第202話 F級の僕は、泥のように眠る事にする


5月31日 日曜日13



僕は200m程向こうで成り行きを見守っているらしいA級や米田さん達の方に歩き出した。

道すがら、隣のティーナさんに話しかけた。


「今夜もありがとうございました。良かったら、さっきのドラゴン達の遺留品、後でお礼に差し上げますよ」


ティーナさんが、目に見えて嬉しそうな表情になった。


「give and takeですね? その考え方、私、大好きです」

「あとは皆と帰るだけなんで……」


そろそろお引き取りを、と言いかける前に、ティーナさんが囁き返してきた。


「分かりました。今夜は帰りますね。私も寝直さないと。日本時間の明朝8時、PDT米国太平洋標準時夏時間で今日の午後4時、Takashiさんの部屋にワームホールを開いても良いですか?」


日本の午前8時が、カリフォルニアでは前日の午後4時って事は……

どうやら日本がカリフォルニアよりも16時間進んでるって事か。


「大丈夫です。『ドラゴンの鱗』、その時持って帰って下さい」

「ありがとうございます」


ティーンさんは微笑んだ。


「それでは、私は適当に帰りますね」


ティーナさんは、光学迷彩をオンにしたまま、僕から離れて行った。

恐らく、皆から死角になる場所でワームホールどこでもドアを開いて帰るつもりなのだろう。


そのまま歩みを進めた僕の目に、A級達の表情が次第にはっきりと見えて来た。

皆、一様に怯えたような表情を僕に向けている。

まあ、彼等からすれば、僕がドラゴン達の攻撃をものともせず、次々と地面に叩き落して倒していくのを見せられたのだから、無理も無い。


ちょっとやり過ぎた?

いやでも、これ位しておかないと、また絡まれたら面倒だし……


僕は出来るだけ明るい感じで皆に声を掛けた。


「すみません、お騒がせしました」


米田さんが声を掛けて来た。


「中村君、それで……もう大丈夫なのか?」

「はい。無事解決しました。僕への疑いも晴れたようですし……」


僕は、チラッと背後を振り返った。

遠くで伝田さんと田中さんが、何かを話しているのが見えた。


「多分、伝田さんと田中さんからまた詳しい説明をしてもらえると思いますよ。とにかく、戻りましょう」


皆と一緒に、僕は今来た道を、再び伝田さんと田中さんの方に戻り始めた。

道すがら、散らばっていたSランクの魔石16個を回収して、背中のリュックに収納した。

それを米田さん達も手伝ってくれた。

僕等が近付いて来るのに気が付いたらしい伝田さんと田中さんが、僕等の方に顔を向けてきた。

伝田さんが、田中さんを“言いくるめる”のに成功したのだろうか?

