第405話 F級の僕は、富士第一100層を訪れる


6月17日 水曜日19



30分後、僕は謎の留学生エマに扮したティーナさん、そして関谷さんと共に、富士第一100層のゲートキーパーの拠る白亜の巨大ドーム――ゲートキーパーの間――内部に通じる巨大な扉の前に立っていた。

周囲には地平線の果てまで起伏の乏しい大草原が広がっている。

陽光が降り注ぎ、吹き渡る風を頬に感じていると、ここが富士第一100層というダンジョン内部である事を忘れてしまいそうになる。

とはいえ、99層までの構造がそうであったように、この場所で地平線の果てを目指してみても、いずこかの地点で不可視の壁に行く手を阻まれるはずなんだけど。


そんな事を考えていると、ティーナさんが口を開いた。


「そろそろ行きマショウ。今まで通り、私が皆サンヲ障壁シールドで護りマスカラ、中村サンと関谷サンは、自分達の得意な手段でゲートキーパーを攻撃して下サイ」

「了解」

「分かりました。皆さんの足を引っ張らないように頑張りますね」


ちなみにここに来る直前、僕の部屋で最後に時計を確認した時、時刻は午後3時半過ぎだった。

日本と4時間の時差が有るネルガルのトゥマで、僕はお昼の12時半、つまり日本時間の午後4時半からユーリヤさん達と昼食を共にする予定になっている。

まあどのみち今までの経験上、1時間もあれば斃すか撤退するか、とにかくゲートキーパー戦に区切りを付ける事が出来るはずだ。

とはいえ言い換えれば、トゥマでの昼食の時間まで1時間しかないわけで、右隣に立つ関谷さんに、今僕が置かれている状況――“エレシュキガル”からの接触が有った――について詳しい説明は出来ていない。

何も聞かずに笑顔で僕を手伝ってくれている彼女には、あとできちんと時間を作って説明しないといけないだろう。


巨大な扉を押し開け、二人と一緒にゲートキーパーの間内部に足を踏み入れた瞬間、今まで感じた事の無い位強烈な眩暈めまいが襲ってきた。

思わず額に手を当てながら目をつぶってしまった僕は、しかしすぐに目を開けて今の感覚について隣に居るはずのティーナさんに話を振ろうとして……一瞬、固まってしまった。


ティーナさんがいない?


慌てて周囲に視線を向けてみたけれど、関谷さんの姿も見当たらない

おまけに今しがた通り抜けて来たはずの巨大な扉さえも消え去っている。

背後の扉があった“はずの”場所は、単なる壁と化している。

改めて周囲の状況を確認してみると、白っぽい大理石を思わせる素材で出来た巨大な柱が何本もそそり立っているのが見えた。

頭上遥かには、柱が支えているのであろう天井が淡い燐光を放っている。

視線を前方に向けてみると、10数m程先は暗がりに消えており、遠くを見通す事は出来ない。

しかしとにかくなんらかの閉鎖空間に居る事だけは確かなようだ。


99層までのゲートキーパーの間内部は柱も無く、単にだだっぴろいだけのドーム状の大広間だった。

明るさに関しても、ここまで暗くは無かった。

まあ、100層目のゲートキーパーの間内部が、99層までと同じ構造になっていないといけないという理屈は無いんだけど。


とりあえずこれが現実かどうか確かめるべく、僕はスキルを発動した。


「【看破】……」


しかし周囲の状況に変化は生じない。

どうやら別段、僕が幻惑の檻に閉じ込められている訳では無いようだ。

ならば何が起こっている?

まさか、いつの間にかまた知らない時代に飛ばされ……


不安感が急速に膨れ上がろうとした時、右耳に装着した『ティーナの無線機』を通じて囁き声が届けられた。


『中村サン、今どこにいマスカ?』


関谷さんと一緒にいるのだろうか?

声音はティーナさんだが、謎の留学生エマの話し方をしている。

それはともかく、ティーナさんの声を聞いた事で、心の中の不安感が幾分和らぐのを感じた。


「多分ゲートキーパーの間の内部だとは思うんだけどね……」


僕は簡単に今いる場所の情景について説明した。


「……それで、二人の今の状況も教えてもらってもいいかな?」


ティーナさんからはすぐに囁きが返ってきた。


『実は私と関谷サン、ゲートキーパーの間に入る事が出来なインデスよ』

「入る事が出来ない?」

『はい。中村サンと一緒に扉を通り抜けた瞬間、私と関谷サンだけ、扉の外に戻サレテいました』


扉の外に?

