第427話 対峙


6月17日 水曜日41



林間にぽっかり空いた穴のようなその小さな空き地で、金色の重装鎧を身にまとい、ハルバートを手にした巨漢の戦士と“アルラトゥ”が対峙していた。

思わずそこへ駆け寄ろうとした瞬間、“アルラトゥ”の鋭い叫び声が響き渡った。


「余計な手出しはするな!」


それは背後で見守るダークエルフ達に向けられたものなのか、或いは僕に向けられたものなのかは定かでは無かったけれど。

とにかく、僕の足が止まったタイミングで、“アルラトゥ”が巨漢の戦士に問い掛けた。


「そなたは何者じゃ? なぜ我等の仲間の命を奪った?」


僕から見て二人が対峙している場所のさらに後方、数m程の位置に、血まみれになった何者かがうつ伏せに倒れているのが見えた。

既に息絶えているのか、微動だにしない。

先程メルが口にしていた“ドルメスの死”という言葉が脳裏をよぎった。


“アルラトゥ”と対峙する巨漢の戦士は、兜をかぶっていなかった。

赤茶けた短髪、無精ひげで覆われた口元。

男の口元がニヤリとゆがんだ。


「なぜ? 質問の意味が分からん。帝国法では、首輪も付けずにうろついている野良の人モドキはどう扱っても良い事になっている。おまけにそいつは矢をつがえ、俺に狙いを定めてきたではないか? 逆に聞くが、そいつを殺さずに済ませる方法があったのなら、聞かせてもらいたいくらいだ」

「違う! ドルメスは警告を発していただけだ!」


僕の周囲にいるダークエルフの一人が叫んだ。


「侵入者のお前に武器を置くよう要求しただけだ。それなのに……」

「控えよ!」


“アルラトゥ”の鋭い声が、ダークエルフの言葉をさえぎった。

彼女が巨漢の戦士に再び問い掛けた。


「つまり、そなたは帝国に所属する軍人という事か?」

「そうだ。帝国の支配に背を向け、闇にひそむ人モドキ共のアジトがあると聞いてこの地に参った。大人しく降伏するなら族滅はしない。使えそうな奴はちゃんと奴隷として生きる道を残してやる」

「その言い方じゃと、使えぬ判断になった者の命は奪うと聞こえるぞ?」


巨漢の戦士が鼻で笑った。


「当然だろう? 役立たずの人モドキ共を飼う趣味は、少なくとも俺には無い」


その言葉を聞いたダークエルフ達の雰囲気が、一気に不穏なものへと変わるのが感じられた。


「たった一人で乗り込んできて、何様のつもりだ!」

舞女みこ様! やはりそいつは直ちに殺すべきです!」

「ドルメスのかたきを!」


激昂したダークエルフ達が次々と上げる叫び声を、“アルラトゥ”が一喝した。


「静まれ!」

「しかし舞女みこ様!」

「ここはわしに任せよ」


人々の言葉を耳にしながら、僕は周囲の状況を再確認してみた。

今僕等が居る場所は、巨木がまばらに林立する林の中だ。

僕等の周囲にいるダークエルフ達は男女合わせて16名。

皆、統一されたデザインの緑の軽装鎧で身を固めている所を見ると、ドルメスやレイラ達同様“守護騎士団第424話”に属している“騎士”達なのかもしれない。

そしてすこし離れた空き地では“アルラトゥ”と巨漢の戦士が対峙している。

戦士の少し後方には、ドルメスと思われる人物が血の海の中に倒れている。

そしてそれ以外見える範囲内、周囲にまばらに林立する巨木の間も含めて、他の人影は見当たらない。

つまりこの巨漢の戦士は、先程ダークエルフ達の一人が口にしていた通り、たった一人でここへ“侵入”してきた?

