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第286話 F級の僕は、ダークエルフの少女から頼み事をされる
第286話 F級の僕は、ダークエルフの少女から頼み事をされる
6月9日 火曜日5
僕は立ち上がると、マトヴェイさんに声を掛けた。
「カースドラゴンをこの地に誘引し続けていた術式を削除しました。一応、確認お願いできますか?」
マトヴェイさんはこちらに歩み寄ると、僕が“書き換えた”部分にしゃがみ込み、何かを調べ始めた。
やがて上げられた彼の顔には、驚愕の表情が宿っていた。
「確かにカースドラゴン誘引の術式は削除されておる。しかもこの巨大魔法陣全体に、目に見える悪影響も無さそうじゃ。勇士殿、おぬしは一体……何者じゃ?」
一体、何者?
それはそのまま、僕の少し後ろで
隠匿の術式が
一目で、カースドラゴン誘引の術式が記述されている部分を見抜き、
僕にその術式の安全な削除方法を瞬時に“視”せた。
彼女はもしや、魔法に関して凄まじい力量の持ち主なのでは無いだろうか?
そんな彼女が、消耗品の戦闘奴隷として扱われている……
この国の奇妙な現実に複雑な感情が沸き起こってくる中、ゴルジェイさんが口を開いた。
「とにかくこれでカースドラゴンの脅威は去った、と言う事だな? では一度外に戻ろう」
ドラゴンの巣に続く洞窟を出てすぐの空き地まで戻って来た僕は、ゴルジェイさんに話しかけた。
「これで今回の調査は終わり、ですよね?」
太陽はいつの間にか、大きく西に傾いていた。
西日を浴びながらゴルジェイさんが言葉を返してきた。
「ん? そうだな。まあ一応、今夜はこの地で警戒に当たり、何事も無ければ明日、駐屯地に引き上げるつもりだ」
「それでは僕とターリ・ナハは、一足先に皆さんとお別れさせてもらっても良いですか?」
ゴルジェイさんが少し考える素振りを見せた後、言葉を返してきた。
「出発するのは明日まで待ってもらえないか?」
「明日まで?」
「そうだ。今回の我が軍の作戦で、お前の上げた軍功はずば抜けている。はっきり言えば、ほぼお前一人で解決してしまったようなものだ。だからお前には相応の報酬で報いたい。明日駐屯地に戻った後で、兵士達の前でお前の軍功を賞したい」
う~ん、どうしようか?
雰囲気的に、もはやターリ・ナハを差し出せとか言われないだろうけれど、早くこのネルガル大陸を脱出したいし……
迷っていると、再びゴルジェイさんが口を開いた。
「とりあえず明日、駐屯地に戻ったら、お前の連れている獣人に身分証を発行してやろう。加えてお前達の身元を俺が保証する手形も持たせてやる。他に何か希望があればなんでも言ってくれ。出来る限り要望に応えたい」
「そうですね……」
ターリ・ナハ用の身分証、部隊の指揮官であるゴルジェイさんによる僕等の身元保証……
それらはここネルガル大陸を“脱出”するのに大いに役立つはずだ。
「……あとはここから一番近い大きな街までの地図を見せて貰えれば……」
「ここから一番近い大きな街と言えば、州都モエシアだな。ここからなら馬を飛ばせば2日程の場所で、総督府が置かれている。なんなら俺の部下にモエシアまで案内させようか?」
「そこまでしてもらうのは……」
言葉を返しながら僕は少し考えた。
モエシア。
総督府が置かれた州都という位大きな街なら、クリスさんも知っているかも。
ちょっと確認しておきたい。
「すみません、ターリ・ナハと相談してもいいですか?」
「構わんぞ」
「相談が終わったら、また声を掛けますね」
僕は一旦ゴルジェイさんに別れを告げると、ターリ・ナハのもとに戻った。
「ターリ・ナハ、昨日貸した『二人の想い(右)』、返してもらってもいいかな? アリアやクリスさんと相談したい事が有って」
「分かりました」
ターリ・ナハから受け取った『二人の想い(右)』を右耳につけた僕は、それに触れながら、アリアに念話で呼びかけた。
『アリア……』
『タカシ!』
すぐにアリアの元気な念話が返ってきた。
『今、念話大丈夫そう?』
『大丈夫だよ。今ちょうど『暴れる巨人亭』に戻って来たところだから。タカシの方は?』
『僕の方は今、昨日話したゴルジェイさんの部隊と一緒に……』
僕は簡単に今日有った出来事について説明した。
