第378話 F級の僕は、中国がアメリカに同盟を申し込んだ事を聞く


世界の運命に関わる会話が、日本の地方都市のお洒落焼き肉店で、20歳の男女三人の間でのみ交わされているという、考えようによってはとってもシュールな情景。

あともう少しだけお付き合い下さい。



――◇――◇――◇――◇――◇――



6月16日 火曜日9



居間焼肉団欒のコーヒーは、ランチセットの“付録”とは思えない位、香りも良く、コーヒーの味がよく分からない僕にとっても、酸味と苦みのバランスが取れているように感じられた。

その風味は、自らコーヒー派だと宣言していたティーナさんにとっても満足出来る物だったようだ。


「ココのコーヒーは美味しいデスネ」

「聞いた話だと、お店のご主人が豆からこだわって選んでいるらしいですよ」

「今度マタ、ゆっくりコーヒーを飲みに来たいデスネ」

「エマさん、お近くに住んでいるんですよね? だったらいくらでも機会は有りますよ」


そこの“謎の留学生”さん、お近くに住んでいないどころか、今は北京に居て、もうすぐハワイに帰るんですよ、とは説明出来ない僕は、一人苦笑してしまった。


ティーナさんは、コーヒーをしばし堪能した後、口を開いた。


「ソロソロさっきの続きヲお話しまショウカ」

「さっきの話……チベットの黒い結晶体のお話ですよね?」


関谷さんの言葉に、ティーナさんが頷いた。


「中国は、最初のスタンピード制圧戦に失敗シタ後、あの黒い結晶体を継続的に分析し続けてイタヨウです。具体的には1日数回、上空の観測機からレーザー光を照射シテその挙動の観測を続けたそうデス。幸い、あの地でスタンピードを起こしたモンスター達は、高度数千m以上に存在する観測機を攻撃する手段を持ってイナカッタようデスし」


チベットでのスタンピード制圧戦の話をティーナさんが教えてくれた時、確かそんな事も話していた第334話


「黒い結晶体に向けて照射サレたレーザー光は、命中した瞬間……ここでいう瞬間とは、観測機器の測定限界以下の数値、という意味デスガ、とにかく瞬間的に私達の世界からは消滅したヨウニ見えていたソウデス。ところがアル時を境に、その挙動に変化が生じマシタ。消滅するまでにナノ秒、つまり10億分の1秒単位で遅延が生じるようになリマシタ」


ティーナさんがコーヒーカップに口をつけながら言葉を続けた。


「得られたデータを解析した結果、中国は、ドウヤラ黒い結晶体が転移出来るエネルギーの上限閾値いきちが低下しつつあるコトニ気付いたソウデス」

「つまり、黒い結晶体は加えられたエネルギー全てを、異世界イスディフイに転移出来なくなった、という事でしょうか?」

「その通りデス」


ティーナさんは関谷さんの言葉を肯定してから、僕の方を見た。


「中村サン、イスディフイで光の巫女と呼ばれる存在……ノエミサンが神樹の間に籠り、エレシュキガルの影響を抑え込む儀式を開始シタノは、私達の世界でいう所の、6月6日、デシタよね?」


僕はうなずいた。

10日前のあの日から、ノエミちゃんはエレンが精霊達の助けを得て張ったという結界の中で、現在に至るまで祈りを捧げ続けている。


ティーナさんが、再び関谷さんに視線を戻した。


「興味深いコトニ、先程お話した黒い結晶体に変化が現れた日が、まさにその6月6日だったのデス」


関谷さんの目が大きく見開かれた。


「つまり、異世界にいるはずの光の巫女が、私達の世界に影響を及ぼしている……?」

「そう考えルノガ合理的かと思いマス。もちろん中国はその辺の事情を知る由も無かったワケデスが、とにかく彼等はこれを好機ととらえたヨウデス」

「それで今回の作戦を行う事にした……」


恐らく曹悠然ツァオヨウラン会った時第320話に彼女から聞いた話を思い出しているのであろう、関谷さんが得心したような顔になった。


ティーナさんが話を続けた。


「ところで関谷サンは、チベットでの中国の作戦がどう実施サレ、どう失敗したか、まだ知らないデスヨね?」

「詳細はまだ……」


ティーナさんが、チベットで中国が行った作戦の顛末てんまつについて説明し始めた。

作戦には、華夏電気集団 (華集ファージ)の特殊なマイクロチップ第188話――量子テレポーテーションがどうとか――を組み込んだ新型の戦術高エネルギーレーザー兵器(THEL)が投入された事。

