第189話 F級の僕は、皆の無事を確かめに行く


5月30日 土曜日15



孫浩然 (ハオラン=スン)のアバターにされた男性は、ティーナさんが“保護”してくれた。

QZZの構成員達7人も、広間の奥で拘束した。

あとは、僕の部屋に避難した関谷さんや井上さん、それに茨木さん達が連絡してくれているはずの均衡調整課の到着待ちだ。


「どうしようかな……」


状況が一段落した今、少し面倒な問題が発生している事に今更ながら気が付いた。

面倒と言っても、極めて個人的な面倒さだけど。


拘束着については、ティーナさんのアドバイス通り説明するので良いとして……。

関谷さん達を田町第十最奥の広間から僕の部屋へと避難転移させた事、どう説明しよう?

ティーナさんの名前は出せないので、特殊な条件が揃って、僕の部屋へのワームホールどこでもドアを繋ぐ事が出来た、と説明しようか?


考えていると、ティーナさんが声を掛けて来た。


「今からどうします? 一度、Takashiさんの部屋にワームホール繋いで、仲間の皆さんの状況でも確認してみますか?」

「そうですね……お願いしましょうか」


関谷さん達が僕の部屋へ避難した後、すぐに均衡調整課に連絡してくれたとしたら……

恐らく、A級の井上さんは、確実に均衡調整課から同行を求められるだろう。

彼女の性格からして、その求めに応じる可能性は高い。

その場合、僕が部屋に戻って来る可能性考慮して、関谷さんか茨木さんは、僕の部屋で“留守番”をしているのでは無いだろうか?

留守番している関谷さんか茨木さんに聞けば、皆がどうやって僕の部屋へ“避難転移”したと説明したのか、事前に情報収集も出来るはず。


色々考えていると、すぐ近くの空間が渦を巻くように歪み始めた。

そして、忽然こつぜんとワームホールが出現した。

穴の向こう側に、僕の部屋が魚眼レンズを通した感じで見えている。

と、ふいに穴の向こう側に、知ってる顔が二つ現れた。


関谷さんと茨木さんだ。

二人とも緊張した表情でこちらを覗き込んでいる。

僕が試しに手を振ってみると、彼等の表情が和らいだ。


「ちょっと行ってきますので、しばらくこのワームホールの維持、お願いしても良いですか?」


僕のささやきに、隣でゆらゆら揺れる透明な人型の姿と化しているティーナさんがそっと言葉を返してきた。


「任せて下さい」


僕は、魚眼レンズ越しの感じで見えている自分の部屋の方へと一歩足を踏み出した。

軽い眩暈のような感覚の後、ティーナさんのワームホールを潜り抜けた僕は、自分の部屋に立っていた。


靴履いたままだった。

脱がなきゃ……


慌てて靴を脱ぎにかかった僕に関谷さんが声を掛けて来た。


「中村君……だよね?」

「そうだよ」

「良かった……」


目に涙を一杯浮かべた関谷さんの顔に安堵の表情が広がっていく。


「それで中村君、あいつらはどうなった? もしかして君一人で制圧したのか?」


僕は茨木さんの問い掛けに答える形で、皆が脱出した後の経緯を簡単に説明した。

とは言え、ティーナさんはいない事になっているので、結果的に、僕が“大活躍”したって感じになってしまったけれど。


「……僕の方は、こんな感じだったんですが、均衡調整課への連絡はして頂けましたか?」

「あれからすぐに井上さんが連絡してくれた。30分程前にここへ均衡調整課の真田さん達が駆け付けてくれてね。井上さんは、真田さん達と一緒に、田町第十に向かったよ」


そこまでは僕の予想通りだ。

後は......


