第477話 F級の僕は、ゴルジェイさん達に事情を説明する


6月18日 木曜日28



エレンと一緒に並んで魔法陣の中央に立った瞬間、僕の視界が切り替わった。

頬を優しく撫ぜるひんやりとした夜風。

頭上から周囲を照らし出す、この世界の二つの月明かり。

どうやら無事、地上へと転移出来たようだ。


僕は改めて周囲の状況を確認した。

僕等が転移した先は、たけの短い枯れ草がまばらに生えている以外は土の地面がき出しになった、空き地のような場所であった。

視線を少し先に動かすと、今居る場所から数十m程離れた場所に、多数の篝火かがりびに照らし出された多くの幕舎が立ち並んでいるのが目に飛び込んできた。

そしてその周囲には、夜警やけいの任に当たっているのであろう、複数の兵士達が、手持無沙汰でたたずんでいるのも確認出来た。

彼等が、僕とエレンに気付いた様子は見られない。


僕は隣に立つエレンに、一応確認してみた。


「あれがゴルジェイさんの陣営って理解で正しいんだよね?」


エレンがうなずいた。


「州都モエシアの近隣に展開しているのは、あそこに布陣している部隊だけ。あなたが話していたゴルジェイと言う人物は……」


エレンが暗がりの先を指差しながら、言葉を継いだ。


「あの向こう、一際ひときわ大きな幕舎の中で、数人の人物と話をしている」


エレンが指差す方へ視線を向けてみたけれど、篝火かがりびと夜のとばりさえぎられ、僕にはゴルジェイさんの幕舎がどこにあるのか判別は出来なかった。

それはともかく、教えてもらった方向に向かえば、ゴルジェイさんの幕舎に到着するはず。


「それじゃあ行こうか」

「待って」


歩き出そうとした僕を、エレンが呼び止めた。


「転移で向かえば時間節約になる」


言われてみればその通りだ。

ゴルジェイさんや幕僚達を驚かせるかもしれないけれど、どのみち僕等は転移の魔法陣を設置した事を説明しに来ているのだ。

実際、ゴルジェイさんの目の前に転移した方が、むしろ話は早いかもしれない。


「それじゃあ、お願いしようかな」



隣に立つエレンが何かを唱えた瞬間、再び視界が切り替わった。

転移先の明るい光で視界が一瞬くらむ中、周囲から鋭い警戒の声が僕等に投げかけられるのが聞こえてきた。


「何者だ!?」

「敵襲か!?」


幸い、視界はすぐに戻って来た。

どうやら、ゴルジェイさんの幕舎の中に直接転移したようだ。

僕等から見て大きな机を挟んだ向こう側、険しい表情のゴルジェイさんと、彼を守るように立つ複数の人物の姿が確認出来た。

いち早く僕に気付いたらしいゴルジェイさんが声を上げた。


「お前は……ルーメルの勇士か?」

「はい」

「俺の目の錯覚で無ければ、今お前達、いきなりここに現れなかったか?」

「驚かせてしまいましてすみません。実は……」


僕はゴルジェイさんと別れて州都モエシアに向かってから、ここに戻って来るまでの経緯を簡単に説明した。

ちなみに、精霊の力によって人間ヒューマンの冒険者に擬装しているエレンについては、事前の打ち合わせ通り、『総督府執務室の取っ手に設置されていたトラップによって地下に転移させられた後、転移魔法を使って助けに来てくれたルーメルでの冒険者仲間』と説明した。


「……そんなわけで今、州都モエシアの地下に、グレーブ総督閣下以下、大勢の住民達が取り残されている状況です。彼等を救い出すため、転移の魔法陣を設置させて頂きました。一度に100人程度ずつ、住民達を近くの空き地に転移させますので、その方々の保護をお願いしても宜しいでしょうか?」


