第450話 F級の僕は、ユーリヤさんに振り回される


6月18日 木曜日1



日付が変わった!



――◇――◇――◇――



廊下に出た所で、僕はユーリヤさんに声を掛けた。


「新しい部屋までお送りしますよ」


ユーリヤさんの部屋の状況、そして今、こうしてユーリヤさんとポメーラさんが僕達と一緒に廊下に出てきている事をかんがみれば、当然ユーリヤさんは、今夜は別の部屋で休む予定になっているはず。

ところが僕の言葉を聞いたポメーラさんが少し変な顔をした。


「部屋に送って下さる……とは?」


あれ?

もしかして単に僕等を見送るために廊下に出ただけで、ユーリヤさん達は今夜、この部屋で寝る?

それとも、この国では身分の高い女性を一般男性が“部屋に送る”のは、おかしい事?


「あ、でしたら……」


……ここでお別れしましょう。おやすみなさい。


言いかけて、ユーリヤさんの笑顔にさえぎられた。


「ではタカシさん、宜しくお願いしますね」


彼女はそのままポメーラさんと共に、僕とララノアを先導する形で廊下を歩き始めた。

やはり僕の予想通り、部屋を移るようだ。


廊下の角を曲がり、十数m程歩いたところでユーリヤさんが足を止めた。

彼女がにっこり微笑んだ。


「着きました」

「え?」


にっこり微笑む彼女が立っているのは、“僕に”割り当てられているはずの部屋の扉の前だった。

中ではターリ・ナハが、一人で留守番をしてくれているはず。

もしかして今夜からユーリヤさん達が僕の部屋に移動して、代わりに僕等――僕、ターリ・ナハそしてララノア――が別の部屋に移動するって事だろうか?


戸惑っていると、ポメーラさんがユーリヤさんにやれやれといった視線を向けた。


「このお話、タカシ様はご承知なさっていないように見えますが?」

「あら? おかしいですね?」


すっとぼけた感じで言葉を返すユーリヤさんにたずねてみた。


「え~と、もしかして、僕等も部屋替えでしょうか?」


ポメーラさんが僕の方に向き直って頭を下げた。


「申し訳ございません。やはりご承知では無かったのですね。事前にお知らせしようとはしたのですが、ユーリヤ様がご自身でお伝えするから、と……」

「そうでした!」


ユーリヤさんが、いかにも今、思い出したかのように声を上げた。


「色々あってついついお伝えしそびれていましたが、今夜だけ私達、タカシさんのお部屋にお邪魔させて頂く事になったんです」


“なったんです”って……

僕は苦笑した。


つまり、転移門絡みの騒ぎで、ユーリヤさんは当然部屋を移る事になった。

⇒急な話なので、新しい部屋の準備が間に合わなかった。

⇒仕方なく、僕の部屋で休むことにした。


現在の状況について、僕なりの推測を立てていると、ポメーラさんが口を開いた。


「本当でしたら、シードル様のお申し出に従って政庁の方にお移り頂ければ、お部屋もご用意出来ていましたのに……」


あれ?


「タカシさんもボリス達もここに残るのに、私だけ政庁に移動ってなんだか寂しいじゃない」

「私としましては、ユーリヤ様が、得体の知れない転移門が生じているこのお屋敷に留まる方が心配でございます。今からでも政庁の方に……」


ポメーラさんの言葉は確かに一理ある。

それによく考えたら、このままだと、ユーリヤさんと同じ一つの部屋で寝泊まりするって事になるわけで……


急に気恥ずかしさが込み上げてきた僕は、慌てて口を挟んだ。


「なんでしたら、僕が今から政庁までお送りしますよ?」


ユーリヤさんが少し悲しげな表情になった。


「もしかして私の事、お嫌いですか?」

「え? そんな事は……」

「就寝中に、いきなりアルラトゥが新たな転移門を開いて私を奇襲してこないとも限りませんし……今夜は私にとって“特別な存在”であるタカシさんに、すぐ傍で護って頂けるもの、とひそかに期待しておりましたのに……」