「ところで田町第十最奥の広間から僕の部屋にどうやって逃れることが出来たかって話、出ましたか?」


関谷さんが少し申し訳無さそうな顔になった。


「ごめんね。色々慌ててたから、美亜ちゃん、中村君のスキルで脱出出来たって説明しちゃってた」

「別に関谷さんが謝る事じゃ無いよ。それに当たらずとも遠からず。僕の“秘密道具”で脱出できたわけだし」


僕が使った『ティーナの重力場発生装置』で呼んだティーナさんが、田町第十最奥の広間と僕のアパートの部屋とをワームホールで繋いでくれた。

まあ、“秘密道具”云々って話出されるよりは、スキルって事にしておいてもらった方が、説明しやすいかな。


「一応アレ、特殊な条件揃わないと使えないんだ。それに凄く貴重な品物だから、あんまり他の人には……」

「分かってる。中村君が気にしてるのは、あの黒い立方体の事でしょ? 美亜ちゃんも、あの道具の事は秘密にしておこうって話してたわ」

「そうしといてもらえると助かるよ」


話が一段落したところで、僕は二人にたずねてみた。


「ところで、お二人に今日何があったのか、聞いても良いですか?」


関谷さんが、茨木さんをチラッと見てから話し始めた。


「実は今日、美亜ちゃんと一緒に夕ご飯食べようって話になっていてね……」


今日の午後、関谷さんは、井上さんとの夕食の前に買い物を済ませようと、車で郊外型の大型ショッピングセンターに向かった。

そして地下駐車場に車を停め、買い物を済ませて再び地下駐車場に戻って来た時に襲撃された。


「いきなり何かのスキルを使用されて視界がゼロになったわ。元々回復系のスキル以外の魔法、得意じゃ無いから反撃する事も出来なくて……」


そのまま無理矢理拘束、拉致されてしまった関谷さんは、知らない倉庫のような場所に連れて行かれた。

襲撃者達は、関谷さんのスマホを奪い、登録されていた茨木さんの連絡先に、いつわりのメッセージを送信した。


―――『田町第十の件で新しい情報を入手しました。中村君も呼んだので、三人で少し話しませんか?』


「……それで、指定された待ち合わせの場所にノコノコ釣り出された俺も捕まってしまったという訳だ」


茨木さんが唇を噛みしめながら悔しそうな表情になった。


「まあでも、結果的に無事でよかったです」

「それにしても、俺達を拉致した連中、何者だったんだろうな。ふいを突かれたとはいえ、C級の関谷さんや俺が全く何も出来なかった。あいつらの中に少なくとも、B級、いやA級が複数混じっていたとしか考えられない」

「どうやらあの桧山含めて、今夜僕等を襲ってきた連中は、スンという男の配下だったようです」


今夜、あいつらが口にしたのは“スンさん”という名前のみ。

孫浩然 (ハオラン=スン)率いる七宗罪 (QZZ)の話は、あいつら自身の口からは出ていない。

しかし、僕の言葉に、茨木さんが反応した。


「スン? まさか、孫浩然スンハオランか?」

「知ってるんですか?」

「噂程度にはな。なんでもA級クラスの犯罪者どもをまとめ上げて裏社会に君臨してる中国人だとか」


大筋はティーナさんから聞いた話と符合している。


「拉致した人間を改造して操り人形にするとも聞いたな」

「そうなんですか!?」


茨木さんの話を聞いた関谷さんの顔が引きつった。


「それじゃあ私達も、もし中村君に助けてもらえなかったら……」

「ま、噂だけだ。今夜の連中の実際の身元、均衡調整課がしっかり調査してくれると思うぞ」



さて、二人から聞きたかった話はあらかた聞けた。

僕は、部屋の中に生成されているワームホールに目をやった。


「それでは僕は田町第十に戻りますね」

「えっ?」


関谷さんが当惑したような顔になった。


「大丈夫だよ。もう全員拘束してるし。それに、均衡調整課があの広間に到着した時、僕がいませんでした、だと話が進まなくなるでしょ」

「……私もついて行こうか?」

「ホント大丈夫だから。そう言えば、関谷さんと茨木さんには、均衡調整課から何か話があったりしました?」

「明日の午後、詳しい話を聞かせて下さいってだけ」

「そっか……」


二人をどうしよう?

この狭い貧乏くさい部屋に泊まってもらうわけにはいかないだろうし、タクシーで帰ってもらおうか?

そもそも今、何時だっけ?


部屋の時計を確認すると、時刻は間も無く朝の4時になろうとしていた。

色んな事が立て続けに起こったからだろう。

時刻の割には、全く眠くない。


ん?

今日って、既に5月31日、日曜日って事だよね?


「ああっ!」

「何? どうしたの?」

「どうした!?」


いきなりの僕の叫びに驚いたらしい二人が同時に反応した。


「すみません、極めて個人的な予定を思い出しました」



『例の伝田様達からの緊急支援のお話です。中村さん、申し訳ない。ポーター荷物持ちとしてもう一度富士第一ダンジョン、潜って頂けないですか?』



僕の脳裏に、四方木さんの言葉が蘇って来た。


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