第377話 F級の僕は、中国が辿り着いた推測について聞く


6月16日 火曜日8



「コレは私がとあるルートから入手シタ情報なのデスガ……」


ティーナさんが関谷さんに視線を向けた。


「チベットでスタンピードを起こしたモンスター達を守護シテイル黒い結晶体にツイテは、ご存知デスよね?」


関谷さんがうなずいた。

曹悠然ツァオヨウランが、チベットのスタンピード制圧戦で僕の協力を求めて来た時、関谷さんとティーナさんが、僕の代わりに曹悠然ツァオヨウラン話をしてきて第319話くれた。

関谷さんにとっては、その時が、黒い結晶体についての話題に触れる初めての機会になったはず。

そして一昨日、僕は異世界イスディフイについて、今地球で起こっている大規模スタンピードについて、そしてその地に生じている黒い結晶体について、知り得る限りの話を彼女に伝えた第340話のだ。


「どウヤラ中国は、あの黒い結晶体にツイテ、ある推測を立てテイルようなのデス」

「推測、ですか?」

「はい。中国はあの黒い結晶体を一種の転移ゲートとみなしています。それもエネルギーのみを世界の壁を越えて移動させる事の出来る特殊なゲートだと」


その話は僕にとっても初耳だ。

ティーナさんの発言に、関谷さん以上に僕が驚かされた。

僕は思わず聞き返した。


「つまり、中国は発射した核ミサイルが、爆発した瞬間に、イスディフイに転移させられた事も知っている?」


ティーナさんが微笑んだ。


「もちろん、中国はイスディフイの存在は知りマセン。デスカラ自分達のミサイルが、彼の地で嘆きの砂漠と呼バレテいる場所で炸裂した事も知らないハズデス」

「ではどうして中国は、あの黒い結晶体が一種の転移ゲートであるとの考えに辿たどり着けたのでしょうか?」

「私が得た情報によりマスト、中国はチベットでのスタンピードを制圧するタメニ13発の核ミサイルを使用しマシタ」


これは僕とティーナさんにとって既知の情報だ。

つまり、これは僕に対するというより、関谷さんに聞かせるために話しているのだろう。


「中国は偵察衛星にヨッテ、目標地点で確実に核爆発が発生……より正確には核爆発の証拠とサレル二重閃光を確認したそうデス。トコロガ不思議な事に、翌日明るくナッテカラ、改めて現地の状況を確認した所、核爆発による破壊の痕跡はオロカ、放射能汚染すら全く確認出来なかったソウデス」


話の途中で個室の扉がノックされた。

扉の向こうから声が掛けられた。


「お料理お持ちしました」

「どうぞ」


扉に一番近い場所に座っていた関谷さんが声を掛けると、扉が開き、注文していたランチセットが運ばれてきた。

店員が去り、皆が料理に箸を伸ばし始めた所で、ティーナさんが話を再開した。


「実際に発生したハズノ核爆発が、現場に何の痕跡も残さず消滅した事にツイテ、中国はいくつかの仮説を立てマシタ。彼等にトッテ、その後に実施されたアメリカによるミッドウェイでのスタンピード制圧戦を分析出来た事も大きかっタヨウデス。そして種々の状況証拠から、核ミサイルは炸裂した瞬間、発生した膨大なエネルギー共々、私達の世界では無いイズコカヘと転移させラレタのだという推論に達したヨウデス」

「あの……」


それまで黙って話を聞いていた関谷さんが口を開いた。


「今のお話だと、中国は、元々私達の世界とは違う世界が別に存在する事を知っていたかのように聞こえますが……」


ティーナさんがにやりと笑った。


「さすがデスネ関谷サン。その通りデス。実はここダケノ話、中国を含めて世界中の国々は、別の世界の何者かニヨル干渉によって、私達の世界がこんな風に変えラレタ、とイウ事実をある程度把握していマス。パニックが生じるのを恐レテ、各国政府とも、そうシタ情報をおおやけにはしていマセンガ」


