第394話 F級の僕は、絶望と救いを同時に体験する


6月17日 水曜日8



戦闘開始直後、僕はとりあえず左手の人差し指にめた『アルクスの指輪』を用いて魔弓フェイルノートを召喚した。

そして死の矢を生成しようとして、少し考えてみた。


フェイルノートの性能を十二分に発揮させる、つまり死の矢を生成するにはMPを100消費する。

だけど今の所、グシオンの戦闘能力その他に関して、僕等は全く情報を持っていない。

グシオンが先程のシトリーのように攻撃から身を護る盾を用意していた場合、せっかくMPを100も消費して死の矢を生成しても、無駄になってしまうかもしれない。


僕は右耳に装着した『ティーナの無線機』を通して、一応ティーナさんに聞いてみた。


「グシオン、シトリーみたいにシールドで護られているかどうかって分かる?」

『今のトコロ、グシオンの周囲にシールドに類するヨウナ特殊な力場は感じないデスヨ』


ならば……


僕は弓を引き絞りながら、MP100と引き換えに死の矢を生成した。

そのタイミングでティーナさんから再び囁きが届いた。


『ただし攻撃を自動防御するスキルを持っている可能性はアルノデ、気を付けて下サイ』


僕は苦笑した。

ティーナさん、そういう事は、MP100消費する前に言って欲しかった……って、最後まで話を聞いてなかったのは僕だって突っ込まれるかもだけど。


僕は死の矢のやじりをグシオンに向けた。

それに対して、グシオンはなぜか何の行動も起こさず、ただじっとこちらに視線を向けているのみ。

軽い違和感を抱いたけれど、ともかく僕は死の矢を発射した。

解き放たれた矢はきりもみ状に回転しながら、グシオンへ向かって一直線に突き進んだ。

しかしその矢が命中する寸前、僕の目の前で奇妙な情景が展開された。


なぜかグシオンの少し手前、1m程の場所に差し掛かった途端、矢の速度が極端なまでに低下した。

それでもなんとかスローモーションのようにゆっくりと回転しながら進む矢が、グシオンの纏う紫のローブを突き破る寸前、なんとグシオンが真ん中から千切れるように、左右に分裂した。

矢は分裂した2体のグシオンの間をすり抜けると、再び速度を上げて広間の奥へと消えて行った。


僕は2体のグルシオンに視線を固定したまま、右耳の『ティーナの無線機』を介して、ティーナさんと関谷さんに囁きかけた。


「グシオンが分裂した。多分どっちかが本体だと思うけど、どっちが本体か分かる?」


しかしなぜか二人からの囁きは返って来ない。


「エマさん? 関谷さん?」


慌てて周囲に視線を向けた僕は、二人がそれぞれ複数体のグシオン“達”と戦っている真っ最中である事に気が付いた。


どうやらグシオンは、分身体を複数呼び出して戦うタイプのゲートキーパーのようだ。

確か92層のゲートキーパー、バティン第197話も、伝田さん達の話では分身体を呼び出して戦うタイプだった。

バティンはHPヒットポイントを凝集したコアを、分身体の間で自在に転移させる事が出来た。

斃すには、そのコアをピンポイントで攻撃しないといけなかったはず。

グシオンが同タイプのゲートキーパーだとしたら、少々厄介だ。


そんな事を考えながら、もう一度ティーナさんと関谷さんに呼びかけたけれど、彼女達からの囁きはやはり返って来ない。

グシオン本体?或いは分身体?との交戦で、囁きを返す余裕が無くなっているのかもしれない。


そう判断した僕は、フェイルノートをアルクスの指輪に戻した。

そして腰に差していたヴェノムの小剣(風)を抜いてから、【影】を1体呼び出した。

僕等の目の前には、2体のグシオンが、静かにたたずんでいた。

魔法の詠唱、その他の攻撃アクションを取ろうとしない彼等に少し違和感を抱いたけれど、とにかく攻撃してみないと何も始まらない。


僕は【影】に左側のグシオンを攻撃するよう命じてから、右側のグシオンに飛び掛かった。

しかしなぜかグシオンは応戦の構えを取らない。

再度違和感を抱いたけれど、とにかく僕は、右手のヴェノムの小剣(風)でグシオンの身体を斬り裂……あれ?


