第392話 F級の僕は、修羅場?を切り抜け、再度シトリーに挑む


6月17日 水曜日6



鈴木がスクーターで走り去るのを見送りながら、関谷さんが僕にたずねてきた。


「ねえ、鈴木さん、もしかして今朝も?」


関谷さんは、鈴木が僕にストーカー行為を行っている事を知っている。

僕は苦笑した。


「そうなんだよ。朝から部屋の前で張り込んでいたみたいでさ」


ティーナさんが、会話に加わってきた。


「今の鈴木サンって人……お二人の知り合いデスカ?」

「知り合いというか……」


関谷さんがそう答えながら僕に視線を向けてきた。

その視線を受ける形で、続きを僕が答えた。


「単なるストーカーだよ。気にしないで」


ティーナさんが目を細めた。


「私が中村サンの部屋に居たのを知って、“お前のカノジョは知っているのか?”と口にしていマシタけど」

「え~と、それは……」

「中村サンのカノジョって、もしかして関谷サンの事デスカ?」

「いや、だから……」


鈴木は行きがかり上、関谷さんの事を僕の彼女だと認識してしまっている。

そしてその事をティーナさんはまだ知らないはずだ。


さて、どこから説明しようか?


考えながら関谷さんに視線を向けた。

僕と視線が合った関谷さんは、なぜか目を泳がせた後、頬を染めてうつむいてしまった。

そしてそれを見たティーナさんの表情が、明らかに冷たくなっていく。


ティーナさんがまた口を開いた。


「あと、関谷サンが来たのを見て、“二股するならスケジュール管理位、しっかりやっとけよ”とも口にしていマシタケド」

「いやだからそれは、あいつの誤解……」


ティーナさんがにっこり微笑んだ。


「なるほど。つまり鈴木サンは、中村サンが本命の関谷サンがいるのに私を部屋に連れ込んデイタ、と誤解していたってわけデスネ?」


ティーナさん、顔は笑顔だけど、眉根がピクついているのを隠せていない。

そして関谷さんは、赤くなってうつむいているままだ。


……うん。

これ、僕は全然悪くない(はず)。

誤解を生む発言を不用意に連発して、挙句、さっさとこの場を立ち去った鈴木が一番悪い(はず)。

そもそも、呼んでもいないあいつが、朝から僕の部屋の前に陣取っているって状態がおかしいわけで。


「え~と、ティ……エマさん?」

「はい、なんデショウ?」


ティーナさん、満面の笑みで言葉を返してくれているけれど、眉がピクついたままだ。


「一応説明しておきますとですね……」


僕が口を開くと同時に、ティーナさんが、わざとらしい仕草でパンと両手を叩いた。


「そうだ! 忘れていマシタ!」


ん?

何だろう?


「私達、大事な事を相談するタメニ集まっていたのデシタ」

「大事な事?」


思わず問い返した僕に、ティーナさんが、明らかに大袈裟な感じで周囲に視線を向けながら、囁いて来た。


「富士第一の件デスヨ」


そうだった。

鈴木に掻き回されたせいですっかり忘れていたけれど、大学で授業を受けていた関谷さんをわざわざ呼び出したのは、富士第一98層のゲートキーパー、シトリーのプラズマへの対処を一緒に相談する為だった。