『それで、州都モエシアって場所、クリスさんが知っているかどうか確認して貰えないかな?』
『ちょっと待ってね。ちょうど今隣にいるから聞いてみるよ』
しばらくして今度はクリスさんから念話が届いた。
『属州モエシアの州都モエシアだね。大丈夫、転移可能だよ。街に着いたら連絡して。確か、街の中心部に大きな噴水で有名な公園が有るから、そこで落ち合おう』
『助かります』
クリスさんとの念話を終えた僕は、ターリ・ナハに、改めて今の状況を説明した。
「……それでどうしようか? 今日すぐに出立するか、ゴルジェイさん達と一緒に、明日、一旦駐屯地まで戻るか……」
「そういう事でしたら、駐屯地まで一緒に戻るのがいいのでは無いでしょうか? 見た所、ゴルジェイさんは武人としては信頼できる人物のようです。彼が私達に便宜を図ろうとしてくれている態度に、
結局僕等は、今夜はここで野営して、明日、ゴルジェイ中隊の駐屯地まで、ゴルジェイさん達と一緒に戻る事にした。
夜、夕食を終えた後、仮設のトイレで用を足して出てきた所で、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「あ、あの……」
振り返ると、あのダークエルフの少女が立っていた。
相変わらず元の色が分からない位薄汚れたローブを身に纏い、フードを目深に被り込んでいる。
「どうしたの?」
僕の問い掛けに、彼女はおずおずといった感じで言葉を返してきた。
「あ、あなた様は……こ、これから……どう……」
僕の今後の予定を聞いているのかな?
「実は僕等は
「そ、そう……ですか……」
「色々手伝ってくれてありがとう。君のお陰で、カースドラゴンとエンドレスで戦うなんて悪夢みたいな事態も避けられそうだし、君には本当に感謝しているよ」
そこまで話して、僕はふと思い付きでたずねてみた。
「君って、戦闘奴隷なんだよね?」
「は、はい……せ、精一杯……あの……頑張って……」
「君は頑張りすぎる位頑張っているよ。カースドラゴンと戦った時も、あの巨大魔法陣の時も」
彼女は自らが死の呪いを受けると分かった上で、手を抜く事無く、僕の【影】による妨害もものともせず、カースドラゴンにとどめを刺してみせた。
そしてあの巨大魔法陣からカースドラゴン誘引の術式を削除する上でも、多大な貢献を果たしてくれた。
ゴルジェイさんが、僕の“軍功”を賞したいと言うのなら、彼女の“軍功”もまた、賞されるべきだろう。
だから……
「戦闘奴隷って、辞めたり出来ないの?」
「そ、それは……どういう……」
「普通の一般人として暮らす事って出来ないのかなって」
「そ、それは……」
少女は
彼女の態度からは、奴隷の身分から解放されるのは、容易では無さそうだと言う事だけが類推できた。
「ごめんね、ヘンな事、聞いちゃって。それじゃ」
そのまま立ち去ろうとした僕の裾を、少女が掴んできた。
「あ、あの……」
振り返った僕は、顔を上げた彼女と目が合った。
彼女の瞳は澄んだ若草色をしていた。
「わ、私を……その……」
「君を?」
「つ、連れて……お、お役に……何でも……御命令に……」
?
自分を身請けして欲しいって事だろうか?
しかし最初、ターリ・ナハまで徴用しようとしていたゴルジェイさんが、この
だけどもし、僕への報酬として、彼女を要求してみたら聞き入れてもらえるかもしれない。
要求が通れば、そして彼女が望めば、ネルガル大陸から連れ出して、彼女が奴隷としてでは無く、普通の少女としての人生を楽しめる場を与えてあげる事が出来るかもしれない。
僕は彼女に改めてたずねてみた。
「君は、僕等と一緒に行きたいって理解で良いのかな?」
少女が小さく頷いた。
「あの……あなた様の……お役に……」
「分かった。なら明日、ゴルジェイさんに頼んでみるよ」
少女の顔がぱっと明るくなった。
「あの……精一杯……あの……御命令に……」
「言っておくけど、僕は君に命令するつもりは無いからね。それと、話してはみるけれど、君の希望通りになるかどうかは分からないよ?」
「は、はい……あ、ありがとう……ございます……」
僕は少女に別れを告げると、ターリ・ナハが待つ僕等のテントへと戻って行った。
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