なんとグシオンは、僕に斬り裂かれた――正確には、何の手ごたえも無く、すり抜けたような感覚だったけれど――部分を中心として、再び左右に分裂した。


「!」


僕は咄嗟に左側で戦っているはずの【影】の様子を確認した。

そして奇妙な情景を目撃してしまった。


【影】は攻撃目標に指定したグシオンの目の前で、なぜか不自然な姿勢のまま、動きを停止していた。

攻撃するよう指示を出し直したけれど、【影】は動かない。

そして次の瞬間、【影】は砕け散ってしまった。


グシオンの攻撃!?


しかし周囲のグシオン“達”はただ静かにたたずむのみ。


先程からの違和感が益々大きくなってきた。

なんだろ?

レベル105の僕と同等の戦闘力を持っているはずの【影】がいとも簡単に破壊されてしまった。

当然、何らかの攻撃が行われたはずなのに、その攻撃を行ったと思われるグシオン達に、一切、動きが見られない。


まさか、念力みたいな不可視の力で攻撃してきた?


だとしたら益々厄介だ。

分裂出来る事と言い、不可視の攻撃手段を持つ事と言い、ここは一度撤退して、作戦を練り直した方がいいのでは?


そう考えた僕は、再度、関谷さんとティーナさんの方に視線を向けて……そのまま固まってしまった。

僕の視線の先、10m程向こうで、関谷さんが先程の僕の【影】のように不自然な姿勢のまま停止していた。

そしてそのまま関谷さんの身体が……砕け散ってしまった!

【影】の時と違い、血飛沫が舞い、床には引き裂かれた手足や胴体がばらばらと散乱していくのが視界に飛び込んできた。


「関谷さん!」


僕は絶叫しながら、関谷さんが居たはずの場所に駆け寄った。

しかしそこには血だまりの中、関谷さんだった肉塊が散乱するのみ。


その場にへたり込んでしまった僕の心を、暗い感情が埋め尽くしていく。


僕が……

彼女を巻き込まなければ……

彼女は……

こんな所で……


しかしそのまま暗い感情に溺れる寸前で、僕はもう一人の大切な仲間の事を思い出した。


「ティーナ!」


僕は立ち上がって叫びながら、周囲に彼女の姿を探した。


そして……


ティーナさんもまた、僕の目の前で砕け散ってしまった。


そんな……


今この瞬間、僕は絶望という言葉の真の意味を知った気がした。


自分の力に自惚うぬぼれて、安易にゲートキーパーに挑んでこのザマだ。

大切な仲間達を失ったにも関わらず、グシオンに反撃する糸口すら見出す事が出来ていない。

こんな事ならエレンの忠告通り、地球でゲートキーパー達に挑むべきでは無かった……


ふいに僕は、以前エレンがくれたスクロール第240話の事を思い出した。



―――死の呪法を封じたスクロール。レベル100以下なら、ゲートキーパーにも効果がある。



僕はインベントリを呼び出した。

そしてそこから『即死呪法のスクロール(Lv.100)』を取り出した。


ティーナさんと関谷さんの仇は必ず討つ!

その上で、二人の家族に自ら謝罪に行こう。

『エレンの祝福』の効果で即死無効な僕は、自らの命を差し出す事は出来ないかもしれないけれど、一生を掛けても、二人を死に追いやった罪を償っていこう。



僕は『即死呪法のスクロール(Lv.100)』を使用した。



刹那、強烈な眩暈めまいが襲い掛かって来た。

そして、聞き慣れた効果音と共に、ポップアップが連続して立ち上がった。



―――ピロン♪



グシオンを倒しました。

経験値107,077,840,996,929,000を獲得しました。

Sランクの魔石が1個ドロップしました。

夢見の腕輪が1個ドロップしました。



―――ピロン♪



『即死呪法のスクロール(Lv.100)』を使用したのでレベルが1下がります。

レベル105 ⇒ レベル104

それにともなって累積経験値も低下します。

4,262,833,852,662,320,000,000 ⇒ 2,744,287,948,362,700,000,000



グシオンを……斃した!

だけど、二人は……


僕の世界から永遠にこぼれ落ちてしまった大切な二人の……


「中村君! お疲れ様」


って……え?


夢でも見ているのだろうか?

僕の目の前に、ゼパルのマントを羽織った関谷さんが戸惑った様子で立っている。


「関谷……さん、だよね?」


喉を振り絞るようにそう問いかけた僕に、関谷さんが小首を傾げながら微笑みを返してきた。


「どうしたの? って、中村君!?」


僕は思わず彼女を抱きしめてしまった。


「な、中村君!?」

「良かった……関谷さん……」


もしこれが夢や幻なら醒めないでくれ!


僕はそんな想いを胸に、彼女をただ抱きしめ続けた。



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