「こんなトコロデ立ち話も何ですし、中村サンの部屋に戻りマセンカ?」



部屋に戻ってきた後、なぜかティーナさんは先程の話を蒸し返す事無く、関谷さんに、富士第一98層のゲートキーパー、シトリーについて説明し始めた。


「……そんなワケデ、関谷サンにはシトリーのプラズマをどうにかしてモラエレバ嬉しいのデスガ」


ティーナさんの話を聞き終えた関谷さんは、しばらく考える素振りを見せてから口を開いた。


「実際、どうにか出来るかどうかは、見てみないとなんとも……」

「そうデスネ。では早速今から私達と一緒に来てもらえマセンカ?」

「えっ? 今からですか?」


ティーナさんからのその誘いを予期していなかったらしい関谷さんが、少し困ったような表情になった。


「もしかシテ、授業に戻らないといけナイデスか?」


ティーナさんの問い掛けに、関谷さんが首を振った。


「それは大丈夫です。とりあえず午前中の授業は休講届け出してきましたから」


僕等の世界、特別な場合を除き、1週間に魔石7個の提出が義務付けられている。

そのため、ダンジョンに潜る、という口実があれば、届け出る事で、ペナルティ無しで授業を休む事が許されている。


関谷さんが言葉を続けた。


「実はモンスターと戦えそうな装備、何も持って来ていなくて」

「マンションの部屋に置いてある、とかデスカ?」

「そうなんですよ」


ティーナさんが僕に声を掛けてきた。


「中村サン、ここと関谷サンの部屋、ワームホールで繋ぐ事出来マスカ?」


出来ますか? と聞かれても……


僕は苦笑した。


今の所、“ワームホール”、少なくとも関谷さん向けには、僕が『ティーナの重力波発生装置』を使用して作り出しているって事になっている。

どうやらティーナさん、その設定、当面変える気は無いらしい。


「多分大丈夫だと思いますよ」


僕がそう答えると、ティーナさんは関谷さんに視線を向けた。


「関谷サンはどうデスカ?」

「ワームホールで繋いでもらっても構いませんよ」



10分後、僕等は――と言っても、関谷さんは初見だけど――再び富士第一98層のゲートキーパーの間の前に立っていた。

ティーナさんは銀色の戦闘服、関谷さんは僕が上げた『ゼパルのマント第342話』を羽織っている。

ちなみに僕は、上は茶色の長袖Tシャツ、下は紺の綿パンといういつも通り(?)の完全普段着だ。


僕はインベントリから、『技能の小瓶』と『強壮の小瓶』を取り出した。

『技能の小瓶』は、飲めば一定時間、HPとMP以外の全ステータス値を+100する『技能の秘薬』を、

『強壮の小瓶』は、同じく飲めば一定時間、HPとMPを倍増してくれる『強壮の秘薬』を、

それぞれ20時間に1回、コスト無しで作り出せる、異世界イスディフイの偉大なる錬金術師カロンの遺産の品々だ。


僕は内部が秘薬で満たされた小瓶の効能について説明してから、二本とも関谷さんに手渡した。

関谷さんは少しだけ躊躇した後、秘薬を飲み干した。

彼女の身体が微かに発光した。

そう言えばこの秘薬、地球で誰かに飲ませるのは初めてだ。

ちゃんと効果、出ているよね?


今更ながら少し不安になった僕は、恐る恐る聞いてみた。


「どう?」


関谷さんは不思議そうな表情で、自分の身体をあちこち動かしながら言葉を返してきた。


「不思議……体の奥底から新しい力が湧き出してくるような感じ……」


現時点で、僕以外の地球人は、イスディフイの人々と違って、ステータスウインドウを呼び出したりする事は出来ない。

従って、体感での判断になるけれど……


僕はティーナさんに視線を向けた。

確か彼女は、発せられるオーラみたいなのを見る事で、相手の能力をある程度類推する事が出来たはず第200話

僕の視線に気付いた彼女が小さく頷いた。

どうやら異世界イスディフイの秘薬は、ちゃんと地球人にも効能を発揮してくれたらしい。


改めて最終確認を行った後、僕等三人は、98層のゲートキーパーの間に続く巨大な扉を押し開けた。



「我が名はシトリー。ニンゲン、我に挑むか? その傲慢、おのが血肉を以ってあがなうが良い」


シトリーは僕等と初めて相対するかの如く、名乗りを上げた。

そしてティーナさんは、今回はシトリーに語り掛ける事無く、直ちに僕、関谷さん、そして自身をそれぞれ別々に包み込むように障壁シールドを展開した。

右耳の『ティーナの無線機』を通じて、ティーナさんの囁きが届いた。


『打ち合わせ通り、シトリーへの攻撃は中村サンにお願いしマス。関谷サンは、シトリーがプラズマをばらまき始めタラ、それらの消去を試みて下サイ』

「了解」

『分かりました。やってみます』


今回僕は、いつものヴェノムの小剣(風)では無くて、ボティスの大剣を使用武器として選択していた。

先程の対戦時、シトリーは魔法結界では無いタイプのシールドで自身を護っていた。

そしてそのシールドは、ティーナさんの分析では、物理攻撃で破壊出来る可能性がある。

ならば攻撃速度は落ちるものの、攻撃力自体はヴェノムの小剣(風)を上回り、15秒に1回、強力な斬撃を放つ事も出来るボティスの大剣の方が役に立つのでは、と考えたからだ。


僕は、今回はオロバスを召喚する事無く、大剣を横薙ぎに構えたままシトリー目掛けて駆け出した。


こうしてシトリーとの二度目の戦いが始まった。


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