第255話 F級の僕は、ティーナさんから衝撃的な推論を聞く


6月6日 土曜日9



関谷さんとの電話を切った僕は、そのままスマホのニュースサイトをチェックしてみた。


チベットとミッドウェイでのスタンピードに関しては……新しい情報は無さそうだ。

北極海でロシアの原子力潜水艦が“遭難”した件に関しては……どうやらロシア政府が、北極海航路の全面封鎖を宣言したらしい。

今の所、放射能汚染がどうとか書いてあるだけで、ティーナさんが教えてくれた謎の海棲モンスター――僕はレヴィアタンだと考えているけれど――については一言も触れられてはいない。

そして最も僕が懸念していた四つ目の黒い結晶体と“フェニックス”の出現に関しては、それらしいニュースは見つからない。

つまり、ノエミちゃん異世界の光の巫女の祈りが、今日明日に迫っていたはずの霧の山脈での黒い結晶体出現を阻止し、同時に僕等の世界地球を救ってくれている、という事だろう。

今も神樹の間に留まり、“闘い続けている”エレンとノエミちゃんへと、自然に想いが馳せて行く。

二人はエレンが精霊の力を借りて発動したという結界の中で……


結界……?


僕はインベントリから『ティーナの無線機』を取り出した。

そしてそれを右耳に装着して、ティーナさんに呼びかけた。


「ティーナさん……」


すぐに返事があった。


『タカシさん、今、部屋ですか?』

「はい」

『そちらに行ってもいいですか?』

「どうぞ」


すぐに部屋の隅の空間が、渦を巻くように歪みだし、すっかり見慣れてしまったワームホールが形成された。

そして、青を基調としたEREN(国家緊急事態調整委員会)の制服を身に付けたティーナさんが、そのワームホールを潜り抜けて、僕の部屋へとやってきた。


「ティーナさん、ちょっと……」

「タカシさん、少し……」


僕とティーナさんは、同時に口を開いてしまい、思わず顔を見合わせて苦笑してしまった。

ティーナさんが声を掛けて来た。


「タカシさんからどうぞ」


どうやら僕に何か話があるらしいティーナさんは、しかし、まず僕から話をするように勧めてくれた。

改めて、僕は話を切り出した。


「では僕から……実はちょっとお聞きしたい事が有るんですが、ティーナさんって、時空間捻じ曲げて障壁シールド展開できるんですよね?」

「その通りです」

「それって、ティーナさん以外の物体、例えば、そこに置いてあるコップなんかを包み込む事って可能ですか?」

「もちろんです。やって見せましょうか?」

「お願いします」


ティーナさんが、机の上に置いてあるコップに右のてのひらを向けた。


「はい、これであのcupは無敵状態ですよ」


彼女は若干おどけたような口調で、そう告げた。


見かけ上、特に何の変化も無さそう……いや、わずかにコップを包み込むように、丸く空間が縁取られている?

さすがはティーナさん。

彼女は、自分だけでは無く、任意の対象物をも障壁シールドで包み込む事が可能なようだ。

とは言え、ここからが僕の知りたかった本題だ。


「ティーナさん、この状態で、障壁シールド内部のコップに持続的に攻撃を加え続ける事って、可能ですか?」


ティーナさんの目が細くなった。


「……私の攻撃手段をcheckしたい……という事でしょうか?」

「え? いえいえ、そういうつもりじゃ無いんですよ。ただ、ちょっと思いついたことが有りまして」


若干勘違いしてそうなティーナさんの様子に、僕は慌てて説明を付け加えた。


「黒い結晶体に対する対処方法についてです。黒い結晶体を障壁シールドで包み込んで……」


僕が言い終わる前に、ティーナさんが口を開いた。


「もしかして、こちら地球あちらisdifui、二つの世界に出現している黒い結晶体を、全反射可能なshieldないし、魔法結界で包み込んで、内部で攻撃energyを無限循環させる……という事でしょうか?」

