第356話 F級の僕は、ユーリヤさんが賞罰を明らかにしようとするのを見る


6月15日 月曜日14



最後のブラックサラタンが光の粒子となって消え去るのを確認した僕は、素早く周囲の状況を確認してみた。

戦いはまだ続いていた。

しかし城門を出る時、まだ数十体はいたはずのモンスターは、いまや大型の巨人種3体と、地上性のドラゴン種4体を残すのみとなっていた。

彼等に対して、冒険者や兵士、そして戦闘奴隷達数百人が総攻撃を掛けているのが見えた。

魔法陣が次々と花開き、閃光が走るたびに、モンスター達が苦悶の声を上げ、その内の1体が光の粒子となって消え去った。


どうやら僕が手助けする必要は無さそうだ。


そう判断してこのまま歩いて街まで引き返そうとした僕は、街の方からこちらに向けて誰かが“巨馬”を疾駆させてくる姿に気が付いた。

“巨馬”と騎手の姿は見る見る内に大きくなり、僕の傍まで来ると停止した。


「お見事です!」


巨馬、オロバスから、ターリ・ナハが地上に降り立った。

彼女はオロバスをメダルに戻すと、それを僕に差し出してきた。

僕はメダルを受け取りながら、彼女に笑顔を向けた。


「うまくいって良かったよ」


僕が事前にターリ・ナハにお願いしていたのはこうだ。



1.戦場を離脱したら急いで街に戻り、ユーリヤさんに僕とブラックサラタン達が交戦を開始した事を告げる。

2.そのままユーリヤさんのもとに留まり、その視力を生かして、戦いの状況を実況する。

3.僕が計画通り、最後のブラックサラタンを、ユーリヤさんの大魔法の射程――1km――範囲内に誘引出来たのを確認したら、その事をユーリヤさんに伝える。



ユーリヤさんは皇族としての教養、そして恐らく母親の故郷の言葉という事もあって、ルーメルやアールヴ神樹王国が存在するイシュタル大陸の言語は全て理解出来ると話していた。

