第196話 F級の僕は、一連の成り行きに微かな違和感を抱く


5月31日 日曜日7



「落ち着け! ここはダンジョンの中だよ? こんなところで“戦争”始める気かい?」


その伝田さんに、クラン『百人隊ケントゥリア』のA級達がかみついた。


「伝田さん、お言葉ですけど、“戦争”仕掛けて来たのはそっちなんじゃ」


伝田さんは、そのA級をじろりと睨んだ後、言葉を返した。


「君達を襲ったファイアーエレメントやリーサルラットが誰かの召喚したモンスターかどうかは、割りと簡単に分かるんじゃないかい? 召喚されたモンスターは、倒されても魔石残さないだろ?」


そして、伝田さんは、僕と米田さんに視線を向けた。


「君達、リーサルラットに襲撃された時はどうしてたんだい?」

「岩陰に隠れていて……」


米田さんが簡単に、襲撃された時の状況を説明した。


「なるほど。それで終わった後は、魔石、拾わなかったのかい?」

「魔石は……」


米田さんは口ごもりながら、チラッと田中さんの方を見た。

リーサルラット達は、魔石を残していた。

56個のAランクの魔石。

それは、そこに召喚されたのではない“普通のA級モンスター”が56体存在していた事の確かなあかしだ。

しかし、それをここで口にするのは、結果的にクラン『百人隊ケントゥリア』の総裁である田中さんのメンツをつぶす事になる。

米田さんの態度の意味が、僕にも何となく伝わってきた。


伝田さんは、僕の足元に置いてある荷物に視線を向けた。


「それ、開けてもらっても良いかな?」


それを聞いた田中さんが、大声で叫んだ。


「待て! その荷物は俺達のだぞ? お前が勝手に調べる権利はない」

「魔石の有無を確認しようってだけだ。なんなら君が開ければいい。下手な陰謀論振り回すのなら、それ位して当然じゃないかい?」


田中さんは無言で僕等の荷物を手に取った。

そして、やおらさかさにして中身を全部ぶちまけた。

凹凸のある地面に大量の魔石が跳ね返る。

それを目にした伝田さんが、田中さんに話しかけた。


「随分たくさん魔石拾ったんだね」


そして、その中の一つを拾い上げた。


「Aランクの魔石だ」


伝田さんは、それを高々と皆の前で掲げて見せた。


「ここは92層。Aランクの魔石を落とすモンスターは、本来なら存在しない。だとすれば、これは『百人隊ケントゥリア』を襲ったリーサルラット達が残したものとしか考えられない」


話しながら、田中さんに視線を向けた。


「だよね?」


田中さんは、怒りの表情のまま言葉を返した。


「だがお前はS級だ。お前の召喚したモンスターは、倒されたら魔石を残すんじゃないのか?」

「S級だろうがC級だろうが、召喚されたモンスターが倒された時、魔石を残したって話、君は聞いた事あるのかい?」

「……だが! リーサルラットとファイアーエレメントは、明らかにおかしかった」

「それはおかしいだろうさ。本来なら92層で出現するモンスターじゃ……」

「違う!」


田中さんが伝田さんの言葉を遮った。


「リーサルラット共は、統制が取れ過ぎていた。まるで一つの軍隊のように、実に効率よく行動していた。俺はあいつらを火属性のスキルで殲滅した。その後、今度は火属性のファイアーエレメントが出現した。しかもやつら、俺の風属性の攻撃を魔法結界で防御しやがった。それなのに、ファイアーエレメントども、後方からのお前らの魔法攻撃は普通に食らって倒された。どう考えてもおかしいだろうよ?」

「リーサルラットもファイアーエレメントも、92層に出現するはずの無いモンスター達だ。行動がおかしくても不思議じゃない」


最初は田中さん同様、激昂した雰囲気だったクラン『百人隊ケントゥリア』のA級達も、伝田さんの話を聞いている内に、段々と雰囲気が変わって行った。


「……あのモンスター共が伝田さんの差し金って話、もしかして……」

「うちの総裁の思い込み?」


A級達のヒソヒソ声が聞こえてくる。

それが聞こえているのか聞こえていないのか分からないけれど、伝田さんが言葉を続けた。


「皆に聞きたい。今日、僕達はここに何をしに来た?」


すかさず、伝田さんのクラン『白き邦アルビオン』のA級達が声を張り上げた。


「ゲートキーパー、バティンの打倒!」

「その通り」


伝田さんは、クラン『百人隊ケントゥリア』のA級達に穏やかな表情を向けた。


「君達の不幸には同情する。だけど、僕が君達をこんな目に合わせて何か得すると思うかい? 残念ながら、バティンは僕達だけでは倒せないかもしれない。だからこそ、君達と協力して討伐しようとしているんだ。助けを必要としている僕が、応援に来ている君達を傷付けるなら、本末転倒じゃないかい?」


