第195話 F級の僕は、田中さんが伝田さんに因縁をつけるのを目撃する


5月31日 日曜日6



僕等の前を歩く田中さんとクラン『百人隊ケントゥリア』のA級達を重苦しい雰囲気が包み込んでいた。

50体を超えるリーサルラットの大群に襲撃されるという不測の事態で、ゲートキーパーと戦う前に2名の犠牲者を出してしまった。

生き残った者達も、リーサルラットの体液がかかった部分は、肌はヒーラーによって治癒しているものの、装備品は損傷したまま。

その姿が見た目的にも痛々しい。

後ろに続く僕と米田さんも自然に無言になっていた。

そのまま何事も無く歩いていくと、米田さんが、そっと囁きかけてきた。


「さっきはありがとう。助かったよ」


僕と米田さんを包み込むように障壁シールドを張った事にお礼を言ってくれているようであった。

僕も出来るだけ小さな声で言葉を返した。


「お礼なんていらないですよ。出来る事しただけなんで」

「それにしても大したものだ。S級の田中様のドラゴニックオーラを防ぎ切ったのだから」

「あれって、やっぱり田中さんの全力の攻撃だったのでしょうか?」


田中さんの猛炎が辺りをなめ尽くしたあの数秒間、僕の視界の左隅に表示されていた障壁シールド維持に必要なMPの残量は、恐ろしい勢いで減少していった。

あの猛炎は、孫浩然 (ハオラン=スン)の雷撃に勝るとも劣らない程の破壊力だったはず。


「恐らく、な。なにぶん、俺も噂には聞いていたけれど、実際目にするのは初めてだったから、正確には“全力”かどうか判断できない。だけど、一瞬にしてA級モンスターの大群殲滅するあの攻撃が、実は全力じゃ無かったって事なら、田中様はもはや人間辞めてるって事になってしまうんじゃないか。」


米田さんが、苦笑いしてから言葉を続けた。


「まあ冗談はさておき、あの攻撃の詳細、均衡調整課内部の人間はともかく、外部の人間には極力話さない方が良い」


S級は、他のS級達と緊張関係にある。

自分の手の内を広く知られる事は望んでいないって事だろう。


「分かりました。ですが伝田さん達と合流すれば、さっきの戦いについて、話題にせざるを得ないかと思いますが、その辺、どう話しましょう?」

「その辺の説明は、田中様達にお任せしよう。俺等はさっき田中様に伝えた通り、偶然、炎が届かない岩陰で隠れて震えていたって事にしておこう」

「それは、均衡調整課にもそう説明した方が良いですか?」

「いや、均衡調整課……君の上司は確か、この前の調査隊の隊長も務めた四方木さんだよね? 彼には起こった事をありのまま伝えるべきだ。噂でしかなかったS級の田中様のドラゴニックオーラを初めて目にしたんだ。均衡調整課内では、情報共有しておいた方が良いだろう」


そんな事を話していると、再び前方が騒がしくなった。

A級達が慌てたように叫んでいるのが聞こえて来た。


「まずい! ファイアーエレメントだ!」

「しかも10体いるぞ!」

「風属性のスキルと魔法持ってる奴、準備急げ!」


彼等の叫び声を聞いた米田さんの顔が引きつった。


「今度はファイアーエレメント!? 確か、90層に出現するS級モンスター……」


状況は分からないけれど、再びイレギュラーな事態が発生したようだ。


「お前等、全力で後ろに逃げろ! 俺が殲滅する!」


田中さんがそう叫ぶと同時に、A級達が、元来た方向へ、大慌てで逃げ始めた。


「中村君! 俺等も急ごう!」


米田さんは、背負っていた荷物を投げ出すと、A級達に続いて走り出した。


荷物置いてったら、後でどやされるんじゃ……


妙にせせこましい事が気になった僕は、米田さんの荷物も拾い上げると、その場で障壁シールドを展開した。



―――オオオオン!



突如、ついさっきも耳にしたあのドラゴンのような咆哮が辺りの空気を震わせた。

そして、田中さんの身体を今度は青く輝く凍てつくようなオーラが包み込んでいく。


そして……



―――ゴオオオオォォ……



吹雪と表現するのもおこがましい程の圧倒的な冷気の渦が、辺りを薙ぎ払った。

白一色の世界と化した障壁シールドの外は、視界が完全にゼロになっていた。

僕の視界の左隅のMP残量を現すゲージが、再び勢いよく減少していく。

数秒後、突如、白い世界は消え去り、視界が戻って来た。


あの猛烈な氷雪の暴風の前には、S級モンスターとは言え、さしものファイアーエレメント達も消滅したのでは?