だからこそ僕は、ターリ・ナハに伝書鳩の役割をお願いしたのだ。



僕は改めてオロバスを召喚し直した。

そしてターリ・ナハと一緒に跨ると、街に向かって走り出した。



僕とターリ・ナハが街に戻って間も無く、最後のモンスターが光の粒子となって消え去った。

同時に、割れんばかりの大歓声が、街の内外の大気を震わせた。


ユーリヤさんの大音声が響き渡った。



「「トゥマの街は護られた! 凶悪なるモンスターの大群にひるむことなく立ち向かった汝らの勇気と英知は、万世の先まで語り継がれるだろう!」」



「万歳! 帝国万歳!」

「皇太女殿下万歳!」


勝利に沸き立つ冒険者や兵士達が続々と街に戻ってきた。

笑顔と達成感に満ち溢れる彼等を、ユーリヤさんはじめ、街の有力者達が城門で出迎え、激賞の言葉をかけていく。

少し離れた場所から、ララノアやターリ・ナハ、そしてアルラトゥと並んでその情景を眺めていると、やっと終わったのだという安心感が心を満たしていく。


そうだ。

今日の午後だったよな、アリアやクリスさん達がトゥマに到着するの。

今のうちに、彼女達と連絡を取っておこう。


そう考えた僕は、インベントリから『二人の想い(右)』を取り出すと、自分の右耳に装着した。


『アリア……』


しかし念話は返ってこない。

いつもならすぐに返事があるんだけど。

もしかすると水浴びか何かで、対になるイヤリングを外しているのかもしれない。

その後も何度か呼びかけてみたけれど、やはり何の反応もない。


仕方ない。

その内向こうから念話で呼びかけて来るかも。

一応、『二人の想い(右)』は装着しっぱなしにしておこう。



そんな事を考えていると、ユーリヤさんと筆頭政務官シードルさん、それに街の有力者達が、こちらに近付いて来るのが見えた。

恐らく戦闘に参加していたのであろうボリスさんと、後方支援に当たっていたらしいスサンナさん達も一緒だ。


シードルさんが、僕に深々と頭を下げてきた。


「街を護って下さった事、改めて感謝致します」

「顔を上げて下さい。街を護れたのは、皆さん全員が力を合わせた結果ですよ」

「御謙遜を……勇士殿が召喚門を破壊し、さらにレベル103のブラックサラタン4体を撃破して下さったからこそ、我々はこうして勝利を祝う事が出来ているのです」


僕等の会話が一区切りつくのを待っていたかのように、ユーリヤさんが口を開いた。


「時にシードル殿。モンスターを殲滅し、街の防衛が成った今、賞罰を明らかにしなければなりません」

おっしゃる通りにございます」

「防衛に参加して多大な功績を挙げた者達には、私の名において、必ずや十分な報酬を与える事を約束しましょう。そして……」


ユーリヤさんが、一旦言葉を切り、周囲に控える町の有力者達の反応を確認するかのようにゆっくりと言葉を繋いだ。


「責任を放棄し、逃走した者の罪は問われなければなりません」


シードルさん他、街の有力者達の間に緊張が走るのが感じられた。

ユーリヤさんが、シードルさんに話しかけた。


「シードル殿。軍の指揮官が、正当な理由なく街の防衛を放棄して逃走した場合、帝国法に照らせばどのように罰せられるべきでしょうか?」

「そ……それは……」


シードルさんが口ごもった。


「おや? 筆頭政務官ともあろうお方が、まさか帝国法に明るくない……?」


シードルさんが、ひざまずいた。


「お許し下さいませ」


ユーリヤさんが、大きく息をついた。


「シードル殿、お立ち下さい。少し意地悪を申してしまいました。あなたは属州リディアの人間。州総督の長男を断罪する言葉を口にするのはやはり難しいのでしょう」


そしてユーリヤさんは、再び街の有力者達に視線を向けた。


「ですが皆も知っての通り、帝国法は貴賤を問わず、全ての帝国臣民及び居留者、訪問者に適用されるべし、と定められています。そして敵前逃亡した指揮官は、全ての軍権と階級を剥奪され、逮捕収監。最終的な処分は軍法会議により決せられる、と定められているはず。違いますか?」


有力者達は皆、うつむいてしまった。


「私は皇太女として、そしてトゥマ防衛軍総司令官として、帝国法に基づき、属州リディア第一大隊長キリル中佐の軍権と階級を剥奪し、逮捕収監する事を命じます。異議がある者はこの場で申し出なさい」


沈黙が周囲を支配した。

ユーリヤさんが表情を緩めた。


「安心しなさい。これは、“勝手に”街の防衛を指揮した私が“独断で”命ずる事です。この件に関してあなた方を責める者が現れた場合は、今の私の言葉をそのままその相手に伝えなさい」


と、街の有力者の一人が顔を上げた。


「わ、私は殿下の裁定を御支持いたします。殿下とそちらの勇士殿がいらっしゃらなければ、トゥマの街は滅亡しておりました」

「私も殿下の裁定に従います」


他の有力者達も次々と顔を上げた。

その中から一人の人物が歩み出た。

帝国軍人と思われる装備を身に付けたその壮年の男性は、ユーリヤさんの前で臣礼を取った。


「私にお命じ下されば、直ちにキリル殿の逮捕に向かいます」

「アガフォン中尉……」


ユーリヤさんが、その人物に呼びかけた。

その名を耳にした僕は、ユーリヤさんの言葉第348話を思い出した。

確か、キリル中佐の撤退に最後まで反対して置き去りにされた幕僚の一人だったはず。


「あなたの帝国への忠節、私は決して忘れる事は無いでしょう。あなたが同行してくれるなら、心強い話です」

「同行……?」


アガフォン中尉が怪訝そうな表情になって顔を上げた。

ユーリヤさんは、それに構わず、今度は僕に視線を向けて来た。


「キリルの逮捕収監は、私とアガフォン中尉、それに勇士殿で向かう事にします。キリルが逃走してまだ4時間程しか経ってはおりません。今は……午前10時過ぎですから、今から馬を飛ばせば、午後にはキリルの部隊に追いつくはずです」


タカシ殿、ご一緒して貰えますよね?


目でそう問いかけられた気がした僕はうなずいた。


ユーリヤさんは、もう一度シードルさんに視線を向けた。


「ボリスとスサンナはこちらに残していきます。私が戻るまでに、防衛戦に参加した者達の戦功の記録、担当者たちと協力して進めておいて下さい」


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