田中さんは、まだ顔を紅潮させてはいるものの、もはや感情が激している感じは見受けられない。

僕は二人に近付くと、軽く頭を下げた。


「皆さんをお連れしました。そろそろ帰りませんか?」


伝田さんが、僕に険しい視線を向けたまま口を開いた。


「……とにかく、ゲートキーパーの打倒に成功した。プレス報道関係の関係者達も僕達の帰りを待っているはずだ。今日の事は、追って説明する。それで良いね?」


伝田さんは、田中さんの顔を見た。


「……ああ。今日の所はここまでだ。だけど、成松と舘林を殺した奴、俺は必ず見つけ出して報いを受けさせてやるつもりだ」



富士第一1層目から外――富士ドームの中――に出た僕等に、駐在している均衡調整課の職員達が駆け寄ってきた。


「お疲れさまでした」

「御首尾はいかがでした?」


彼等の問い掛けに、伝田さんが笑顔で答えた。


「92層は解放された。そして93層へのゲートは開かれた」

「おめでとうございます!」

「プレスの皆さんがお待ちかねです。さ、こちらへ」


恭しく職員達にかしずかれながら、S級二人が、どこかへと案内されて行く。

恐らく、記者会見でも行われるのであろう。


彼等とは別に、A級達もクランごとに分かれて移動を開始した。


「クランハウスに向かうんですよ」


彼等の動きに視線を向けていると、米田さんが小声で教えてくれた。

各クランは、富士第一攻略の便宜を図るため、各々、クランハウスを富士山頂に所有しているらしい。

もちろん、光熱費等、維持費は全て均衡調整課の予算から支出されているそうだ。


「さ、我々も移動しましょう」


僕は米田さん達と一緒に、富士ドームの外、均衡調整課の出張所である白い3階建ての建物――富士第一総合庁舎――へと向かった。


「この荷物はどうするんですか?」


僕は歩きながら米田さんにたずねてみた。


「魔石は鑑定して、クランの皆様の私物と一緒に、あとで各クランハウスにお届けします」

「了解です」


富士第一総合庁舎では、なんと更科さんが出迎えてくれた。

時刻は既に午後8時を過ぎている。


「お帰りなさい」

「更科さん? もう帰ったかと」

「今日は一日、ここで皆さんのお手伝いさせてもらっていました」


更科さんと挨拶を交わしていると、米田さんが僕に言葉を掛けて来た。


「中村君、ちょっといいかな?」

「どうしました」


少し離れた場所まで僕を連れて行くと、米田さんが、難しい顔をして小声で話しかけてきた。


「今日の出来事、“公式”には、伝田様と田中様の発表待ちだけど、均衡調整課内では、正確な情報を共有しておく必要がある」


つまり、今日起こった出来事、僕がS級2人を圧倒してしまった事も含めて、均衡調整課の皆に話してもらいたいという事だろう。

均衡調整課の四方木さん達には、なんだかんだで、世話になっている。

“米田さんが見たまま”程度の話なら、別段隠す程でも無い。

むしろ、均衡調整課内部で共有してもらって、『中村には手を出さない方が良い』って空気を作ってもらえれば、逆に煩わしい雑事から距離を置く事が出来るようになるかもしれない。


「分かりました。僕の口から説明した方が良いですか?」


僕の返事に、米田さんがホッとしたような表情になった。


「それじゃあ、早速関係者を集めて……そうか、夕ご飯まだだったね」


もしかして、均衡調整課のお偉いさんとか呼んでくる気なんじゃ……

夕ご飯、勿論まだだけど、それより何より早く寝たい。


「話って結構、長くなりそうですか?」

「そうだね。四方木さん達、中央審議会のメンバーにもオンラインで出席してもらうから……」


なんだか、とんでもなく仰々ぎょうぎょうしい事になってる気がする。


「すみません。実は昨夜、諸事情で十分な睡眠取れて無いんですよ。ですから、もし宜しければ、明朝にでも……」

「そうだったね。中村君、昨夜は何者かに襲撃されたんだったね」


どうやら、襲撃者がQZZだったとまでは伝わっていないようだ。


「分かった。今夜は庁舎の仮眠室に泊ってもらって、明日の朝、話してもらう形でも良いかな?」


明日は月曜日。

大学の講義がある日だ。

せっかくレポート仕上げたのに、提出がまた遅れる事になりそうだ。


「分かりました。それでお願いします」



軽くシャワーを浴びた僕は、米田さんや更科さん達と一緒に夕ご飯を済ませた後、富士第一総合庁舎内の仮眠室へと案内された。

四畳半ほどの小さな部屋には、敷布団が既に敷かれていた。

用意してもらった寝間着に着替えた僕は、布団に潜り込むと、あっという間に眠りの世界へといざなわれていった。



6月1日 月曜日1



……

…………

ん?

目が覚めると、白い天井と丸いシーリングライトが僕の目に飛び込んできた。

一瞬、自分がどこにいるのか混乱したけれど、すぐにここが富士第一総合庁舎内の仮眠室である事を思い出した。

今何時だろう?

壁に掛けられた古びた時計に目をやると、時計の針は、ちょうど8時を指していた。

思ったより熟睡できたようで、既に昨日の疲れも抜けているように感じられた。


そう言えば今朝、均衡調整課の人々に、昨日の富士第一での出来事を話す予定だったな。

何時からだろう?

朝ご飯食べてからかな?

まあその内、誰か呼びに来るだろう……


そんな事を考えながら、布団の中でぼーっとしていると、僕は突然、ある事を思い出して飛び起きた。


しまった!

確かティーナさんが、朝8時に僕のアパートの部屋にワームホール通ってやってくるんじゃなかったっけ?

今8時過ぎだけど、僕は富士山頂。

ティーナさん、僕がいないと分かれば大人しく……帰ってくれるだろうか?

これ幸いと、家探し始めたりしないだろうか?

見られて困るようなものは、一応無かったと思うけど。


少し動揺しながら、僕は慌ててインベントリを呼び出した。

そして、『ティーナの重力波発生装置』を取り出すと、MPを10込めてみた。


ティーナさん、気付いてくれれば良いけれど……


僕の願いが届いたのか、すぐに仮眠室の隅の空間が歪み始めた。

そして、もはや見慣れてしまった感のある銀色に輝くワームホールが出現した。


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