第469話 F級の僕は、メルと共に“魔王”エレシュキガル“を……


6月18日 木曜日20



【ニニ繝ウ繧キ繝】の能力の一部が使用可能となりました。

ただし、使用の際には、あらかじめ決められた経験値を消費する必要が有ります。

使用しますか?

▷YES

 NO



清水の舞台から飛び降りる気分で▷YESを選択した瞬間、全身を再び電流のような何かが駆け抜けた。

そして新しいウインドウがポップアップした。



使用したい能力を念じて下さい……

あなたの現在の累積経験値は、2,744,354,923,587,590,000,000

レベル104を維持するのに必要な累積経験値は、2,744,287,948,362,700,000,000



能力を?

念じる?



僕はメルアルラトゥに視線を向けた。

視線の先、まだ時間の流れは元に戻ってはいなかったけれど、破滅エレシュキガルの再臨に向けてゆっくりと、しかし着実に事態は進行中だ。

この状態で“念じる願う”とすれば……



―――メルアルラトゥを止めてくれ!



―――ブブッ!



耳障りな効果音と共に、新しいウインドウがポップアップした。

赤枠赤字で表示されたその内容を僕が確認するより先に、僕の傍に浮遊するオベロンが口を開いた。


「こりゃ! そんな漠然とした願いはかなえられぬ。念じる願いは、具体的でないといかんぞ」



―――具体的?



「仕方ないのう……」


オベロンがやれやれといった雰囲気で言葉を続けた。


「今回だけ、特別にわらわが“ちゅーとりある”をしてやろう。まずはこのいましめ……どうやらこの世界では封晶と呼ばれておるようじゃが……とにかくまずは、この封晶から脱出したいと念じるのじゃ」



―――封晶から脱出させて欲しい!



―――ピロン♪



封晶からの完全脱出には、6,000,000,000,000,000の経験値を消費する必要があります。

あなたの現在の累積経験値は、2,744,354,923,587,590,000,000

レベル104を維持するのに必要な累積経験値は、2,744,287,948,362,700,000,000

実行しますか?

▷YES

 NO



内容を確認していると、再びオベロンが口を開いた。


「封晶から脱出したら、間髪入れずに【置換】を使い、あのダークエルフをエレンから引き離すのじゃ。わらわはそれを見届けてから、時間の流れに対する干渉を解除する。あとはおぬしの力であのダークエルフを倒し、エレシュキガルの再臨を阻止するのじゃ!」


ポップアップしているウインドウに表示されている“必要経験値”のけた数が若干気にはなったけれど、僕自身が累積していると表示されている経験値と比べれば、なお6けた程小さい数値だ。

レベル104は維持出来そうだし、本当に今の状況を打開出来るなら、経験値を“少々”失う事に、特に抵抗は感じない。


▷YESを選択した瞬間、僕を封じ込めていた結晶体封晶が音も無く砕け散った。

そして、新しいウインドウがポップアップした。



―――ピロン♪



6,000,000,000,000,000の経験値を失いました。

あなたの現在の累積経験値は、2,744,348,923,587,590,000,000

レベル104を維持するのに必要な累積経験値は、2,744,287,948,362,700,000,000



そして連続してもう一つウインドウがポップアップした。



―――ピロン♪



【ニニ繝ウ繧キ繝】のランクが上がりました。

0 ⇒ 71

新しい機能が解放されました。



なんだ?

新しく立ち上がったウインドウの内容が理解出来ず、戸惑っていると、オベロンが声を上げた。


「何をボサっと突っ立っておる! はようあのダークエルフを倒すのじゃ!」



そうだ!

