第188話 F級の僕は、EREN製の拘束着の使用方法を教えてもらう


5月30日 土曜日14



奥に歩いていくと、やがて複数の人影が見えてきた。

座り込んでのんびりしていたらしい彼等は、近付いてくる僕 (光学迷彩で姿を隠しているティーナさんもいるけれど)に気付いて立ち上がった。


「ん? もしかしてスンさんの攻撃、防ぎ切った?」


あのヘビメタファッションの男が意外そうな顔をした。


「孫浩然 (ハオラン=スン)のアバターなら、もう捕縛したぞ」


僕の言葉を聞いた連中の表情が一気に険しくなった。


「お前、たかがアバター人形一匹取り押さえた位で良い気になってんじゃねぇぞ!」


彼等が、僕を取り巻くように散開した。


「おい、お前一人か? オンナとオッサン、あとお前が連れてきたA級はどうした? まさか逃げたのか?」

「残念だったな。皆、もうこのダンジョンの中から脱出済みだ。今頃は均衡調整課がここに駆け付けてる最中のはずだ。大人しく降参するなら、痛い目に合わずに済むぞ」

「野郎! ふざけやがって!」


ヘビメタファッションの男が煉獄の炎を放ってきた。

大剣を構えたスキンヘッドの男もこちらに飛び掛かってきた。

他の連中も、それぞれ魔法や武器を手に僕に攻撃を開始した。

しかし彼等の攻撃は、僕があらかじめ展開していた障壁シールドに全て阻まれた。


「学習しない連中だな。残念ながらお前達程度の攻撃なんて、一生かかっても僕には届かないぞ!」


僕は、煉獄の炎を操っているヘビメタファッションの男目掛けてスキルを発動した。


「【置換】……」

「ぎゃあああ!」


次の瞬間、位置が入れ替わり、僕の代わりに自分の炎をまともに全身に浴びる事になった男が、床の上を転がりまわり始めた。

と、仲間の東南アジア系の顔立ちをした赤毛の女が何かを唱えた。

男の周囲の炎が消え去り、傷が瞬く間に癒えて行く。


どうやら彼女はヒーラーらしい。


そう見当をつけた僕は、障壁シールドを解除すると、すぐ傍でゆらゆら揺らめく透明な人型の姿と化しているティーナさんに声を掛けた。


「まずあのヒーラーを無力化します。僕が抑え込むので、拘束着、お願いしても良いですか?」

「分かりました」


「【影分身】……」


僕は【影】を2体呼び出した。

そして彼等に他の連中を牽制させてる間に、僕自身は、赤毛の女に肉薄を試みた。

ヒーラーを狙われている事に気が付いたらしいスキンヘッドの男が、大剣を振り回しながら、僕の進路上に立ち塞がった。


「てめえ、妙なスキル使えるからって、調子乗ってんじゃねぇぞ!」


男の大剣が輝きを放ちながら僕目掛けて振り下ろされた。

しかし、恐らく男と僕のステータス値に開きがあるのと、僕が【格闘術】のスキルを持っているためであろう。

その動きがスローモーションのようによく見えた。

男の攻撃を楽々かわすと、そのまま男の襟首を掴んで、赤毛の女目掛けて思いっきり投げ飛ばした。


「ぎへっ!?」


巨漢の直撃を受けた女が、やや気の抜けた悲鳴を上げて吹き飛んだ。

僕は急いで彼女に駆け寄ると、地面にうつ伏せに抑えつけたまま、両腕を順番に背中に捩じ上げた。

少しの抵抗感の後、ヘンな音と共に、急に両腕ともプラプラになった。

多分、関節が外れたのだろう。


「ジェップ! ジェップ!」


母国語と思われる言語で悲鳴を上げる女を拘束したまま、僕は素早く周囲の状況を確認した。

大剣を振り回していたスキンヘッドの男は、よろよろと立ち上がった所であった。

他の6人は、僕の【影】2体に翻弄されて、こちらに駆け寄る余裕は無さそうだった。

そして、傍にはティーナさんが立っている。

僕はそのまま障壁シールドを展開した。

そして、隣に立つティーナさんに囁きかけた。


「拘束着、お願いします」


すると、ティーナさんが灰色の拘束着を差し出しながら囁き返してきた。


「使い方教えますから、やってみて下さい」


そうか、今夜は僕が“単独で”こいつらを取り押さえて、“拘束着を着用させた”って事になる予定だ。

やり方知りませんでした、だとあとでボロが出る。


「分かりました」


うつ伏せに抑え込まれ、悲鳴を上げ続ける赤毛の女は、もちろん、僕とティーナさんとのやり取りなんて、耳に入って無さそうであった。

僕は、ティーナさんの“懇切丁寧”な指導の下、赤毛の女をERENの拘束着で拘束する事に成功した。

均衡調整課の拘束着についてはほとんど知識の無い僕ではあったが、そんな僕でも、ERENの拘束着は非常に扱いが容易であった。

基本的に相手を簀巻きにして、拘束着に取り付けられている感応装置に自分のMPを50程度流し込むだけ。

これでA級以下なら、約数時間、スキルも魔法も封じられ、拘束し続けられるらしい。


「均衡調整課のは詳しく無いんですが、ERENのは凄く便利ですね。」


