第404話 F級の僕は、ティーナさんの言葉に耳を傾ける


6月17日 水曜日18



「ティーナ……」


すぐにティーナさんからの囁きが返ってきた。


『Takashiおかえり。もう準備は出来たの?』


1時間前、僕はティーナさんと富士第一100層のゲートキーパー攻略に向かう事を約束していた。


「その事なんだけどね……」


僕はつい先程、“エレシュキガル”が本当ならアリアが持っているはずの念話を通ずる魔道具、『二人の想い』を使って、僕にコンタクトを取って来た事を説明した。


「……そんなわけで申し訳ないけれど、しばらく100層攻略は延期してもらってもいいかな? どのみちこんな精神状態で向かっても、99層のグルシオン戦第394話より酷い事になるかもしれないからさ」


自嘲気味に話し終えた後、しかしティーナさんからの囁きがなかなか返ってこない。


「ティーナ?」


僕の呼びかけに、ようやくティーナさんが囁きを返してきた。


『Sorry. そういう事情なら……って言いたい所だけど、少し確認のための質問をさせてもらってもいい?』

「どうぞ」

『まず一つ目。AriaとChrisに連絡取れなくなったのって、確か二日前って言っていたわよね?』

「そうだよ」


アリアとクリスさんの二人と連絡が取れなくなっているのに気付いたのは、二日前、トゥマの防衛戦が終了した直後の事だ。


『もしその時点で二人が“Ereshkigal”に捕らえられていたとすれば、そして“Ereshkigal”がTakashiと“話をしたい”のなら、どうして今までcontactを取ってこなかったのかしら?』

「それは……」


言われてみれば、なぜ今になって接触してきたのだろうか?

まさかここ二日間、二人と戦い続けていて、今日になってようやく制圧して、アリアから『二人の想い(左)』を取り上げる事が出来た?


少々突飛な発想が頭の中に浮かんだところで、ティーナさんから再び囁きが届いた。


『Takashiにも明確に思い当たるふしは無いって事ね?』

「そうだね。言われて初めてなんでだろうって、改めて感じてしまったよ」

『まあいいわ。それじゃあ二つ目の質問。100層のgatekeeperはどんなitemを落とすのかしら?」


エレンから聞いている話では、神樹第100層のゲートキーパー、ブエルが落とすアイテムは、『精霊の鏡』。

そこに封じられている精霊と契約出来れば、『エレンの腕輪』の能力を飛躍的に向上第231話させる事が出来るらしい。

神樹と富士第一との相同性から、富士第一100層のゲートキーパーもブエルであれば、『精霊の鏡』を落とすはず。

そういう推測の元、とりあえず僕は攻略がより進んでいる富士第一で100層を目指してきたのだ。

今までなんとなく説明しそびれてきたけれど、別に殊更ことさら秘密にするような話でも無いだろう。


「神樹第100層を護るゲートキーパー、ブエルが落とすのは『精霊の鏡』っていうアイテムらしいんだけどね……」


僕が以前エレンから聞かされている話をそのままティーナさんに伝えた。

僕の話を聞き終えたティーナさんは、先程僕が“Ereshkigal”からの接触について説明した時と同様、数秒程の沈黙の後、囁きを返してきた。


『おかしいわね……』

「おかしい?」


ティーナさんの意外な言葉に少し戸惑いを覚えながら、僕は言葉を返した。


『状況から推測すれば、“Ereshkigal”は二日前の時点でAriaとChrisを捕らえる事に成功した公算が高いわけよね? なのにこの二日間、Takashiに対して何のactionも起こしてこなかった。ところがTakashiがまさに100層に挑戦して非常に強力なitemを入手出来る最終段階に入った今、突然contactを取ってきた……』

「!」


ティーナさんの言葉を聞いている内に、僕の心の中にも、恐らくティーナさんが感じているのと同じである可能性が高い違和感が生じてきた。

そして僕は、その違和感の原因を説明出来るかもしれない情報を持っている事にも気が付いた。


「まさか……!」

『もしかして何か思い当たる事でも?』

「実は向こうの世界イスディフイでエレンが口にしていたんだけど、“エレシュキガル”はあらかじめ、今から起こる出来事を幻視しているかもしれないんだ」

『今から起こる出来事を幻視……つまり、未来を予知出来る?』

「詳細は不明だけどね。エレンの話では、ノエミちゃん……光の巫女もやっぱりその可能性を指摘しているって」

『なるほど……もし“Ereshkigal”が未来を予知しているのなら……今の段階でTakashiの心を揺さぶるような形でcontactを取ってきた目的は唯一つ』


僕はティーナさんが出すであろう結論と思われる言葉を口にしてみた。


「僕が100層のゲートキーパーに挑戦して『精霊の鏡』を手に入れる事を阻止するため?」

『そうね。それしか考えられないと思わない?』


確かにそう考えれば合理的……なような気がするけれど……

なんだろう?

