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第384話 F級の僕は、関谷さんとティーナさんに振り回される
第384話 F級の僕は、関谷さんとティーナさんに振り回される
6月16日 火曜日15
キッチンのテーブルの上には、二人分のミートソースパスタとサラダが既に用意されていた。
ただし一人分だけ、なぜかミートソースパスタの量が半分程度に調整されている。
この並べ方なら、普通に考えれば僕が普通サイズで、関谷さんがハーフサイズだよな。
もしかして関谷さん、ダイエットでもしているのかな?
そんな必要、無さそうに見えるけど…….
しかし意外な事に、関谷さんは、僕にそのハーフサイズのパスタが用意されている席を勧めて来た。
「ごめんね中村君。ホントはあんまりお腹、空いてないよね?」
それはその通りなんだけど。
「どうしてそう思ったの?」
「だって中村君、こっちとは4時間時差が有るトゥマの街でも仲間の人達……ユーリヤさんだったっけ? とにかく、仲間の人達と一緒に過ごしているんだよね?」
「うん、そうだよ」
「じゃあさ、やっぱり一緒にご飯食べたりしているよね?」
「それはまあ……」
関谷さんがはにかんだような笑顔になった。
「私、さっき無線機で会話していた時、勝手に一人で舞い上がっちゃっていたから、その事すっかり頭の中から抜け落ちちゃっていて……料理始めてからその事思い出して……だから中村君の分、量を減らしておいたんだけど、どうかな?」
「関谷さん……」
彼女の気遣いに思わず感動しそうになったタイミングで、僕の右耳に囁きが届けられた。
『中村サ~ン、関谷サ~ン、エマです。今、何してイマスカ?』
……なんか物凄いタイミングで囁きかけてきているけれど、ティーナさん、何らかの方法で僕等を観察していたりはしないよね?
僕はそっと【看破】を発動して周囲に視線を向けた。
視界に入る範囲内に、怪しいワームホールもティーナさんの姿も見当たらない。
という事は、彼女は今、太平洋上を東に向けて飛んでいる飛行機の中……にいるはず。
そんな事情は知る由も無さそうな関谷さんが、のんきに言葉を返している。
「今、中村君の家で一緒にパスタを食べています。エマさんは用事、終わったんですか?」
ティーナさんは、居間焼肉団欒でのランチ終了後、今日の午後3時からは用事がある、と関谷さんに話していた。
『マダ用事終わっていないんデスヨ』
「お疲れ様です」
『それにシテモ関谷サンが中村サンちでパスタを作ってアゲルなんて、とっても仲いいんデスネ』
……関谷さんは、“一緒にパスタを食べている”としか伝えていないけれど?
しかし関谷さんはそんな細かい所に気付く雰囲気も無いまま、言葉を返した。
「仲いいなんてそんな……」
語尾が尻すぼみになってしまった関谷さんは、耳まで真っ赤になって
僕は慌てて口を挟んだ。
「僕はほら、また8時にはあっちに戻らないといけないし、関谷さんはスマホを返しに来てくれて、ついでにパスタを軽く湯がいて、今から食事をしながら今日の四方木さんとのやり取りについての話でも聞こうかな~とか、そんな感じだから!」
若干、ピントがずれた受け答えになっているかもだけど、こんな状況で冷静かつ的確に返答出来るほど、僕は出来た人間ではない。
『ごめんナサイ。お邪魔虫は消えマスネ。あ、何かあったら連絡するノデ、無線機はそのままでお願いシマス』
「お邪魔虫なんてそんな……エマさん、また後で連絡しますね」
……どうやら関谷さん、僕等の会話がティーナさんに筒抜け状態になっているって事は把握していない?
これは教えてあげた方がいいんだろうか?
そんな僕の耳元に、“ティーナモード”でちょっぴりドスが効いた感じの囁きが届けられた。
『Sekiya-sanに余計な事言ったら、どうなるか分かるわよね?』
この囁きは当然、目の前の関谷さんには届いていないようだ。
って、ティーナさん、まさか僕の心の声、届いてないよね?