その割には、この人数十数名の“ダークエルフ”を前にして、不敵な笑みを浮かべ続けているのは違和感しかない。


“アルラトゥ”が巨漢の戦士に声を掛けた。


「そなたも一軍の将帥しょうすいであるなら、そろそろ名乗ってはどうか?」

「ほう……」


巨漢の戦士の目が細くなった。


「なぜ俺の事を“一軍の将帥”と思った?」

「知れた事よ」


“アルラトゥ”が巨漢の戦士の背後を指差した。


「向こうにそなたの配下とおぼしき千を超える将兵がひかえておるではないか?」


僕の周囲のダークエルフ達の間にざわめきが起こり、皆、一斉に“アルラトゥ”のし示した方向に顔を向けるのが見えた。

僕も釣られるようにして、その方向に視線を向けてみた。

しかし先程までと同様、そこにはまばらに林立する巨木が見えるのみ。

大勢の兵士がひそんでいるようには感じられない。

それに、もし千を超える兵士がひそんでいれば、僕はともかく、僕よりも確実に魔法にけているであろう他のダークエルフ達が気付かないというのも不思議な話だ。


「ワッハッハッハッハ!」


巨漢の戦士が弾けるように笑い出した。


「女、お前のその目のおおいいは飾りか?」


“アルラトゥ”は言葉を返さない。

巨漢の戦士はそれを気にする様子も見せず、言葉を続けた。


「ただの盲目の人モドキかと思っていたが、気に入ったぞ。喜べ。お前は降伏してもちゃんと奴隷として生きる道を残してやる」

「勘違いしておるようじゃが……」


“アルラトゥ”がゆっくりと言葉を返した。


「わしは奴隷として生きるつもりはない」


巨漢の戦士の口元が残忍に歪んだ。


「では無駄にあらがってこの地で滅び去るか? 俺は別にそれでも構わんぞ」


僕の周囲に居るダークエルフ達が一斉に武器を構え直した。

僕自身にも緊張が走る。

もし抗戦する事になるのなら……

“アルラトゥ”が渡してくれた“お守り”――姿を隠す効果が有るらしい――があの巨漢の戦士にも通用するのなら……

例えスキルが全て使用不能でも、レベル104のステータス値を生かす事が出来れば……

すきを見て武器を奪い、指揮官と思われる巨漢の戦士を倒せば、メルや“アルラトゥ”を含めて、ダークエルフ達が退避する時間を稼ぐ事は可能なのではないか?


そんな僕等の雰囲気を知ってか知らずか、“アルラトゥ”が巨漢の戦士に言葉を返した。


「つまりそなたは我等にも“帝国法”に従え、と。そう申すのじゃな?」

「当然だ。この大陸は皇帝陛下の御威光にあまねくひれ伏すべき土地。そこに一切の例外は許されない」

「分かった。我等も“帝国法”に従おう」


“アルラトゥ”の意外な申し出に、周囲に居るダークエルフ達が混乱したような声を上げた。


舞女みこ様!?」

「一体何を!?」


“アルラトゥ”はそれを手で制しながら、言葉を続けた。


「それではわしからも“帝国法”にのっとり、そなたに申し入れを行いたい」

「人モドキが何を申し入れるというのだ?」

「決闘じゃよ」


その言葉を耳にした巨漢の戦士の目が大きく見開かれた。


「決闘だと?」


“アルラトゥ”が頷いた。


「“帝国法”には、双方の主張が相克そうこく(※食い違う事)した場合、その主張が名誉に関わる事、双方の同意が有る事、第三者の立ち合いが有る事等を条件に、裁判を経ずして決闘にて決着する事を認める、とあるはずじゃ」


巨漢の戦士が、先程にも増して大きな声で笑い出した。


「ワッハッハッハ! その申し出、冗談だとしたら、今まで俺が生きてきた25年間で恐らく一番の面白さだぞ?」

「このような大事、冗談で口にはせぬ。それに“人モドキ”との決闘を“帝国法”は禁じてはおらぬはずじゃが?」


ひとしきり笑った後、巨漢の戦士が言葉を返してきた。


「確かに帝国法では人モドキとの決闘を禁じてはおらぬ。しかし女、このようなアジトに隠れ住んでいる割には帝国法について詳しいのは何故なぜだ? 解放者リベルタティスどもと定期的に連絡でも取り合っていたか?」

「それを言うなら、そなた達こそどうやって霧境けっかいを越えてこの地に入り込めた? 大戦を生き残った魔族あたりから情報でも入手したか?」


巨漢の戦士が感心したような雰囲気になった。


「さすがは人モドキどもの首魁と言うべきか。しかし実に惜しい」

「惜しいとは?」

「お前は今から俺と決闘して命を落とす。そうなれば奴隷として生きる道も絶たれてしまう。俺はお前の事を気に入った。今からでも遅くない。降伏しろ。50匹位までなら、奴隷として生かす人モドキ、お前に選別させてやってもいいぞ?」


“アルラトゥ”の口元に笑みが浮かんだ。


「つまりわしとの決闘を受ける、という事じゃな?」


巨漢の戦士の口元にも不敵な笑みが浮かんだ。


「よかろう。その決闘、帝国第一軍団長にして中部辺境軍事管区長イヴァン第281話=グロームが名誉の名のもとに受けよう」



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