何か喉の奥に引っ掛かって取れない小骨のような気持ち悪さが急速に込み上げてきた。

その気持ち悪さの正体に僕が気付くより早く、ティーナさんからの囁きが届いた。


『ただし私達の推測が正しいと仮定すれば、本物では無いとしても、その“Ereshkigal”もまた恐るべき敵という事になるわね』

「それは……州都モエシアを一瞬で滅ぼしたりしたから?」

『都市一つ、一瞬で滅ぼす程度なら、その気になれば私達の世界のS級達の中にも可能な者は何人か存在するわ』


今ティーナさん、さらっと、とても怖い事を口にした。


それはともかく、僕の少々“的外れ”な感想に気付く様子もなく、ティーナさんが囁きを続けた。


『本当に“Ereshkigal”が脅威なのは、彼女が異なる世界の壁を越えて、私達の世界地球で起こり得る未来をも正確に予知しているかもしれない点よ』


そうだ。

先程僕の中に生じていた気持ち悪さの正体はまさにそれだ。

僕等が辿り着いた推測が正しければ、“Ereshkigal”は僕等の世界地球の事情――富士第一という神樹そっくりの特殊なダンジョンが僕等の世界に生じている事、そして僕等がそこで100層のゲートキーパー戦に臨もうとしている事――を正確に把握している、という事になる。


『それならチベットで私達の世界に向けて正確無比な反撃を行ってきたのも、本物では無く、今私達が話題にしている“Ereshkigal”が関わっていた可能性も出て来るって事になるわね』


僕は以前、嘆きの砂漠に出現している黒い結晶体を調べてくれたクリスさんが口にしていた推測第333話について思い返した。

あの時“Ereshkigal”は数日以上先の、しかも彼女から見れば異なる世界であるはずの地球のチベットで行われる作戦内容と推移を正確に予見して、事前に周到な準備を行った、という事だろうか?


『いずれにしてもその“Ereshkigal”もまた、容易ならざる相手と言えるでしょうね。だけど“Ereshkigal”が未来を予知して、それに基づく最適解を用意しながら行動しているとしたら、私達に十分付け入る隙があるわね』

「付け入る隙が“ある”?」


逆では無いだろうか?

僕は思わず聞き返してしまった。

未来を予知して最適解を得られる相手のどこに付け入る隙があるというのだろうか?


『そうよ。だって“Ereshkigal”は未来を予知して最適解を用意して事に当たろうとしているわけよね? ならば彼女の最適解を崩す、つまり彼女の予知した未来を変えてやればいいだけじゃない』

「未来を変える?」


そんな事が可能なのだろうか?


『Many-worlds interpretation』

「メニー……なんて?」

『日本語で言うと、多世界解釈ってやつね』


多世界解釈。

確か、誰かが何かの選択をした瞬間、違う選択をした世界は分岐していく……とかなんとか。


『量子力学の観測問題の解釈の一つよ。未来は確定していない。選択により無数の世界へと未来が分岐していくって解釈よ。一時は選択の瞬間、世界は一つに収束する、つまり未来は分岐せず、常に確定しているって言うCopenhagen解釈に押されていたけれど、現実に異なる世界、isdifuiからの干渉が観測された事で、今はこちらの考え方が主流になっているわ。要するに、“Ereshkigal”は恐らく数ある可能性の中から、自分の目的に最も合う未来に向けて最適解を用意して、あなたを誘導している可能性が大って事よ。ならばその思惑を崩してあげないと』

「具体的には?」

『それはもちろん、“Ereshkigal”があなたの心を揺さぶってまで阻止したかった可能性が高い『精霊の鏡』を入手する事よ』


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