第468話 F級の僕は、オベロンと契約する


6月18日 木曜日19




―――どうやら大変な事態におちいっているようじゃな?



突如襲ってきた、時間が無限に引き延ばされるような奇妙な感覚の中、前触れ無く聞こえたその“声”……!



―――オベロンさん!?



その“声”のぬしは、僕の記憶が正しければ、あの『精霊の鏡』に封じられているという謎の精霊王?第411話のはず。



―――聞こえておるのじゃろ? 返事位したらどうじゃ?



―――オベロンさん! 僕の声聞こえ……



言いかけて、僕は今更ながら発声不能に陥っている事を思い出した。

確か以前、このオベロンと名乗る謎の精霊と会話を交わした時は、あくまでも発声した内容のみ、相手に伝わっていた。

あの時と同じであれば、現状、僕からオベロンに意思を伝える手法が存在しない事になる。



―――おかしいのう……タカシの声が聞こえぬ。何度も確認したゆえ、設定に錯誤ミスは生じていないはずなのじゃが……



オベロンが何かぶつぶつつぶやくのが聞こえた。



―――おお~~い! 聞こえておったら返事をするのじゃ!



オベロンが大声で呼びかけて来るが、当然、僕から言葉を返す事は出来ない。

気ばかりあせっていると、オベロンが再びぶつぶつつぶやき出した。



―――もしや、エレシュキガルかイシュタルが干渉してきている? ……いや、あやつらには気付かれてはいないはず……とすれば……これをこうして……



少しのを置いて、オベロンが再度呼びかけて来た。



『タカシよ、聞こえるか?』



―――オベロンさん!



無駄とは思いつつ心の中で言葉を返すと……


『おお! どうやらうまくつながったようじゃな!』


もしや心の中の声が届いた?


『オベロンさん、もしかして僕の声、聞こえますか?』

『もちろんじゃ。念話が通じるよう、設定を変える事に成功したからのう。それよりおぬし、今、大変な事態に陥っているのではないか?』


大変な事態……


僕は改めてメルアルラトゥに視線を向けた。

先程と同じく、メルアルラトゥは無銘刀を、恐らくエレンが封じ込められているのであろう浮遊する結晶体目掛けて、まさに振り下ろそうとしていた。


……先程と同じく?


そう。

僕の視界の中、何故なぜか全てがストップモーションのように動きを止めていた。

先程まで地鳴りのごとく、あたりに響き渡っていた何かを詠唱する声も、今は全く聞こえてこない。

完全なる無音の世界。


わらわのいる場所からは、事態が緊迫しておる事しか分からぬ。じゃからとりあえず、おぬし以外の時間の流れを一時的に遅らせておるのじゃ。タカシよ、今の内に具体的な状況を教えるのじゃ』


『精霊の鏡』の中に封印されているはずのオベロンが、なんだかさらっと凄い事を口にしている気がするけれど、とにかくこうして意思の疎通を図れる相手が出現した事は、僕にとっては、暗闇の中に見い出した一筋の光明に感じられた。

僕は早速状況の説明を試みた。


『エレシュキガル再臨の儀が……』

『なんじゃとぉ!!??』


ところが説明を始めようとした僕の言葉に、オベロンの仰天ぎょうてんしたような声がかぶせられた。


『再臨じゃと!? エレンはどうした?』

『彼女は封じ込められています』

『エレンが? 封じ込められている!? いやいやその前に、一体、何者がどうやってあやつを封じ込めたのじゃ? あやつは無事なのか?』

『無事かどうかまでは分かりません。とにかく、メルアルラトゥというダークエルフが、エレンを無銘刀で……』


僕は状況を簡単に説明した。

僕の話を聞き終えたオベロンは大慌てになった。


『まずいまずいまずい……このままでは一から計画を見直さねばならなくなる。なんとしてでも、現時点でのエレシュキガルの再臨は阻止せねば……そうじゃ!』


オベロンが何かを思い出したような雰囲気になった。


『契約じゃ契約。おぬし、はよわらわと契約せい。さすればこのような事態、立ちどころに解決するわい!』


契約……

かつてエレンは、“神樹”第100層のゲートキーパー、ブエルの落とす『精霊の鏡』に封じられた精霊と契約出来れば、『エレンの腕輪』の効果を飛躍的に増強する事が出来る、と話していた第231話