今はまず、メルアルラトゥを止めなければならない。


僕は改めてメルアルラトゥに視線を向けた。

彼女の振り下ろしつつある無銘刀の刃先と、エレンを封じ込めていると思われる結晶体封晶との距離が、先程よりもわずかではあるが、さらに縮まっているように感じられた。

僕はメルアルラトゥを標的にして、スキルを発動した。


「【置換】……」


瞬間、彼女の位置と僕の位置とが入れ替わった。

すなわち、僕はエレンが封じ込められていると思われる結晶体封晶のすぐ傍へ。

そしてメルアルラトゥは、僕が封じ込められていた結晶体封晶が配置されていた場所へ。


直後、メルアルラトゥが振り下ろした無銘刀が空を切った。

どうやら予告通り、オベロンが時間の流れへの干渉を解除したらしい。

僕は素早く彼女のもとへと駆け寄った。


「メル!」

「タカシさん……?」


僕は懐から『追想の琥珀』を取り出した。

そして状況が飲み込めず、明らかに混乱している様子の彼女の右手から無銘刀を奪い取ると、代わりに『追想の琥珀』を握らせた。

僕はそのまま彼女の右手を両手で包み込んだ。


「先代の舞女みこ様から、君にこれ『追想の琥珀』を渡してくれと頼まれていたんだ」


メルアルラトゥの視線が、『追想の琥珀』に向けられた。

その途端、僕の脳裏を、始祖ポポロより始まる歴代の舞女みこ達が目にしてきたであろう、あの情景第452話が再び駆け巡った。

…………

……



メルが呆然とした様子でつぶやくのが聞こえた。


「まさか……そんな……」

「視えた?」


直接的な答えは無かったけれど、問い掛けに応じるように、僕へと向けられたメルアルラトゥの瞳には、これ以上無い位の動揺の色が宿っていた。


「タカシさん、どうしよう……私は……大変な過ちを……」

「メル、大丈夫だ」


僕は彼女を抱きしめた。

僕の腕の中で、彼女の身体は小刻みに震えていた。


「過ちは正せばいい。僕も手伝うから」


まずは封晶に封じ込められている僕の仲間達、そして黒い負の感情をしぼり取るため、禁呪第461話にえとして、今も悪夢を見せられ続けているであろう、万を超える人々を解放する。

各地で解放者リベルタティス達がモンスターと共に街や村を襲撃しているのであれば、それもめさせる。

悲劇の根源となってしまったこの国の奴隷制度を、何らかの形で縮小、廃止させる方策を見つけ出す。


……メルアルラトゥが犯した罪を、その命をもって償うとしたら、その後だ。


だけど……

その時が来てしまったとしても……

例えこの世界の人々全てが、彼女を断罪したとしても、僕だけは最後まで彼女のがわに立ち続けてしまうに違いない。


いつの間にか、僕の腕の中にいるメルアルラトゥの身体から震えは消えていた。

彼女がそっとささやいてきた。


「タカシさんの言う通り、過ちは正さなければ……」


僕からゆっくりと身を離した彼女は、何かを覚悟したような表情になっていた。


「今なら……」


彼女が、自分自身に言い聞かせるように言葉を続けた。


「今なら“魔王”エレシュキガルをこの世界で“殺し”、創世神エレシュキガル様が残された希望の光を真の意味で解放してあげる事が出来る」

「どうやって?」


メルアルラトゥの視線が、僕の右手に握られている無銘刀に向けられた。


「その刀の真の力を引き出したカルク・モレは、かつて“魔王”エレシュキガルをこの世界で“殺し”、次元の彼方へと放逐する事に成功した……」


メルアルラトゥの視線が、今度は、床に描かれた五角形の魔法陣と、その頂点に配されている封晶に向けられた。


「皮肉な事に、今私はカルク・モレが成したと同じ奇跡を、“魔王”エレシュキガルから教えてもらったこの魔法陣を使って再現する事に成功していた……」


封晶に封じ込められ、力を吸われるあの感覚が思い起こされた。

あの時、五角形の中心に立つメルアルラトゥの手の中で、確かに無銘刀は尋常ならざる輝きを放っていた。


「もっとも、さっきまでの私は、その力を反転させて、希望の光であるはずのエレンのみを“殺し”、その身に封じられた“魔王”エレシュキガルを復活させようとしてしまっていたのだけど……」


メルアルラトゥは、泣き顔とも笑い顔ともつかない複雑な表情になっていた。


「今度こそ……」


彼女の瞳に強い決意の色が浮かんでいた。


「今度こそ私は道を誤らない。タカシさん、私を手伝って。もう一度その刀の真の力を引き出して、“魔王”エレシュキガルの呪縛から私とあなたと、そしてこの世界を一緒に解放して!」



僕はメルアルラトゥと共に、五角形に描かれた魔法陣の中心に立っていた。

僕が両手で構える無銘刀に、メルアルラトゥもまた、そっと手を添えてきた。


「心を落ち着けて、手の中の刀に意識を集中して……」


目を閉じて、彼女の言葉通り、意識を無銘刀に向けようとした途端……

突如として、封晶に封じ込められていた時と同じような、力を吸われる感覚が襲ってきた。

思わずよろめいた僕を、隣に立つメルアルラトゥが支えてくれた。


「大丈夫。力の流れに身を任せて……」


彼女の言葉に従い、出来るだけ心を落ち着かせていくと、徐々に心が楽になっていくのを感じた。

手の中の無銘刀が、凄まじい輝きを放ち始めた。

メルアルラトゥが微笑んだ。


「さあ、行きましょう」


僕はメルアルラトゥと共に、エレンが封じ込まれているらしい封晶へと近付いた。

傍で観察すると、微動だにしないまま内部に封じ込められている人影は、確かにエレンであるように感じられた。


「“魔王”エレシュキガル!」


メルアルラトゥが叫び声を上げた。


「お前は自分が用意した“道具”によって、再び闇の彼方へと放逐されるのよ!」


そしてメルアルラトゥが僕に囁いた。


「今こそ、その刀で“魔王”エレシュキガルを!」


僕は無銘刀を振り上げた。

刀身の放つ輝きは、周囲を煌々と照らし出していた。

その刀を封晶に振り下ろそうとした瞬間……!



―――ドスッ!



鈍い音と共に、隣に立っていたはずのメルアルラトゥが、膝から崩れ落ちていた。


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