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第401話 F級の僕は、カマラの境遇について教えてもらう
第401話 F級の僕は、カマラの境遇について教えてもらう
6月17日 水曜日15
話が一区切りついたところで、僕は改めてたずねてみた。
「ところでカマラはどうしてあんな場所に?」
カマラは刑務所の独房のような場所に、“一人で”“カギを掛けられて”閉じ込められていた。
ティーナさんが複雑そうな表情になった。
「Kamalaは捨てられたのよ」
「捨てられた?」
「そうよ」
ティーナさんの話によると、カマラはインド南部のスラムの生まれらしい。
家族は或る日突然、“化け物”が見えると泣き叫び始めたカマラに困惑した。
正規の医療機関を受診する経済力が無かった家族は、カマラを近所に住む
老婆が“儀式”を行ったけれど、カマラの症状に変化は見られなかった。
最後に老婆は、カマラは強力な悪霊に魅入られている、このまま一緒に暮らせば家族全員悪霊に取り殺される、と告げた。
結果、カマラは家族から捨てられた。
彼女は河原の掘っ立て小屋に閉じ込められた。
一日一回、母親だけが彼女の最低限の世話に訪れる毎日。
そんな状態が3ヶ月程続いた後、貧しい人々を支援しているNGO団体が、カマラの置かれている状況に気が付いた。
カマラの家族は、団体職員達の説得――そして金銭的支援――に折れる形で、カマラをチェンナイの精神病院に入院させる事に同意した。
そこは“病院”とは名ばかりの施設であった。
入院費用は破格の安さであったが、それは同時に何の治療も行われていない事を意味していた。
“患者”はただ閉じ込められ、外界から完全に隔離され続けるのみ。
そこは家族や地域から見捨てられた人々の最後の漂着先。
一度だけ、カマラの証言――小惑星の欠片が右目に飛び込んだ――を聞き知った当局の情報機関の人間がその病院を訪れた事が有った。
彼等はカマラに対して予備調査を実施した。
しかし彼等の期待とは裏腹に、カマラの右目を含めた体内から小惑星の欠片と思しき異物は、一切検出されなかった。
彼等はカマラの証言は、異常な体験――夜空を埋め尽くす流星雨という非日常に遭遇した事――により引き起こされた妄想であると結論付けた。
2ヶ月程前、ティーナさんはERENの仕事でインドを訪れた。
その際偶然、その情報機関の人間と“握手”する機会を得た。
当然カマラについての情報も入手出来たものの、その時はその重要性に気付かず、そのまま記憶の隅に片付けてしまっていた。
状況が変化したのは2週間前。
僕からイスディフイの
カマラの事を思い出したティーナさんは秘かに調査を実施し、カマラ本人と直接会う機会を得た。
自分の素性を隠すためインド人のお金持ち、
「私は直ちにその病院の経営者に面会を申し入れたわ」
「経営者に? もしかして、カマラの待遇を改善しろとか?」
ティーナさんが寂しげに首を振った。
「そんな事をしたら目を付けられて、後がやりにくくなるじゃない」
「じゃあ経営者に会って何を話したの?」
「病院のpatronになる事を申し出たの」
ティーナさんの言葉に、僕は少し驚いた。
「パトロン?」
ティーナさんがおどけたような表情になった。
「日本語だと支援者ね。こう見えて私、結構お金持ちなのよ?」
ティーナさんはS級だ。
日本だと1個10億円で取引されるSランクの魔石も、比較的容易に入手出来るのだろう。
それになによりアメリカ政府自身が、優秀なS級であるティーナさんをERENの職員に繋ぎ留め続けるために、莫大な報酬を用意しているであろう事は、想像に
ティーナさんが話を続けた。
「とにかく私は慈善事業に関心があり、偶然会ったKamalaが幼い頃に死に別れた妹の生まれ変わりにしか見えないからって理由をつけて、病院のpatronになる事を申し出た。毎月結構な額で支援する代わりに、私の望む時にKamalaと面会させて欲しいと伝えたら、一も二も無く快諾してくれたわ」
