第142話 F級の僕は、ERENの特殊実験に立ち会う


5月28日 木曜日1



翌朝、朝食後すぐに行われた合同ミーティングの冒頭で、昨夜のティーナさん絡みの“事件”が報告された。

ティーナさん自身が昨夜の出来事について説明し、再発防止を約束した。

動機は、“彼女の気まぐれ”。

F級でありながらユニークスキルを持つ僕に興味を持った彼女が、ついつい暴走してしまった、というストーリーだ。

不思議な事に、『センチピードの外殻』についての話題は出なかった。

昨夜、或いは今朝の内に、ティーナさんと斎原さんとの間で、何らかの“手打ち”が行われたのかもしれない。

結局、公権力による統制の難しい、しかも日本から見れば外国アメリカ合衆国のS級絡みの事件という事情もあるのだろう。

この話は、30分程度で終了となった。

合同ミーティング自体は、その後、今日調査予定の91層のモンスターや地形、注意点等が再確認されて、午前10時前にはお開きとなった。


階層を繋ぐゲートを潜り抜けた先の91層は、事前に説明会で見せて貰っていた通りの鬱蒼うっそうとした森林地帯であった。

日本ではあまり目にする機会の無さそうな巨木が、割合にな間隔で立ち並んでいるさまは、なかなかの圧巻だ。

昨日同様、各所で研究者達が何かを採取したり、機器の操作を行い、その間、僕等が周囲を警戒する。

時折モンスターが出現したが、同行するS級やA級達が危なげなく倒していくのも昨日と同じだ。

ちなみに、今日も朝からあの不思議なノイズのような耳鳴りが続いている。


やがて前方が少し明るくなってきた。

ふいに森が終わり、開けた場所に出た。

周囲を巨木に囲まれたその場所には、小さな泉が湧き出していた。

そしてその傍らには、90層にあったそれとよく似た巨大な白いドーム状の構造物が静かにたたずんでいた。

1週間前まで91層のゲートキーパーが存在していた場所。

そして、92層に続くゲートが存在する場所だ。


時刻は午後1時をまわったところであった。

僕等は思い思いに泉のほとりに腰を下ろし、お昼ご飯として配られた携行食を食べ始めた。

僕の傍には、真田さんと更科さんが陣取っている。

彼等と行動を共にしているせいか、今のところ、他のS級達、斎原さんやティーナさん絡みの事態は発生していない。

逆に言えば、真田さんと更科さんは、僕を彼等から隔離する役目も果たしている、と言えるのだが。


食事が終わると、四方木さんが僕の方に近付いて来た。

後ろに斎原さんと……ティーナさんも一緒だ。

四方木さんは、僕の視線に気付くと笑顔になった。


「お疲れ様です、中村さん。サンダース女史、ちょっと91層のゲートを使ってまた“実験”をしたいらしいんですよ」

「もしかして、昨日と同じく、立ち会わないかっていうお誘いでしょうか?」

「そうです。と言うより、是非立ち会って欲しい、との先方からの依頼でして」


昨晩、ティーナさんは斎原さんに、“特殊な実験”に立ち会わせてデータを提供する代わりに、僕とモンスターを戦わせて欲しいと提案していた。

多分、今から行われるのがその“特殊な実験”なのだろう。

ただ、ティーナさんが、僕の立ち合いを求める理由がよく分らない。

実験中に、昨日同様、僕と何か話したい事でもあるのだろうか?


……まあ、四方木さんに話が通っているなら、そんなに危険な事にはならないだろう。


「分かりました。立ち会わせて頂きます」



30分後、ティーナさんとEREN所属のB級2人、斎原さんとクラン『蜃気楼ミラージュ』所属のA級2人、男性の研究者――藤沢ふじさわさん――に僕、合わせて8人は、92層に続くゲートの近くに立っていた。

ティーナさんが、僕等に今から行う“実験”について、簡単に説明してくれた。


「今から行うのは極めて特殊な実験になります。事前にお伝えしましたように、実験中に発生する事象に関しては、皆様に守秘義務が課せられます。今回の実験の目的は、Gateそのものの生成です……」


説明は英語と日本語の両方で行われた。

難しい専門用語が飛び交い、半分程度しか理解できなかったけれど、どうやら、昨日とは全く種類の違う“実験”を行うようだ。

説明が終わると、ERENのB級二人が慣れた手つきで機器のセッティングをはじめた。

それを立ち会っている藤沢さん達が何かメモっていく。

と、いつの間にか僕の傍に立っていたティーナさんが、耳元で囁いた。


「Takashiさん、今日の実験、うまくいくかどうかはあなた次第なので、頑張って下さいね」

「えっ?」


何の話だろう?