特別な存在って……

政庁の庭、月下にたたずむユーリヤさんのささやきが耳朶じだよみがえってきた。

自然、心拍数が上昇し、耳まで赤くなっていくのが自覚された。


ポメーラさんがやれやれといった表情になった。


「ユーリヤ様、おたわむれもほどほどになさって下さい。タカシ様が困ってらっしゃいますよ?」

「あら? 私は至って真剣よ。だって私、タカシさんにはちゃんと……」

「ユ、ユーリヤさん!」


謎の危機感に駆られて思わずユーリヤさんの言葉をさえぎってしまった。


「はい、なんでしょう?」

「もう真夜中ですし、こんな所で立ち話も何ですし……」


……僕はボリスさんの部屋にでも行って、泊めてもらいますね。


言外げんがいの意をみ取ってくれる事を期待したのだが……


「そうですね。では……」

「あ、ちょっと!」


止める間も無く、ユーリヤさんが扉をノックした。

すぐに扉が開かれ、中からターリ・ナハが顔をのぞかせた。


「おかえりなさい。遅くまでお疲れ様でした」



部屋に入ると、僕がいつも使わせてもらっているキングサイズ第364話のベッドとは別に、クイーンサイズのベッドとシングルサイズのベッドが、それぞれ一つずつ運び込まれている事に気が付いた。

先程ララノアを連れ出す時にも一度この部屋に寄ったけれど、バタバタしていたし、その時には気付かなかったようだ。

まあとにかく、ベッドの間には仕切り板も設けられているし、日付も変わってしまっているし、とにかく今夜は早く寝てしまおう。

そうすれば余計な事でドキドキしなくて済みそうだ。


明日になれば、多分、スサンナさんやボリスさん達が、ユーリヤさんを、政庁に新たに用意されているという彼女の部屋へと連れて行って連行してくれるんじゃないだろうか?


“タカシさんのベッド、一人で寝るには広過ぎますよね?”等と妙にハイテンションな雰囲気のまま、同じベッドに入ってこようとするユーリヤさん。

そんなユーリヤさんをクイーンサイズのベッドへと引っ張って行く、絶対心の中では溜め息ついているであろうポメーラさん。

“わ……私が……今夜はお傍で……警戒(アルラトゥに対してって理解で正しい……よね?)……”等と口にしつつ、なぜかいつも以上に僕にまとわりついてくるララノア。

そして一人、生暖かい目で僕等の様子を眺めているターリ・ナハ、


うん早く寝よう。


早々にベッドに潜り込んだ僕は、やはり疲れが溜まっていたのであろう。

すぐに夢の世界へといざなわれて行った。

…………

……


……

…………


「……カシさん、朝ですよ……」


甘くとろけるようなささやき……ってえっ!?

目を開けると、ユーリヤさんの顔が視界一杯に広がっていた。

さっきから僕の鼻腔をくすぐるのは、彼女の瑠璃色に輝く髪からほのかに香るローズ系の……


「うわっ!?」

「きゃっ!」



勢いよく飛び起きた僕に驚いたらしいユーリヤさんが、小さな悲鳴を上げた。


「タカシさん、びっくりさせないで下さい!」


ベッドの端にもたれかかり、ねたような表情で抗議してくる彼女の姿は、ドキッとする位可愛く……じゃな~~~い!


「え~と、何してるんですか?」


彼女がキョトンとした。


「何って、そろそろ朝食の時間なので、起こしてあげただけですよ?」

「それは……ありがとうございます。ですが、今度からはもう少し普通に起こして頂ければ、より感謝の度合いが増すと申しますか……」


彼女がにっこり微笑んだ。


「そうですね。明日の朝は、もう少し違う方法を考えてみます」

「お願いします」


答えてから気が付いた。

いや、ユーリヤさん、今夜は政庁に用意されている部屋で寝る……んだよね?



屋敷のダイニングでシードルさん達も交えて朝食を頂いた後、一旦、一緒に部屋まで戻って来たユーリヤさんが僕に話しかけてきた。


「少し二人で話しませんか?」


なんだろう?

もしかして、昨晩の“お返事”を迫られるんじゃ……


しかし特に断る理由も見つからない僕は、ターリ・ナハとララノアに留守番を頼んでから、ユーリヤさんと一緒に再び部屋をでた。

彼女は僕を三階のバルコニーに連れて行った。


頬を撫ぜる風は少し冷たかったけれど、晴れ渡った空は僕を清々しい気分にしてくれた。

バルコニーの端に立ち、街の方に視線を向けながら、やおら彼女が切り出した。


「タカシさん、一つ提案があるのですが」

「なんでしょうか?」

「今日、準備が整えば州都モエシアに向かいませんか?」

「え?」


彼女の唐突な提案に、僕は思わず彼女の顔を見返してしまった。


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