第170話 F級の僕は、ティーナさんから同盟を申し込まれる


5月29日 金曜日2



「Takashiさん、お預けしていたあのCentipedeの外殻、受け取りに来ました」


満面の笑みでティーナさんは、そう口にした。

センチピードの外殻は、富士第一90層で、僕が無理矢理戦わされたセンチピードがドロップしたアイテムだ。

今は僕のインベントリの中に納まっている。


「お渡ししても構わないのですが、お願いが二つあります」

「なんでしょう?」

「一つ目は入手経路を秘匿、つまり僕が倒した後の遺留品だって事を、誰にも言わないで下さい」

「もちろんです。と言うより、私は初めからそうするつもりでした。Takashiさんとは今後も仲良くさせてもらいたいですから」


……つまり、自分だけの秘密にしておく事で、今後も僕からモンスターを倒した時得られるアイテムを提供してもらいたいって事だろうか?

まあその辺は、僕が、地球で人目のある状態でモンスターを倒さなければ良いだけの話だけど。


「二つ目はこのワームホール、今後は僕の許可なく、僕の部屋の中に繋げないで下さい」


僕は部屋の中に出現しているワームホールを指差した。

ワームホールの向こう側に、魚眼レンズを通したように、カリフォルニアのティーナさんの部屋が見えている。

こんなものをほいほい僕の部屋に繋げられたら、プライバシーも何もあったものじゃない。


「なぜですか?」


ティーナさんが不思議そうに首を傾げた。

……いや、不思議そうな顔してるけれど、エレンと違って、絶対に分かってやっている。


「場所が問題でしたら、設置先をあなたの部屋の押し入れの中とかに変更しますよ? それでしたら、設置したままにしておいても、大して邪魔にならないでしょうし」

「場所の問題では無くて……って、設置しっぱなしにするつもりだったんですか?」

「その方が便利だと思いませんか?」


ティーナさんが椅子から立ち上がり、僕にずいっとにじり寄ってきた。

彼女のブロンドの髪から心地よい匂いが立ち上り、僕の鼻腔をくすぐった。


「便利? 一体、何の話ですか?」

「私はあなたと定期的に交流したいと考えています」


ティーナさんが、そっと僕の身体に指を這わせてきた。


「あなたは強い。かつてF級だったはずのあなたは、今やS級の能力を手にしています。私の推測が正しければ、あなたはいずれこの世界地球で最強の存在に成長するでしょう」


僕の心臓が跳ね上がった。

やはり、彼女は僕がレベルを上げ、ステータス値を上昇させる事が出来る存在だと見抜いている?


ティーナさんが妖しく囁いた。


「言い換えれば、あなたが望むなら、この世界全てを従えて王にもなれる」

「僕にはそんな大それた望みは無いです」

「分かっています。あなたにはそんな野心は無い。だから信用できます」


ティーナさんは少し僕から離れると、笑顔で言葉を続けた。


「ですが、強大な力を持つ者には、その力を正当に使用する権利と義務があります。私と組んで、この世界が直面している問題、一緒に解き明かしていきませんか?」

「なんで僕なんですか? 斎原さんとか……ティーナさんの国のS級達では無く」

「Ms. Saibara? 彼女を含めてこの国のS級達は論外です。Clanなる前時代的で世俗的な集団を形成して、猿山の大将を気取っているだけ。もっとも、私の国含めて、どこの国のS級達も似たり寄ったりですが」

「僕は違うと?」

「だって、あなたには他のS級達のような野心がありません。代わりに、何か他の人には話せない重大な秘密を抱えている。それは、世界がこんな風になってしまった事と深く関わっているはず。私をあなたのpartnerにして下さい。絶対に損はさせませんよ」