当初はそのTHELの照射により、黒い結晶体のバフの一部――こちらからの攻撃無効化――を阻害する事に成功した事。

その間に投入されたS級41名による攻撃で、数十体のS級モンスター達が屠られた事。

しかし、突如異世界イスディフイ側から“撃ち返された”攻撃により、THELを搭載していた航空機が撃墜された事。

あらかじめそうなる可能性を考慮していた中国側の迅速な行動により、S級41名は、一人も欠ける事無く、ラサに撤退できた事……って、えっ!?


僕は思わず聞き返してしまった。


「中国は、あらかじめそうなる可能性を考慮していたって言った?」


ティーナさんがニヤリとした。


「驚いたデショ? つまり、中国は“イスディフイ側”……正確にはBrane-1649c側から反撃される可能性を考慮していたみたいナンデスよ。まあチョット考えれば当たり前の話ナンデスけれど」

「当たり前?」

「中国は、Brane-1649cなる異世界に存在する何者かが、私達の世界をコンナ風に変えた事を知っテイタ。当然、チベットに突如生じた黒い結晶体に、その何者カガ関わっている可能性は極めて高いと考えテイタ。そして黒い結晶体が一種の転移ゲートである可能性に気が付いテイタ。ならばコチラノ攻撃が向こうの世界に転移させラレルように、向こうの攻撃もこちらに転移シテクル可能性がある事を想定出来タ……」


ティーナさんは、僕と関谷さんの反応を確認するかのように、一度言葉を切った。


「そして実際反撃された。中国は今回の戦いを通じて、Brane-1649cに起源を持つ何者かを明確に敵対者と認識したそうよ。彼等は今回、私達に、Brane-1649cに起源を持つ何者かに対する二国間同盟を申し込んできたわ」

「私達に? 同盟?」


関谷さんが首を傾げた。

珍しくティーナさんがしまったという表情になった。

……うん、話に夢中になり過ぎて、絶対今、のティーナさんに戻っていたよね?


ティーナさんが苦笑した。


「あれ? 日本語使い方間違えマシタ? 私達、ジャナクテ、私達の国?」


どうやら日本語習得中の謎の留学生で押し切るつもりらしい。

そして純真な関谷さんは、どうやらそれが“言い間違いだった”と納得したようだ。


「つまり、中国は私達の国、アメリカと共同でBrane-1649cカラノ脅威に当たりタイ、と申し入れたラシイデス」


関谷さんの表情が明るくなった。


「やっぱり国が違っても、団結出来るってあかしなんじゃ……」


ティーナさんの表情が少し冷ややかなものになった。


「それがソウデモないんデスヨ」

「どういう事ですか?」

「中国は、自分達の持っている情報の半分程度しか提示しなかったソウデス。その上で、アメリカ政府が現在把握しテイルBrane-1649cに関する最新情報の提供を求めたソウデス」

「それは……交渉上、とりあえず半分提示した、という事では? アメリカ側が全てを公開すれば、自分達も公開する、みたいな……」


ティーナさんが首を振った。


「実は、昨日今日と二日間の日程で、アメリカの要人達が、中国を訪問してイマス。その要人達の中には、中国側からの指名で、Brane-1649cを最初に特定、国連に報告したウィリアム=ジェームズ博士のお弟子サンも加わっていたソウデス」


ウィリアム=ジェームズ博士のお弟子さん……つまり、ティーナさん自身の事だろう。


「中国側は交渉の席で、提示した情報をモッテ、これで全部ダ、今更隠している情報は存在シナイ、と主張シマシタ。そして見返りとして、Brane-1649cに関する最新情報提供を要求してキタノデス。つまり結局中国も……コレはアメリカも同じデスガ、人類全体の利益では無く、国益優先で動いテイルと言う事デス」


ティーナさんの顔には、自嘲気味な笑みが浮かんでいた。


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