僕の話を聞き終えたゴルジェイさんが、呆然としたような表情でつぶやいた。


「なんと……そんな事になっていたとは……」


そしてすぐに、そばに控える幕僚の一人に声を掛けた。


「参集しているおもだった方々に、すぐにこちらに来て頂けるよう、お伝えしろ」

「は! 直ちに!」


幕僚が退出した後、ゴルジェイさんが改めて問いかけてきた。


「それで、“エレシュキガル”はどうなったのだ?」

「彼女は……」


胸元をまるでナイフでえぐられるような痛みが走る。


「……亡くなりました」

「亡くなった? つまり、お前達が斃したのか?」


僕は黙ってうなずいた。

経緯はどうあれ、彼女が命を落とす最大の要因オベロンの解放を作り出したのは僕だ。


ゴルジェイさんとその周囲の幕僚達がどよめいた。


「まさにルーメルの勇士の面目躍如めんぼくやくじょと言った所だな。お前に名誉士官の称号を贈った俺も鼻が高いというものだ。お前の上げた功績、当然、俺の親父おやじも知っているのだろ? 恐らく帝都にて、大々的に表彰される事になるだろうから、その時を楽しみにしておいてくれ」


“僕の上げた功績”を激賞してくれるゴルジェイさんに、しかし僕はただ引きつった笑顔を返す事しか出来なかった。


「それで、やつの死体はどうなった?」

「したい……」


聞き返そうとしてから、それが命のともしびが消え去った後の、メルアルラトゥ身体からだを指す言葉だと気が付いた。


「地下に……」


今はクリスさんが見守ってくれているはず。


「そうか。ではその死体、手数をかけるが、ここへ持ち帰ってきてもらえないか?」

「それはどういう……?」


ゴルジェイさんの意図が分からず、思わず首をかしげた僕に、彼が重ねて言葉を投げ掛けてきた。


「残念ながら、いまだ解放者リベルタティス共は、ここ属州モエシアのみならず、周辺各所で活発に破壊活動を行っている。“エレシュキガル”の死体をさらし、やつらに首魁が誅殺ちゅうさつされた事を見せつけてやらねばならん」


メルの身体からだを!?

さらし物にする!!?


胸の奥底から得体の知れない感情が沸き起こり、視界が真っ赤に染まりそうになったところで、ふいに僕の右手をエレンが優しく握り締めて来たのに気が付いた。

同時に、念話が届けられた。


『心を落ち着けて。ここで闇にまれても、メルは決して喜ばない』



僕は目を閉じて、大きく息をついた。

再び目を開けた僕は、出来るだけ感情を抑えながら、ゴルジェイさんに言葉を返した。


「分かりました。一応、地下に戻ったら探してみます。ですが、もしかすると既に失われているかもしれないので、その時はご勘弁下さい」



しばらくして、先程一旦退出した幕僚が、10人程の人物を連れて戻って来た。

ゴルジェイさんは、彼等がここ属州モエシアの有力者達だと紹介した後、彼等にも事情を説明して欲しい、と求めて来た。

僕は彼等に対しても、先程と同じ内容の説明を行った。

僕の話を聞き終えた彼等が口々に言葉を交わし始めた。


「なんにせよ、総督閣下が御無事だったのは喜ばしい」

「それに、“エレシュキガル”が斃された場に、皇女ユーリヤが居合わせなかったのは、まさに神の御導きかもしれん」

「全くだ。下手したら、モドキ姫に手柄を横取りされていたかもしれんからのう」

「この冒険者は、ゴルジェイ大尉から名誉士官に任じられた者。つまり此度こたびの勝利は、帝国全体にとっての脅威に対し、いち早く兵を挙げた我等抜きでは成し得なかったと言っても過言では無い」

「ここは予定を繰り上げて、今夜のうちに、中心部にいまだ立て籠もる連中に総攻撃を掛けるべきでは」


さすがと言うべきか、何と言うべきか。

一応、ユーリヤさんの同行者であった僕の事は、恐らく一介の冒険者程度とかろんじて、歯牙にも掛けていなさそうな雰囲気だ、

それにしても、彼等の言動からは、改めて、ユーリヤさんの帝国内における微妙な立ち位置を再認識する事が出来た。


彼等の交わす会話が一区切りついた所で、改めてゴルジェイさんが僕に声を掛けてきた。


「ではルーメルの勇士よ。住民達を地上へと転移させるというその空き地に、俺達を案内してくれ」

「分かりました」


僕はエレンの方に視線を向けた。

そして彼女がうなずくのを確認してから、周囲の人々に声を掛けた。


「それでは、仲間の転移魔法で皆さんをお連れしますので、私達の周りに集まって下さい」


ゴルジェイさんや有力者達が、僕とエレンを取り囲むような位置に移動してきた。

エレンは、周囲の人々の立ち位置をチラッと確認した後、短く何かをつぶやいた。

瞬間、僕の視界は切り替わった。


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