そのため、僕は当面の目標として100層を目指し、この前ついに“富士第一”100層のゲートキーパーの間?にて、『精霊の鏡』を入手する事に成功したのだ。

ただし、僕が入手した『精霊の鏡』に宿る“自称精霊王”のオベロンの言動が余りに怪しかった第411話ので、実際の契約は、エレン立ち合いのもとで行おうと思っていたのだが……


逡巡していると、やや苛立ちを帯びたオベロンの声が届いた。


『何をぐずぐずしておる! こうして時間の流れを遅らせる事も、今のわらわの力では、あと十数秒程度が限界じゃ。早うせんと、全てが手遅れになるぞ!』


僕は再びメルアルラトゥに視線を向けた。

心なしか、先程と比べて、振り下ろされつつある無銘刀と、エレンが封じ込められているであろう浮遊する結晶体との距離が近付いている感じがする。

つまり、時間の流れそのものが完全に停止している訳では無さそうだ。

そしてオベロンの言葉通りであれば、体感十数秒後には、再び時間の流れが元通りになってしまう!


選択の余地は無い。


『分かりました。契約を……』


しかし以前、オベロンは、『精霊の鏡』に右の手の平をかざす事で契約が成立すると話していた第410話

視線以外、何一つ動かす事の出来ない現状で、どうやって契約を結べばいいのだろうか?


『緊急事態じゃ。契約は口頭で済ませるぞ』


オベロンの言葉が終わる間も無く、耳慣れた効果音と共に、ウインドウがポップアップした。



【繝九ル繝ウ繧キ繝】と契約しますか?

▷YES

 NO


注)一度結ばれた契約を破棄する事は出来ません。



【繝九ル繝ウ繧キ繝】?

文字化け?

それとも、“精霊の言葉”みたいなので表示されたオベロンの“本名”だろうか?

あと最後の一文……

色々気にはなったけれど、今の状況下で他に選択肢は存在しない。

▷YESを視線で選択した瞬間、僕の全身を電流のような何かが走り抜けた。


再び別のウインドウがポップアップした。



【ニニ繝ウ繧キ繝】の能力の一部が使用可能となりました。

ただし、使用の際には、あらかじめ決められた経験値を消費する必要が有ります。

使用しますか?

▷YES

 NO



戸惑っていると、突然、目の前に一人の少女が姿を現した。

黒とも白ともつかないきらめきを内包した、不思議な色合いの長い髪が背中へと流れ、灰褐色の簡素な貫頭衣かんとういを身にまとったその少女は、しかしその背丈は10cm程しか無かった。

彼女の背中には、丁度“Xエックス”の文字を描くように、四枚の半透明の羽が生えていた。

彼女は背中の羽根を動かす事無く、空中に静止したまま口を開いた。


『ふぅ……ようやくこの世界に出て来られたわい。礼を言うぞ』


つまり、この見た目“妖精”っぽい彼女こそ、オベロンだろうか?


『ほれ、とりあえず力を使って、このいましめから抜け出すのじゃ』

『え~と……オベロンさん? ですよね?』


“妖精”が腰に手を当て、無い胸を張った。


『いかにも。わらわこそ、始原の精霊にして精霊達の王、オベロンじゃ』

『ところでオベロンさんの言う“力”って……』


僕は、今ポップアップ中のウインドウに視線を向けた。


『この、経験値を消費してってやつですか?』

『そうじゃ。そこに表示されているであろう? “オベロンの能力の一部が使用可能になりました”と』


僕は改めてウインドウの表示内容を確認してみた。


『……オベロンさんの名前が入っているはずの箇所、文字化けしていて読めないんですが……』

『文字化け?』

『ニニなんたらって……』


オベロンがやや狼狽ろうばいした雰囲気になった。

どうやら彼女からは、僕の目の前にポップアップしているウインドウの内容自体は見えていないらしい。


『ニニなんたらじゃと? そんなはずは……ま、まあ気にするな。効果はきちんと発動する……はず……ゴニョ』


言っては何だけど、契約した事を早くも後悔している自分が居た。


『と、とにかく、今は緊急事態じゃ! 早く力を使ってみるのじゃ!』


そうだ!

今の状況は!?


慌ててメルアルラトゥに視線を向けてみたけれど、幸い、まだ“時間の流れ”は元には戻っていない様子であった。

そして再び、ポップアップしているウインドウに視線を向けた。



【ニニ繝ウ繧キ繝】の能力の一部が使用可能となりました。

ただし、使用の際には、あらかじめ決められた経験値を消費する必要が有ります。

使用しますか?

▷YES

 NO



僕は文字通り、清水の舞台から飛び降りる気分で▷YESを選択した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る