関谷さんの目が一瞬大きく見開かれた。

彼女は少しの間をおいて、ティーナさんに言葉を返した。


「でもそれがイスディフイと呼ばれる異世界であり、その何者かがエレシュキガルと呼ばれる異世界の魔王だという事までは知られていない?」


ティーナさんが頷いた。


「その通りです」

「ならばその……」


関谷さんがチラッと僕の方を見た。


「世界中に知らせてはどうでしょうか?」

「知らせる?」


ティーナさんの目が、掛けている黒ぶち眼鏡の奥で細くなった。


「はい。その……イスディフイと呼ばれる異世界が存在する事、封印から逃れようとしている異世界の魔王エレシュキガルが、私達の世界にまで干渉してきている事について公表して、中村君が異世界イスディフイと私達の世界とを行き来出来る能力を持っている事を説明して、世界中の国々に協力を……」

「関谷サン」


ティーナさんが、関谷さんの言葉をさえぎった。


「それは全く意味が無いドコロか、むしろ私達人類をより危険に晒す無謀な行為だと断言出来マス」

「どうしてでしょうか?」

「第一に、人類は精神的にソコマデ成熟していまセン。残念ナガラ強大な脅威に対して、全人類が団結するなんて話は、物語の中ダケの幻想にすぎマセン。中村サんが異世界イスディフイとこの世界を行き来出来る存在であると分カッタ瞬間、各国政府は彼を取り込モウト不毛な競争を開始するデショウ。或いは自分達の利益の為に、異世界の魔王エレシュキガルと直接コンタクトを取り、手を結ボウトスル国家や集団が現れるかもしれません。そんな事にナレバ、世界の混乱は益々加速していくデショウ。そして第二に……」


話し続けで喉が渇いだのだろう。

ティーナさんがコップの水を一口含んだ。


「もし異世界イスディフイの存在がおおやけニナリ、彼の地の物品が大量に私達の世界に持ち込マれ、流通するヨウニナった場合、私達の世界のルールが書き換えラレテしまうかもシレマセン」

「ルールが書き換えられる?」

「はい。私達の世界をコンナ風に変えたノハ、状況証拠から考えて、封印されているハズノ異世界の魔王エレシュキガルでまず間違いナイデショウ。彼女がなぜ私達の世界をこんな風に変えタノカは分かりマセンガ、状況が変化すれば、それに応じて新しいルールを押し付けてくる可能性は否定出来マセン。そしてそれは、人類全体をより危険な状況に追い込む事になるカモシレマセン」


そう言えば彼女は以前、僕が『炎の石』を使用するのを目にして、やはり同じ懸念を口にしていた第262話


「そう……ですか……」


関谷さんは、やや納得していない様子でうつむいた。

しかし僕自身は、ティーナさんの意見におおむね賛成だ。

僕達人類は、関谷さんが思っている程には綺麗な心の人間ばかりじゃない。

それはF級と判定された途端に、馬鹿にされさげすまれてきた僕だからこそ、身を以って断言出来る。

だけどだからこそ、関谷さんの理想論にも惹かれてしまうわけで……


僕は関谷さんに語り掛けた。


「少しずつ理解してくれる人を増やしていけばいいんじゃないかな」


関谷さんが顔を上げた。


「例えば井上さんとか、茨木さんとか、信用出来そうな人達に、今僕等が直面しているこの状況について、少しずつ説明していって……時間がかかるかもだけど、そうやって理解者を増やしていけば。その内、世界中の人々が団結出来る環境も整っていくんじゃないかな~と」

「中村君……」


関谷さんの表情が緩んだ。


「はいは~い!」


ティーナさんが、口を挟んできた。


「ちょっと話に夢中になり過ぎマシタネ。折角の料理が冷めちゃうので、先に食事を済ませてシマイマショ。あとでもう少し、私が入手しテイル、とっておきの情報をいくつかお二人にお話しますから」


今更だけど、話に夢中で、料理にほとんど手を付けていない。

まあ僕自身は2時間位前に、向こうトゥマで朝食済ませて来たので、そんなにはお腹が空いているわけでは無いけれど。

それからは他愛のない話を続けながら昼食を楽しんだ。

食事を終え、食後のコーヒーが運ばれて来たところで、ティーナさんが、“とっておきの情報”についての話を再開した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る