ティーナさんは、期待の籠った表情で僕の返事を待っている。

しかし現状、ティーナさんと“組む”メリットが全く感じられない。

それどころか、彼女と“組めば”、逆に良いように利用されてしまいそうだ。

僕だけがモンスターを倒した時、アイテムを獲得出来る。

僕だけがモンスターを倒せば経験値を獲得してレベルを上げられる。

僕だけが異世界イスディフイと地球とを行き来できる。


僕はインベントリを呼び出した。

そして収納していたセンチピードの外殻を取り出した。


「これ、約束通りお渡しします。なので、あのワームホールは撤去して下さい。そして、二度と勝手に僕の部屋にワームホールを繋げない、と約束して下さい」


ティーナさんは、僕が差し出したセンチピードの外殻に視線を向けた。


「なるほど、今は私と組めないという事ですね? 一応断っておきますが、この話は、私とあなた、二人の間だけでの話です。合衆国政府やEREN (国家緊急事態調整委員会)抜きで、私をあなたのpartnerにして欲しいのです」

「すみません、今は僕自身、自分の事で精一杯なんですよ。ティーナさんと組んで、僕等の世界が直面している問題を一緒に解き明かしていこうとか、そういうのまではとても手が回らないと言いますか……」


これは僕の素直な気持ちだ。

僕等の世界の現状に関心が無いわけではない。

けれど今は、異世界イスディフイで神樹を登って、創世神イシュタルに会って、エレンと一緒に僕が封印したエレシュキガルを完全に消滅させる方法を探る事が最重要課題だ。

ここ地球では、今まで通り大学生をして、時々関谷さん達とダンジョンに潜って、均衡調整課にノルマ魔石を提出する。

この“日常”の中に、“ティーナさんと過ごす絵”が入り込める隙間すきまは存在しない。


「Brane-1649c」


ティーナさんが、唐突に何かの単語を口にした。


「何ですか?」

「私達の世界に干渉し、私達の世界にdungeonを配置し、私達に固定化されたstatus値とskillや魔法を押し付けた何者かが存在する世界に、私の恩師、Williamウィリアム Jamesジェームズ博士が付けた識別番号です。そして私達は、“その世界の位置”を既に特定しています」


僕の心がざわついた。

僕等の世界をこんな風に変えた何者かが存在する世界、ブレーン1649c?

それって、まさか……


僕の動揺を感じ取ったのか、ティーナさんが微笑んだ。


「どうです? 私のpartnerになってくれるなら、もっと色々お教えしますよ? 私達二人が組めば、その先にだって……」


話しながら、ティーナさんは、僕が手にしているセンチピードの外殻を受け取った。

代わりに、形も大きさもルービックキューブによく似た、しかし全面真っ黒な立方体の品物を僕の手に握らせた。


「これは?」

「重力波の発生装置の一種です。それを手にして、魔力を込めて下さい。そうすれば、私にだけ分かる重力波を発してくれます」

「重力波が発生すれば、どうなるんですか?」

「重力波は光の速度で、全ての物質を貫通して伝播します。少なくとも私達の世界のどこかであなたがそれを使えば、私はすぐにその位置を特定して、wormholeを生成して駆け付ける事が出来ます。つまり、私を召喚するための道具と思って下さい」

「多分、使わないと思うので……」


僕はその立方体をティーナさんに返そうとしたが、彼女にやんわり押し戻された。


「せっかくですから、記念に取っておいて下さい。私は今日の所は引き上げます。あなたが出した二つの条件も了解しました。あのwormholeも、私が潜り抜けた後で消滅させておきます」


ティーナさんは、ワームホールに向かった。


「私はあなたにとって、とても有益な存在ですよ? あなたは近い内にきっとその立方体を使って私を呼んでくれる。そして、私と一緒にこの世界の秘密を解き明かそうとしてくれる。私はそう信じています」


ティーナさんがワームホールの向こう側に移動するのと同時に、ワームホールが歪み始めた。

魚眼レンズを通して見るような景色の向こうで、ティーナさんがバイバイ、と手を振る中、ワームホール自体はゆっくりと消滅していった。



時刻はいつの間にか午後6時を回っていた。

予定外の事件が発生したけれど、とにかく解決?した。

お腹も空いて来たし、【異世界転移】して、『暴れる巨人亭』で夕ご飯を食べよう。

それから皆で神樹に登って、第85層のゲートキーパー、グラシャを倒しに行こう……


今夜の予定を頭の中で予習した僕は、【異世界転移】のスキルを発動した。



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