前方に視線を向けると、肩で息をする田中さんの姿が見えた。

しかし、さらにその前方には……

ゆらゆら揺らめく巨大な炎そのもののような姿をしたファイアーエレメント達が、元の姿のまま浮遊しているのが見えた。

彼等の前方に、複数の魔法陣が展開している。


「くそ! ファイアーエレメント如きが魔法結界っておかしいだろ!」


田中さんが悪態をつくのが聞こえて来た。


「あったまきた。こうなったら……」


田中さんが青く輝くオーラをまとったまま、何かの詠唱を開始した。

彼を包み込むように、凄まじい勢いで複数の魔法陣が形成されて行く。


しかし、魔法陣の形成が終わらない内に、ファイアーエレメント達の1体が突如消し飛んだ。

見ると、ファイアーエレメント達のさらに後方、ゲートキーパーの間が有る方向から、風属性と思われる魔法の暴風が、こちらに吹き込んできている。

成り行きを見守っている内に、あっという間に10体のファイアーエレメント達は、光の粒子となって消え去って行った。


田中さんの攻撃?

しかし、まだ詠唱途中だったような……


やや違和感を抱きながら、ファイアーエレメント達が消滅した先、ゲートキーパーの間の方向に視線を向けると、複数の人影がこちらに駆け寄って来るのが見えた。

先頭に立っているのは……伝田さんのようだ。

伝田さんが、田中さんに声を掛けた。


「大丈夫かい!?」


ここはゲートキーパーの間まで、歩いて10分程の所のはず。

どうやら先にゲートキーパーの間に到着していたクラン『白き邦アルビオン』のメンバー達が、ここの異変に気付いて応援に駆け付けてくれたようだ。

するとさっき、ファイアーエレメント達を背後から襲った魔法の暴風も、クラン『白き邦アルビオン』の誰かが放ったものだったのかもしれない。


とりあえず、危険は去ったはず。


そう判断した僕は、障壁シールドを解除した。

そして足元の荷物を拾い上げると、田中さんの方に近付いた。

因みに、はるか後方に逃げ去ったらしいA級や米田さん達は、まだ戻って来ていない。


「お疲れさまでした」


田中さんは、僕の声掛けに反応せず、伝田さんを睨みつけていた。


「……そうか、今日のは全部、てめえの仕業だったんだな?」

「何の話だい?」


伝田さんが不思議そうな表情になった。


「どうもおかしいと思ったんだ。ここ92層にリーサルラットやらファイアーエレメントやら出た時点でな!」

「リーサルラットも出現したのかい?」

「とぼけるな!」


田中さんが、掴みかからんばかりの勢いで、伝田さんに食って掛かった。


「全部てめえの召喚モンスターだったんだろ? 俺達にあんなのけしかけやがって。成松と舘林はよぉ……」


恐らく死んだA級の二人の名前であろう。

田中さんの目に光るものが見えた。


伝田さんの目が細くなった。


「予期せぬ出来事に巻き込まれて混乱している事情を差し引いても、君、今とんでもない事口にしてるって分かってる?」


その時ちょうど、田中さんのドラゴニックオーラから退避していたらしいA級達と米田さんがこちらに駆け戻って来た。


「田中様、さすがです」

「総裁、お怪我は……って、なんで『白き邦アルビオン』の連中がここに?」


田中さんは、自分のクランのA級達の方に顔を向けた。


「みんな、俺達はめられたんだ。さっきのモンスターどもは、全部こいつの召喚獣だったんだ!」


クラン『百人隊ケントゥリア』のA級達の雰囲気が一気に険しくなった。

武器を構える者まで出て来た。

それを見たクラン『白き邦アルビオン』のA級達の間にも緊張が走る。


米田さんが、僕に囁いてきた。


「一体、何がどうなってます?」


僕は簡単に今の状況を説明してから、困惑顔の米田さんにたずねてみた。


「伝田さんって、モンスターを召喚して戦うんですか?」

「確かにそうだけど、伝田様が召喚したモンスターを田中様達にけしかけたって話はさすがに……」


緊迫した雰囲気の中、伝田さんが、その場の皆を一喝した。


「落ち着け! ここはダンジョンの中だよ? こんなところで“戦争”始める気かい?」



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