なるほど。
だから病院の職員達、ティーナさん――ハリシャに変装していたけれど――を見て、皆愛想が良かったんだ。
「それから私は、時間を見つけてはKamalaに会いに行った……」
最初は自分の殻に閉じこもっていたカマラも、ティーナさんの示す優しさに触れる内に、ポツリポツリとではあったけれど、色々な話をしてくれるようになった。
そしてある程度自分とカマラとの間に信頼関係が構築出来たとの感触を得た今日、こうして僕とカマラとを引き合わせた。
「今はまだ無理そうなんだけど、もう少しKamalaの心が落ち着いたら試したい事が有るの」
「試したい事?」
ティーナさんが頷いた。
「手を握り、記憶を覗ける状態で、Kamalaの右目でisdifuiを見てもらう。その情景をもし私も同時に視る事が出来れば、そこで交わされる会話を、私は理解出来るかもしれない。そして……その地が“500年前のisdifui”だと断定されれば、なおかつKamalaが“その場所”に辿り着く事が出来れば、だけど……」
ティーナさんが僕に試すような視線を向けて来た。
「魔王宮に至り、Ereshkigalを直接この目で確認してみたいと思っているわ」
魔王宮
闇の空中庭園
かつて僕がエレシュキガルと対峙し、彼女を封印した因縁の地だ。
時を越えなければ決して至る事が出来ないはずのその場所に、もしかするとティーナさんは辿り着けるかもしれない。
その可能性に想いを馳せる事は、不思議で奇妙で懐かしい感情を僕の中に呼び覚ました。
いつの間にか時刻は午後2時を過ぎていた。
という事は、
既に捜索隊はトゥマの街を離れ、活動を開始しているはずだ。
一度戻って様子を見てこようかな?
それとも……
僕はティーナさんにたずねてみた。
「ティーナは今から何か予定有るの?」
「そうね……」
ティーナさんは少し思案顔になった後、言葉を返してきた。
「そろそろ夕食の時間だから、一度Hawaiiに戻るわ。Takashiは何か予定有るの?」
「特に何も無いんだけど、僕も一度
「それじゃあ1時間後、もう一度ここに集合する?」
“ここに集合”の言い方が少しおかしくて僕は思わず笑みが
「ま、いいけど。集合してどうするの?」
「それはもちろん」
ティーナさんがにやりと笑った。
「富士第一100層でしょ?」
そう。
今朝、僕等はすったもんだが有ったとはいえ、ついに100層へのゲートを開く事に成功したのだった。
ティーナさんが言葉を続けた。
「せっかくだからSekiya-sanも呼びましょ」
「そうだね。彼女の魔法はとても頼りになるし」
「それにTakashiも可愛いSekiya-sanの前だと、実力も2割増し位buffが掛かるでしょ?」
「そんな事無いって……」
言葉を返しながら、しかし僕は少し考えた。
ティーナさん、もしかしてまだ朝の出来事――僕が関谷さんを抱きしめてしまった事――根に持っているな?
仕方ない。
ここはティーナさんのセリフを参考に、少々大袈裟な位、ティーナさんを持ち上げておこう。
「ティーナなら、居てくれるだけで5割増し位のバフ掛かるんだけどな~」
そう口にしながら僕はティーナさんの様子を観察した。
はたして今は小麦色の彼女の頬が赤く染まっていく。
「も、もう……そんな調子のいい事言っても私は騙されないんだから」
良かった。
ちゃんと騙されてくれているようだ……って違う!
彼女を持ち上げようと思っただけで、別に騙そうとしたわけじゃない。
とにかく素直に喜ぶ彼女の様子を見ていると、なんだか僕の方まで妙に気恥しくなってきてしまった。
「と、とりあえず、向こうの様子見て来るよ。ティーナも早くハワイに戻って、夕ご飯食べて来るといいよ」
「ふふふ、照れちゃって」
「それじゃあ!」
「あ、ちょっと……」
何か言いかけるティーナさんを振り切るようにして、僕は【異世界転移】のスキルを発動した。
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