時の
つまりこいつは、あの時も、自分にとっての損得勘定のみで、メルを殺すかどうかの判断をっ……!
思わず激昂してしまいそうになった僕は、一度深呼吸をした。
落ち着こう。
こいつの、僕から見れば破綻した倫理観、今に始まった話じゃない。
それよりも今は、この後どう行動するべきか、だ。
僕はオベロンに聞いてみた。
「なあ、お前の力で僕の【異世界転移】の目標地点を変更したり出来ないか?」
「目標地点とはどういう意味じゃ?」
「つまり、僕の【異世界転移】は、時間を空けても心の中で何を念じても、世界の壁を越える時、必ず前回、【異世界転移】のスキルを使用した場所に出現してしまうんだよ。だから今のままだと、普通に【異世界転移】でイスディフイに戻れば、皇帝陛下の居室の中に出現してしまうはずなんだ」
オベロンの目が少し細くなった。
「……つまりスキルを書き換えよ、と言う事か?」
「書き換えるというか……例えば今回だけでも、イスディフイでの出現先を、トゥマの街とかに変更出来ないかな、と」
今はまだ、ニヌルタと彼が連れて来た兵士達が、皇帝陛下の居室に留まっているはず。
そして普通に考えれば、何故僕が突然消えてしまったのか、調べているはず。
何時間か待てば、ニヌルタあたりは立ち去るとは思うけれど、逆に今の状況で何時間もイスディフイを留守にはしたくない。
出来るだけ早くトゥマに戻って、ユーリヤさんに事情を説明して謝らないと、エレンが僕の代わりに雪隠詰めに合っているかもしれないし。
オベロンは、しばらくじっと考え込む素振りを見せた後、言葉を返してきた。
「無理じゃな。【異世界転移】はユニークスキルじゃ。つまりおぬししか使用出来る者は存在せぬ。そのようなスキルを、例え一時的にでも
つまり【異世界転移】を行えば、必ず皇帝陛下の居室に出現するという今の状況を変える事は不可能って事だろう。
ならば……
「じゃあ転移した先で、しばらくの間だけでも相手の魔力による拘束を無効化出来ないか?」
「なんじゃ、そんな七面倒臭い事をせずとも、【異世界転移】した瞬間、そのニヌルタやら兵士やらを……」
僕はすかさず言葉を
「言っとくけど、皇帝陛下以外皆殺しとか、そういうのはいらないから」
「なんでじゃ!?」
……やっぱりそういう提案だったらしい。
「何の考えも無しにニヌルタを殺したら、後が色々ややこしくなるんだよ。皇帝陛下に僕の姿は見られている訳だし、宮廷特務とやらが、僕とユーリヤさんとの関係性を調べ上げている可能性もある。後からユーリヤさんが、雇った冒険者を使って、宮廷魔導士長を謀殺した! とか妙な濡れ衣着せられたら、申し訳ないだろ?」
実際、ユーリヤさんは、ニヌルタを拉致する事すら――恐らくは彼女なりの政治的な判断で――渋っていた。
勝手に殺してしまったら、ユーリヤさんの計画は完全にぶち壊しになるだろう。
しかしそんな事は頭の片隅にも無さそうなオベロンは口を尖らせた。
「じゃからそういう連中も
「そのお前の短絡的思考、なんとかしろ! 邪魔者は全部殺せとか、お前それ、魔王も真っ青なぶっ飛び発言だからな?」
「なんという言い草じゃ! どうせイスディフイなんて世界は……あ、いやいや、ならば仕方ない。おぬしの嗜好に合わせるのなら、とりあえず死人が出なければ良いのじゃな?」
言い方はアレだけど。
「まあ、そう言う事だ」
「ならば【異世界転移】して、すぐに
そういやこいつ、僕が累積している経験値を代償にすれば、転移出来ると
「ちなみに、皇帝陛下の居室からトゥマのシードルさんの屋敷の……バルコニーまでなら、経験値、どれ位必要なんだ?」
「そうじゃな……」
オベロンが束の間、考える素振りを見せた。
「まあ、たかが転移じゃし、1,000,000,000,000といったところじゃな」
まあ、それが無難かな。
元々皇帝陛下にも、僕が帝城内に転移して来たって伝えてあるし、【異世界転移】で居室から姿を消したのも、普通の転移と話をすり替えられるだろうし。
「じゃあ、それで行こうかな」
僕は【異世界転移】のスキルを発動しようとして……実際、“転移能力”を使用するに当たって、気になる事を思い付いた。
「僕があっちでお前の力を使ってトゥマに転移した場合、後から調べたらそれって分かったりするものなのか?」
もしそうなら、ニヌルタあたりがトゥマに“追っ手”を差し向けてこないとも限らない。
「安心せい。
「普通の魔法による転移とは違うって事か?」
「当たり前じゃ。
「
オベロンが腰に手を当て、無い胸を張った。
「まあそれもこれも、
また意味不明に勝ち誇るオベロンは置いといて……
僕はまず、【隠密】スキルを発動した。
たちまち自分の気配が、周囲に溶け込んでいくのが感じられた。
これで【異世界転移】しても、少なくとも皇帝陛下や、まだ居室内に留まっているであろう兵士達に姿を見られるリスクは下がったはず。
ニヌルタが残っていれば、先程のように看破されてしまうかもだけど、そもそも僕は【異世界転移】した後、間髪入れずにトゥマに“転移”する予定だ。
僕は改めて【異世界転移】のスキルを発動した。
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