そうこうしているうちに、機器の準備が整ったようであった。

ティーナさんが、機器に繋がれたiPad位の黒い板のような物を僕と斎原さんに差し出してきた。


「それでは、Ms. SaibaraとTakashiさんは、こちらに来て、DID次元干渉装置のこの部分に手をかざして下さい」


なんだろ、この板?

不用意に触れば、また何か情報を抜き取られるのでは無いだろうか?


僕はそっと隣の斎原さんの様子を窺った。

彼女は、特に躊躇ちゅうちょする事無く、その板に右手をかざした。

その様子を確認した僕も、彼女にならって、右手を板の上に翳した。

ティーナさん自身も同じような黒い板に手を翳しながら、声を掛けてきた。


「お二人とも、魔力を流し込んで下さい」


魔力を流し込むって、魔導電磁投射銃の時みたいにすれば良いのかな?


板に翳した手の平が次第に熱くなってきた。

気付くと、92層に続くゲートのすぐ横に、何かが凝集していくのが感じられた。


ふいに空間が揺らめいた。


次の瞬間、直前まで何も無かったはずのその場所に、ちょうど人の背丈ほどの大きさの波打つように銀色に輝く空間の歪みが出現した。

その場に居た人々がどよめいた。


「I made it……」


ティーナさんが、熱にうなされたような表情で、ふらふらとその空間の歪みに近付こうとした。


「Wait!」

「Ma’am, Stop!」


ERENのB級二人が、ティーナさんを慌てて引き留めた。

ティーナさんは、ハッとしたような顔になって、すぐに照れ笑いを浮かべた。

事態の推移を見守っていたらしい研究者の藤沢さんが、ティーナさんに話しかけた。


「Ms. Sanders, Is that a generated Gate by DID?」

「おそらくそうです。ですが、本当にGateが生成されたのか、いずこに繋がっているのかは、実際、あのGateをくぐらないと確認できません」

「ゲートを潜る……」


藤沢さんの表情が険しくなった。

少しの沈黙の後、斎原さんが声を上げた。


「ティーナ、つまり、あのゲートの先がどこに繋がっているのか、あなたでも分からないって事?」

「そうです。富士第一の別階層かもしれないですし、地球上のどこか別の場所、或いはparallel universeのどこか……」


僕は改めて波打つように銀色に輝く空間の歪みに視線を向けた。

あのゲートが、もし別の世界に繋がっているのなら、それは、いつも僕が使用する【異世界転移】のスキルと同じ現象を、人工的に再現する事に成功したという事になるのでは?

もしかして、とんでもない場面に遭遇している?


斎原さんが、再びティーナさんに話しかけた。


「とにかく、速やかにこの向こう側の探査を行うべきよ。このゲートもいつまで維持できるか不明なんでしょ?」

「確かにMs. Saibaraの言う通りです。急いで準備を整えてGateの向こう側に……」


と、クラン『蜃気楼ミラージュ』所属のA級の一人が、声を上げた。


「お待ち下さい! 向こう側の状況が不明なままゲートを潜るのは反対です。下手すれば、向こう側に潜り抜けた者は、二度とこちらに戻って来れなくなる可能性があります!」


ティーナさんが微笑んだ。


「では私が最初に潜りましょう。元々この実験を企画したのは私達ERENです。私達が最初に向こう側の景色を見る権利と義務があると思います」

「しかし……」


言い淀むA級に斎原さんが声を掛けた。


「いいんじゃないかしら」


斎原さんは、ティーナさんの方に顔を向けた。


「確かに、向こう側へ一番乗りする権利、あなたにあるわ」

「ご理解いただきましてありがとうございます」

「じゃあ早速準備して頂戴」

「はい。では、assistantとして……」


ティーナさんが僕の方に歩み寄って来ると、僕の手を取った。


「Takashiさんをお借りしますね」

「えっ?」


戸惑う僕の耳元にティーナさんが口を近付けて来た。


「あなたの魔力に反応して生成されたGateです。ついてきて貰えますね?」


心なしか、昨日から続くあのノイズのような耳鳴りが大きくなってきた。

こうして僕は、人類史上初めて人工的に生成されたゲートを、ティーナさんと共に潜り抜ける事になった。


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