これ、世の中に出回ったら、拉致監禁を生業なりわいにしてる奴らの仕事がはかどるんじゃ……

今思えば、最初に関谷さんと茨木さんが着せられていた拘束着も、どこかから流出した物だったのかも。


「拘束着、どこの国のも基本的な仕様は同じですよ」


その後同様の手法で、次々とその場に居た七宗罪 (QZZ)の構成員達を拘束していった。

ティーナさんの目立たないアシストのお陰もあって、30分程度で7人全員拘束してしまう事に成功した。

あとは彼等を均衡調整課に引き渡すだけだ。


と、僕はこの広間の入り口に張られていた魔法結界の事を思い出した。


「ティーナさん、結界解除とか得意だったりしますか?」

「結界解除? もしかして、この広間の入り口に張られていた魔法結界の事ですか?」

「はい」

「それなら既に消滅しているはずですよ。HaoRan SunのAvatarを無力化した時点で」


僕は床に転がっているQZZの構成員達7名に視線を向けた。

拘束着の効果で発声すら不能になっている彼等は、観念したのか床に静かに横たわっている。

広間の入り口方向には、孫浩然 (ハオラン=スン)の哀れな犠牲者が1名、拘束されてやはり床に転がっているはず。


「一応、見に行ってみませんか? アバターにされていた方の無事も確認しておきたいですし」

「いいですよ」


彼等をその場に残して、広間の入り口方向に歩き始めた僕は、ティーナさんにたずねてみた。


「孫浩然 (ハオラン=スン)、ティーナさんみたいに転移能力持ってたりしませんよね」


入り口の魔法結界がどうなったか確認している間に、悪人共は転移で逃げ去ってしまいました、だと苦労した意味が無くなってしまう。


「100%とは言えないですが、その可能性は低いかと。今までも何名か構成員、捕縛されていますが、合理的な説明がつかない状況での脱獄、脱走等も発生した事はありません。それにもしHaoRan Sunが何らかの転移能力を持っていたとしても、自分のため以外には使わないでしょう。こういう能力は人に知られない方が、色々好都合ですし」


他の誰でも無く、ティーナさん転移能力保持者が言うと、非常に説得力があるように聞こえてしまう。

そんな話をしていると、3分かからずに、僕等は広間の入り口に到着した。

ティーナさんの言葉通り、あの堅固だった魔法結界は跡形も無く消え去っていた。

孫浩然 (ハオラン=スン)によって自己の意思に反してアバターに仕立てられてしまったらしいあのサラリーマン風の男性も目を閉じたまま、先程と同じ姿勢で地面に転がっている。

僕はその男性に近付くとしゃがみ込んだ。

相変わらず生気の感じられない、土気色の顔色のまま、男性は硬く目を閉じている。

わずかに胸部が上下するのが拘束着の上からも見て取れて、男性が“かろうじて”まだ生きている事は確認できた。

男性の顔をしばらく眺めていると、少し不思議な事に気が付いた。


「ティーナさん、孫浩然 (ハオラン=スン)は、この男性に埋め込んだマイクロチップを介して男性を操ってたんですよね?」

「その通りです」

「マイクロチップみたいな精密機器って、ダンジョン内部では使用不能になるんじゃ無かったでしたっけ?」

「だからこそ、孫浩然 (HaoRan Sun)は華集HuaJiのmicrochipを流用しているのだと思います。華集HuaJiは世界で最初に、その問題を解決したmicrochipの開発に成功しました。もっとも彼等は元々そのmaicrochip、量子 teleportationを利用した量子computerへの組み込みを考えて開発していたらしいですが」


量子テレポーテーション?

よく分からない単語が出て来たが、とにかく、アバターに埋め込まれているマイクロチップは非常に特殊な製品という事なのだろう。


「孫浩然 (ハオラン=スン)は、どれ位離れた所からアバターを操っているのでしょうか?」

「恐らく、日本国外からかと」

「孫浩然 (ハオラン=スン)が操る電子って、そんな遠くに届くものなんですか?」

「普通では届かないでしょう。ですから彼は、華集HuaJiのmicrochipに元々組み込まれている量子 teleportationの機能を利用していると思われます。御存知かもしれませんが、中国は、2017年に地上と衛星軌道との間の量子teleportationに成功しています」


うん。

御存知じゃ無いし、そもそも内容の半分も理解できない。

どうやらティーナさんと突っ込んだ話をするには、量子力学みたいな知識が不可欠なのだろう。

理系とは言え、僕が受験で選択したのは生物と化学だ。

物理は弾性係数がどうこうで止まっている僕には、かなりハードルが高い話だ。


それはともかく、こうして今夜の田町第十の騒動は、ようやく出口が見えて来た。


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