とは言え、僕の目の前には関谷さんがいるわけで、この『ティーナの無線機』、あくまでも“無線機”だから念話みたいに心の声は届けてくれないはずで、もし返答するなら当然囁かざるを得ないわけで、そうすればこの距離なら関谷さんにも当然聞こえるわけで……
返答に苦慮していると、再びティーナさんから囁かれた。
『明日会った時、今夜の関谷さんお手製のpastaの感想、楽しみにしているわ』
……うん、これ、絶対楽しみにいていないやつだ。
それ位は僕でも分かる。
ただ幸か不幸か、そのままティーナさんからの囁きは途切れてしまった。
僕は関谷さんに声を掛けた。
「せっかく作ってくれたのに冷えちゃったらもったいないから、食べようか?」
「そ、そうね」
気を取り直した僕は、フォークに絡めたパスタを口に運んでみた。
「美味しい!」
味付けはもちろん、レトルトのミートソースだけど、パスタの茹で具合というか、とにかく絶妙だ。
そんな僕の様子に、関谷さんが目を細めて笑顔になった。
「良かった。あ、もし足りなかったら言ってね。私の分、上げるから」
「大丈夫だよ。関谷さんって……」
……やっぱり料理上手なんだね。レトルトのミートソースでこれだけ美味しいんだったら、全部手作りだったら凄い事になりそうだ。
と言いかけて、慌てて言葉を飲み込んだ。
よく考えたら、この会話、全部ティーナさんに届いているんだよな……
下手に関谷さんを褒めたら、後で絶対いじられる。
仕方ない。
当たり
そんな事を考えていると、関谷さんが不思議そうな雰囲気でたずねてきた。
「私がどうかした?」
あ!
関谷さんって……の続きがあるかどうかって事だよね?
ごめん、それは諸事情により削除されました、とは説明出来ない僕は苦笑しながら言葉を返した。
「何でも無いよ。そうだ、四方木さんとは今日、どんな話をしたの?」
「なんだか普通の挨拶みたいな会話ばっかりだったわ。私が中村ですって言ったら、“中村さん、お手数おかけして申し訳ない。今度この埋め合わせはさせてもらいますので~”みたいな感じ」
関谷さんの“四方木さんの口真似”が意外と特徴を
「どうしたの?」
「四方木さんの口真似、
「そう? ふふふ」
関谷さんが照れくさそうに微笑んだ。
元々の雰囲気がほんわかしている関谷さんの笑顔は、見ているだけでなんだかとっても
こうしてなぜかとてつもない緊張感を孕みつつ、僕と関谷さんの楽しい?夕食の時間は過ぎていった。
夕食を終えると、手伝おうとする僕を笑顔で制しながら、関谷さんはてきぱきと後片付けをしてくれた。
鍋や皿を洗い、ゴミも袋に入れて持ち帰ろうとしてくれた。
「関谷さん、ゴミは置いといてもらっていいよ。今度ゴミの日に出しておくから」
「大丈夫よ。中村君、忙しいでしょ? ゴミの量も大した事無いから、私のマンションで一緒に捨てても怒られないと思うし」
「料理作ってもらって、ゴミまで持って帰ってもらうのはさすがに悪いよ」
「いいの。私が勝手にそうしたいだけだから」
うん。
やっぱり関谷さんは凄くいい人だ。
あんまり固辞するのもかえって悪いかもしれない。
僕は素直に彼女の厚意に甘える事にした。
外はまだ土砂降りの雨だった。
関谷さんを玄関口まで見送った僕は、今更ながらの事に気が付いた。
「あれ? 関谷さん、傘は?」
彼女が差して来たであろうはずの傘が見当たらない。
関谷さんがおどけた雰囲気で言葉を返してきた。
「ふふふ。中村君のお陰で、雨に濡れない女に進化しました」
「雨に濡れない?」
「ほら、魔法書くれたでしょ?」
そういや関谷さんに全属性の魔法書を読んでもらったら、いくつか新しい魔法を獲得していたっけ?
「あれから自分でも水を操る魔法の練習をしていたら、雨粒もコントロール出来るようになったの。だから今の私に傘は不要になりました」
なるほど。
つまり自分に向かって降り注ぐ全ての雨粒の軌道をコントロールして、自分の身体への雨粒の付着を完全阻止できるようになった、という事だろう。
「それって凄いね」
「でしょ? 離れた所のコップの中のお水も、コントロール次第で自分の口元に持ってこられたりするから、とっても便利になったわ」
僕は思わず笑顔になった。
なんだか凄そうな能力なのに、使いどころが庶民的というか、関谷さんらしい。
僕も彼女に合わせておどけた感じで聞いてみた。
「もしかして雨の中、二人で歩いても傘要らなかったりして?」
「多分……あ、でもそれはちょっと寂しいかな」
「寂しい?」
僕の問い掛けに、関谷さんが少し頬を染めた。
「好きな人と相合傘出来なくなるのはちょっと……」
「えっ?」
関谷さんがハッとしたような表情になった。
「あ! その、違うの! あくまでも例え話で、相合傘って好きな人と出来たら嬉しいというか……」
関谷さんが完全にしどろもどろになってしまった。
「な、中村君、そろそろ時間だよね? 私も帰るから、中村君も気をつけて!」
そう口にすると、関谷さんは駆け出して行った。
……関谷さんの言葉通り、そろそろ午後8時だ。
僕は駆け去って行く関谷さんの姿が駐車場に停めてあった彼女の車の中に消えていくのを見届けてから、部屋の扉を閉めた。
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