第442話 惨夢
6月17日 水曜日56
イヴァンとニヌルタが去った後、名状し
魔力砲を奪取して帝国軍を自主的な撤退に追い込む作戦は、
それどころか、作戦に参加してくれたレイラ達、ルキドゥス側の貴重な戦力となり得るはずの優秀な人物が全員、無為に殺された。
ルキドゥスを守る結界のまさに
僕自身は、もはや、この世界の誰にも――メルに対してさえ――干渉出来ない状態になっていた。
そのまま呆然と立ち尽くす事……1分……5分……10分……
ところが、いつまで経っても状況に変化は生じない。
この悪夢のような
いつのまにか夕闇は濃くなり、それは夜の
あれからどれくらい時間が経ったのだろうか?
時間の感覚が狂いそうになってきた頃、僕はふと違和感を覚えた。
違和感の方向に視線を向けて、僕はその正体に気が付いた。
空の一角が明るくなっている。
まるで何かが炎上……はっ! まさか!?
僕は反射的に懐から『追想の琥珀』を取り出していた。
僕の想いに応じるかのように、ポップアップが立ち上がった。
ルキドゥスに【転移】出来そうです。
【転移】しますか?
▷YES
NO
【転移】した先、ルキドゥスを内包する大樹は、原形を留めない程にまで破壊され、炎上していた。
吹き上がる炎が夜空を焦がし、半壊した
悲鳴を上げ、逃げ惑う彼等、彼女等の頭上に、帝国軍側から
火だるまになって転げ回る小さな子供。
阿鼻叫喚の地獄絵図の中、誰にも干渉する事が出来ず、そして誰からも干渉される事も無く、僕は一人、
ゆっくりと、静かに、感情が死んでいく……
惨状という言葉では到底表現しきれないその情景に、僕はいつの間にか背を向けていた。
自然と帝国軍側を向く事になった僕は、帝国軍の陣営の一角に、一段高くなった壇が設けられている事に気が付いた。
壇上に設置された椅子に、何者かが悠然と腰を下ろしていた。
帝国軍側で焚かれている
イヴァン!
そんな場所に悠然と腰を下ろし、文字通り高みの
この地に隠れ住み、ただ平凡な日常を送っていただけの大勢の人々の、確実に約束されていたはずの平凡な未来を、これ以上無いくらい理不尽な形で奪おうとしているお前が?
うすら笑いを浮かべながら、惨劇をただの観衆のように楽しむつもりか!?
お前だけはっ!
お前だけは、絶対に殺す!
例えこの世界でお前を殺せないとしても。
元の世界に引き戻された後も、必ずお前を見つけ出して殺してやる!
ドス黒い感情が内側から湯水のように沸き立ち、
全身の血液が沸騰し、全てを黒い感情に
僕の視界が一人の少女の姿をとらえた。
少女はイヴァンが座る椅子のすぐ
メル……!
僕は帝国軍の陣営を突っ切り、壇上に駆け上がった。
そして彼女の
彼女の
僕の両手はむなしく空を切った。
「メル!」
僕の必死の呼びかけにも関わらず、彼女からは何の反応も返ってこない。
座り込んでいる所を見ると、幸い、あれから意識は回復したのだろう。
しかし開かれた彼女の瞳には、僕を含めて一切の光は届いていないように見えた。
「メル……」
僕の両の目から、涙が止めども無く
自然に口が動いていた。
「
既に触れる事も出来なくなっている僕の声が彼女に届く事は無い、と頭では分かっていても、勝手に口が動いていく。
「僕を恨んでくれてもいい、憎んでくれてもいい。だけど……だけど、今から君が歩む道がどんなに苦しくて悲惨でも、
涙で視界がぼやける中、声が届いた。
「タカシ……さん?」
聞き間違いかもしれない。
しかしそれは地獄の暗闇に差し込んだ一筋の光明のようで……
「メル!」
思わず抱きしめた僕は、彼女の温もりを両腕の中に……感じ取る事が出来た!
「タカシさん……」
僕の胸の中に顔をうずめるメルの
僕は思わず彼女の首元に視線を向けた。
そこには奴隷の首輪と共に、あの封印の首輪も
封印の首輪は、対象の特殊能力を――
しかし彼女の
「私、誰の事も恨んだり憎んだりしていないよ……」
なぜ今彼女を抱きしめられるのか、なぜ今彼女と会話を交わせるのか、そんな疑問はどこかへ消し飛んだ。
なんだっていい。
彼女を感じられるなら!
「だけど僕は……」
言葉が続かない。
メルが再び
「私、待っているから……」
「メル……」
「タカシさんが戻った先の世界で、私……」
「メル、君は……」
凄まじい光が僕の視界を埋め尽くしていく。
それっきり、僕は…………
……
…………
夢から覚めるように、視界がはっきりしていく。
同時に右斜め上方から光が射し込んできている事に気が付いた。
光の方向に視線を向けると、上方数m位の所に浮遊する光球が確認出来た。
周囲に視線を向けると、僕が今居る場所が、暗闇に包まれた巨木が林立する林間の小広場と言った雰囲気の場所である事も確認出来た。
冷たい風がそっと頬を撫ぜて行く。
右の手の平の上で、あの世界に
僕はその
そこには、あの世界で“アルラトゥ”から託された“もう一つの”『追想の琥珀』が、確かに存在する事が感じ取れた。
あの世界を僕に“視せた”と思われるアルラトゥは、既に姿を消していた。
代わりに、彼女が立っていたはずの場所に、
『
振り返ると、僕の後方数m程の場所に、ティーナさんが設置するワームホールによく似た、楕円形に揺らめく“何か”が二つ出現していた。
これがメッセージにある、“転移門”であろうか?
近付いてみると、それぞれの“転移門”を通して、向こうの情景が魚眼レンズを通したかの如く見えていた。
一方は、この世界の月光に照らし出される半壊した城壁、そしてもう一方は……
僕が向こう側の情景を確かめようとしたそのタイミングで、“転移門”を、何者かが
その人物はそのまま僕に抱き付いて来た。
僕は慌ててその人物を腕の中に受け止めた。
「タカシ殿!」
「ユーリヤさん?」
僕の腕の中、こちらを見上げる形になっている彼女の顔に浮かぶ、安堵の表情が見て取れた。
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