クラン『百人隊ケントゥリア』のA級達に、明らかに動揺が広がっていくのが見て取れた。

田中さんが、声を上げた。


「てめえの目的、最初から俺等を陥れる為だった、としたらどうだ?」


伝田さんが、田中さんに冷ややかな視線を向けた。


「君達を陥れるために、ここへ誘い出した、と?」

「そうだ」


伝田さんが大仰に天を仰いだ。


「……ここまで君の頭が悪かったとは……」

「なんだと!?」

「ちょっと考えれば分かるだろ? もし僕が悪意を持って君達を陥れたとして……当然、君達との関係は破壊されるよね?」

「そうだ! 今の状況見れば分かるだろ!?」

「このままだと、僕は、君達と戦争になるかもしれない」

「既になってるだろ!?」

「当然、ゲートキーパー討伐は失敗って事になるよね?」

「ゲートキーパーどころじゃないだろ!?」


伝田さんが、大きくため息をついた。


「ねえ、もし僕達が内ゲバ起こして、結局、ゲートキーパー討伐失敗しましたってなった時、一体誰が一番喜ぶんだろうね?」

「誰がって、それはお前……」


言いかけて、田中さんが、ハッとしたような顔になった。


「まさか……」

「どうやら、ようやく気付いたようだね」

「斎原か!?」

「ご名答!」


伝田さんが、再び皆に視線を向けた。


「君達も知ってるとは思うけれど、今回のバティン討伐戦、当初はお嬢斎原涼子が計画していたのを、僕が交渉でなんとか機会を譲らせたんだ。今回、もし僕達が失敗したとなれば、次はお嬢のクランが乗り出すだろう。お嬢のところは、人員、装備共に僕達よりも遥かに整っている。単独でバティンを討伐してしまうかもしれない」


伝田さんが、田中さんに試すような視線を向けた。


「そうなったら最悪だよね? 僕達の威信は地に堕ちる。そしてお嬢のクランは益々肥え太り、僕も君も、いずれはお嬢の番頭に成り下がるしかなくなるかもしれない」

「くそっ!」


田中さんが、地面を蹴飛ばした。


「斎原が仕組みやがったのか!?」

「証拠は無いけどね」


伝田さんが、クラン『百人隊ケントゥリア』のA級達に語り掛けるように言葉を続けた。


「僕がモンスターを召喚して戦う事はよく知られている。何らかの方法でモンスターを手懐てなづけた誰かさんが、日本で二番目に大きいクランに攻撃を加え、日本で三番目のクランを率いる僕が疑われるように仕向ける。都合が良い事に、日本で二番目に大きいクランの総裁は、すぐ頭に血がのぼる。うまくいけば、傷付いた二番と元気な三番がお互い潰し合ってくれるかもしれない……」


伝田さんは、クラン『百人隊ケントゥリア』のA級達の反応を確かめるかのように、言葉を切った。


「斎原さんとこが?」

「あそこはバックに斎原財閥がついている。黒い組織と繋がってるって噂もある」

「言われてみれば、伝田さんが俺達を攻撃してもメリットは無いな」


田中さんは、苦虫を噛み潰したような顔をしたまま押し黙っている。

どうやらクラン同士の戦争は避けられそうな雰囲気だ。


しかし……


僕は一連の成り行きに、なぜか微かな違和感を抱いた。

何だろう?

何かがおかしい気がするんだけど……?


「とにかく、ゲートキーパーの間に急ごう。そこで少し態勢を立て直そう」


伝田さんの呼びかけに、皆、移動を開始した。

僕と米田さんは、先程地面にぶちまけられてしまった魔石を慌てて拾い集めた。

それを、同じく均衡調整課から派遣されてきたポーター荷物持ちの安田さんと大藤さんが手伝ってくれた。

そして僕等4人は、荷物を背負い直すと、小走りで皆の後を追いかけた。


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