「そうです。その方法だと、半永久的に、お互いの世界に出現している黒い結晶体に、同じ攻撃力を加え続ける事が可能なのでは?」


ティーナさんが残念そうな顔になった。


「確かに理論上は可能です。実は、私もその方法は既に検討してみたのですが、現時点ではいくつかの理由で、実現不可能です」

「その理由を聞いてもいいですか?」

「まず、私の展開できる障壁シールドは、攻撃をenergy loss無しで全反射する事が可能ではあります。ですが、あの黒い結晶体は、私が障壁シールドで包み込むには、大き過ぎます。次に、魔法結界を使用すれば、あの黒い結晶体を完全に包み込む事は可能です。ですが、少なくともここ地球では、私の知る限り、energy loss無しで全ての攻撃力を全反射可能な魔法結界を展開する装置も能力者も存在しません」

「そうなんですね……」


僕は内心、がっかりした。

良い案だと思ったんだけどな……


「魔法結界は、その性質上、どうしても界面に衝突したenergyにlossが生じてしまいます。攻撃を反射する事の出来る魔法結界はあるのですが、その際に、energyの減衰は、どうしても避けられないんですよ。ですが……」


ティーナさんが、僕の顔に試すような視線を向けて来た。


「isdifuiの事情は分かりません。巨大な構造物を丸々包み込んで、しかもenergyの全反射可能な魔法結界或いはshieldを発生させる装置か術式、もし彼の地isdifuiに存在するなら、私達の世界地球に持ち帰って貰えませんか?」

「分かりました。調べてみます」


向こうに行ってから、エレンかクリスさんにでも聞いてみよう。

ともあれ、僕の話はこれで一段落だ。


「ところで、ティーナさんも、僕に何か話がありそうですが?」

「そうです。話と言いますか、少しお願いしたい事がありまして」

「なんでしょう?」

「isdifuiでDragonの鱗、或いはCentipedeの外殻って、手に入らないですか?」

「ドラゴンの鱗? センチピードの外殻?」


ドラゴンの鱗は、伝田さんがけしかけてきた第201話エンシャントドラゴンのドロップアイテム。

そしてセンチピードの外殻は、ティーナさんに“月夜の散歩第143話”に連れ出された際に斃したブラックセンチピードのドロップアイテムだ。

いずれもティーナさんが研究用に欲しいと言うので、提供した品々。


「追加で欲しい……という事ですか?」


なら、富士第一に転移させて貰って、モンスターを斃せば手に入るとは思うけど。


「追加で、と言いますか、もし手に入りそうなら、“現在の”isdifuiで入手してきて欲しいのです」

「イスディフイで? 富士第一じゃ無くて?」

「はい」

「富士第一じゃ無くて、イスディフイでって、何か理由、ありますか?」

「実は、Takashiさんから提供第242話して貰ったisdifui産の武器や防具を簡易鑑定したところ、興味深い事実が見つかりました」

「よければその興味深い事実、聞かせて貰えないですか?」

「isdifui産の武器や防具を、富士第一で入手出来たitemと比較してみると、放射線同位元素の存在比率に若干の差異が見られるのです。ですが、それが単にitemの種類の差異によるものかもしれないので、“現在の”isdifuiと富士第一で入手できる同じ種類のitem同士で、放射線同位元素の存在比率に差異が見られるかどうか、確認してみたいのです」


まずい。

珍紛漢紛ちんぷんかんぷんだ。


「え~と……放射線同位元素の存在比率に差異があるかどうかで、何が分かるんでしょうか?」

「放射線同位元素の存在比率は、時間の経過により変化します」

「はぁ……」

「ですからもし、isdifuiと富士第一、双方の同等品を比較して、放射線同位元素の存在比率に統計的に有意な差異があれば……」


ティーナさんは、僕の反応を確かめるように言葉を続けた。


「少なくとも、isdifuiと富士第一との間に、時間的なズレが存在する可能性がある、という事になります」

「時間的なズレ?」

「簡単に言うと、富士第一でgatekeeper達を斃した後に生成する新しい階層が、isdifuiのいずこかの地域、例えば、神樹……でしたっけ? そういった地域の過去か未来がそのまま転移してきている可能性がある、という事です」


ダンジョンが転移!?

そう言えば、ティーナさんは以前にも富士第一で新しく生成されるダンジョンがいずこからか転移してきている可能性について話していたけれど……

ダンジョンが、時を越えて転移して来るなんて現象、起こり得るのだろうか?


「まだ可能性の話です。ですから、それをより実証的に確認するためにも、もしisdifuiで入手できるなら、出来るだけfreshな同等品を入手してきて欲しいのです」


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