戻された?


僕はトゥマ防衛戦で、召喚門に近付こうとして近付けなかった時の事を思い出した第349話


「もしかして扉に何かの仕掛けが施されている?」


扉を開けて内部に入った瞬間、外に押し戻す、つまり転移させるトラップなんかが存在してもおかしくないような気がする。

ならばなぜ僕だけそのトラップに引っ掛からなかったのかが分からなくなるけれど。

少しのを置いて、ティーナさんの囁きが返ってきた。


『或いは……何者かが私と関谷サンが内部に入るのを妨害してイルノカモしれマセン。中村サンは通り抜ける事が出来たようデスガ、私達は何度試しても外に戻サレテシマイますから』


状況を整理すれば、僕が今いる場所は、やはり富士第一100層のゲートキーパーの間って事になるようだ。

そしてティーナさんと関谷さんは、ゲートキーパーの間内部に通じている“はずの”扉の前に居る。


ここまで考えた時、僕は重要な事実を思い出した。


「実は扉が見当たらないんだよね」

『扉が?』


怪訝そうな雰囲気の囁き声が返ってきた。


「うん。今、壁際にいるんだけど、入ってきたはずの扉が見当たらないんだよね」


話しながら改めて壁を探ってみたけれど、別段、外部への扉が隠されている感じはしない。


『それナラ、中村サンの持っている“ワームホール生成器”を使用してミルノハどうデショウか?』


ワームホール生成器……

つまり『ティーナの重力波発生装置』を使用して、ティーナさんに、今僕が居る場所の座標を伝えて欲しいって事だろう。

ティーナさんは、座標さえ分かればいかなる場所――少なくとも、その地点が僕等の世界に属していさえすれば――にワームホールを繋ぐ事が出来る。

ティーナさんがあえて“ワームホール生成器”云々の話を持ち出したのは、傍で僕等の会話を聞いているであろう関谷さん向けって事だろう。


「了解。早速使ってみるよ」


僕はインベントリを呼び出して、中から『ティーナの重力波発生装置』を取り出した。

そして装置を握り締めながらMP10を流し込んでみた。

数秒後、僕のすぐ脇の空間が渦を巻き始め、すっかり見慣れた感のあるワームホールが出現した。

ワームホールの向こう側、魚眼レンズを通したような情景の中、謎の留学生エマに扮したティーナさんと関谷さんが、こちら側を覗き込んでいるのが見えた。

僕が笑顔で手を振ると、彼女達も安心した雰囲気で、連れ立ってワームホールを潜り抜けてこちら側へとやってきた。


富士第一100層ゲートキーパーの間内部と思われる場所に降り立ったティーナさんは、周囲に探るような視線を向けた後、少しいぶかしそうな表情になった。


「ところでゲートキーパーは?」

「ゲートキーパー……あれ?」


そう。

ここが富士第一100層のゲートキーパーの間内部であるならば、当然ゲートキーパー――神樹と相同であればそれはブエルであるはず――が僕等を“出迎えて”しかるべきだ。

しかし目を凝らしてみても、それらしき存在は見当たらない。


「もっと奥にいるのかも?」


関谷さんの言葉を受けて、ティーナさんが口を開いた。


「とりあえず進んでみマショウ」


僕等は三人固まって戦闘態勢を維持しつつ、前方の暗がりに向けてそろそろと歩き出した。

しばらく進んでいく内に、再びティーナさんが口を開いた。


「中村サン、以前、500年前のイスディフイに飛ばされたって話をしてくれマシタヨね」


かつて僕が500年前のイスディフイに召喚され、魔王エレシュキガルを封印するに至った話は、ティーナさん、関谷さん共に知っている。

そして最初は気付かなかったけれど、しばらく歩いた今、ティーナさんがなぜこの話を突然持ち出したのか、僕にも理解出来た。


「もしかしてこの場所、僕が500年前のイスディフイを訪れるきっかけになった富士第一内部の謎の空間に似ていないかどうか、確認したくなった?」



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